血獣という仮名
【本文】
小春、朔、文、奈々は、集まった記録を一枚の壁へ並べた。
鳥の減少、山を下る獣、黒い血、同じ歩調の牛、地下水の脈、足跡のない夜間振動。共通するのは、肉体と群れを遠隔で同調させる性質だった。
モンスター台帳の冠位分類では、血獣型に最も近い。肉体強化と群れの暴走を起こす個体。ただし本体を確認していないため、名称は《血獣型疑い》とする。
世界の声は待っていたように《冠位血獣討伐戦》を表示した。推奨人数百、報酬は地域支配権。
湊は戦闘を開始しない。推奨人数は敵の規模を示すとは限らず、百人を山へ誘導する表示かもしれない。
冠位個体なら、何らかの迷宮核や隔離機能と繋がっている可能性もある。倒せば黒い粒子が一気に地上へ漏れる危険がある。
まず本体位置、影響範囲、同期の媒介、切断時の反応を調べる。
討伐の可否はまだ完全な空欄にした。仮名の決定時刻も台帳へ記した。
住民掲示には「血獣襲来」と書かず、山側動物異常、夜間立入禁止、井戸水制限を事実として載せた。
名前は対策を揃えるための仮札であり、恐怖を完成させる答えではなかった。
代表会議は討伐表示の全文も保存したが、推奨人数を住民掲示には出さなかった。百人必要という数字だけが広がれば、町の大半を戦闘員として数える圧力になる。必要なのは観測、井戸管理、牛舎、医療、避難誘導であり、武器を持つ人数ではない。戸倉と相馬にも《疑い》のまま報告し、中央の分類で本体確定へ書き換えないよう求めた。呼び名が同じでも、地域網の台帳には根拠と未確認事項を残した。
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