水に残る脈
【本文】
体育館井戸の水質検査で、黒い粒子が一個だけ見つかった。
第八迷宮の分離支流は正常。濾過材も交換時期ではない。奈々は井戸の使用を全面停止せず、飲用だけを地域網の送水へ戻し、洗浄用も皮膚に触れない用途へ制限した。
体育館の食料は七日分、水輸送を増やせば物流枠が減る。拓郎は不安を隠さず、検査結果と暫定措置を同時に掲示する。
アクアが水路の底で体を震わせた。朔の反響探査には、山側から六秒間隔の圧力変化が届く。第145話の呼吸音と同じ周期だった。
井戸へ直接侵入したのではなく、地下水そのものが遠い脈動を伝えている可能性がある。
奈々は採水点を上流、中流、井戸直前へ増やす。検出されたのは井戸直前だけ。地上の亀裂から入った粒子なら、支流設備を壊さず塞げる。
世界の声は《完全浄化》を再び勧めた。使えば粒子は消えても、侵入場所が分からなくなる。
検体番号は声に出して二度確認した。
湊たちは交換を保留し、井戸周辺を十メートルずつ区切って調べる。
水の中の一粒は、山にいる何かの大きさではなく、町まで届く経路の存在を示していた。
水輸送を増やすため、食料便の箱数を一時的に二割減らした。千鶴は何を後回しにしたかを記録し、井戸復旧後に戻す順番を決める。体育館では飲用容器へ封印札を付け、未処理水を勝手に煮沸して使わないよう説明した。煮沸で黒い粒子が消える保証はない。検査担当も同じ人へ連日任せず、奈々が採水、別の二人が番号確認と記録を行う。水の異常を見つける仕事で、人間の疲労による取り違えを増やさない。
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