家畜の列
【本文】
山裾の無人牛舎から、県庁経由で救援要請が届いた。
所有者は避難済みだが、牛十二頭が柵を破り、同じ方向へ歩き続けている。餌にも水にも反応しない。
岳、文、安西、小春が現場へ向かう。牛は痩せているが、歩調だけは揃っていた。先頭が止まると後ろも同時に止まる。
小春の観測では、全頭の首筋に細い黒線がある。噛み跡はなく、空気中の粒子を吸った痕に近い。
文は大声で追わず、牛舎の餌箱を別々の場所へ置いた。一頭だけが列を外れて草へ近づく。岳が《荷重固定》で扉を支え、その一頭を隔離した。
残る十一頭は山へ向こうと柵を押す。殺処分すれば群れ信号がどう移るか分からない。
牛舎へ入る人間も二人一組で交代した。衣服と長靴は現地専用にし、帰る前には互いの首筋に黒線がないか確認する。
奈々の指示で散水し、首筋の粒子を地面へ落とす。汚染水は溝へ流さず容器で回収した。
二頭目、三頭目が歩調を崩す。四時間かけ、全頭を三つの区画へ分けた。
餌を食べ始めても安全とは決めない。牛舎へ二人の監視を置かず、カメラと一日二回の巡回にする。
人間の見張りを消耗させず、動物が再び同じ方向へ並ぶかを記録するためだった。
牛舎の所有者へも県庁経由で連絡し、治療と隔離の同意を取った。避難中だからと家畜の所有を地域網へ移さない。餌は牛舎に残る分を先に使い、不足時だけ地域網の飼料と交換記録を残す。夜の映像では、十二頭が六秒ごとに耳を動かしたが、体の向きは三群で異なった。分けるだけでも同調が弱まる可能性がある。翌朝の乳量や糞の状態も測り、歩き方だけで回復を判断しなかった。
(次話へ)




