赤くない血
【本文】
県道脇で、鹿が一頭倒れていた。
外傷は小さな噛み跡だけ。周囲には大量の液体が残っているのに、色は赤ではなく黒に近かった。
小春は素手で触れず、採取範囲を封鎖する。《状態観測》には血液、侵食粒子、未分類の群れ信号が重なって表示された。死体の筋肉は死後も一定間隔で収縮している。
世界の声は《変異獣・討伐済み》として回収を勧めた。しかし誰が倒したかも分からない。
モモを近づけると、桃色の体が縮み、嫌がるように湊の背後へ隠れた。浄化を使わせず、透明容器へ少量だけ封じる。
死体の周囲には番号札を置き、雨で液体が流れる前に土も採取した。翌朝、筋収縮は弱まったが止まらない。通常の死後変化と群れ信号の反応を分ける観察が続いた。
安西は死体を地域網へ運ばない。現場に二重の柵を作り、野生動物が触れないよう覆う。位置は一般掲示へ出さず、消防、病院、県庁の相馬へ共有した。
夜、容器の黒い液体が壁側へ細く伸びた。山の同じ方向を指している。
朔が電波遮断箱へ移すと動きは止まった。群れ信号は音だけでなく、何らかの遠隔同期を使っている。
鹿は襲われた獲物ではなく、別の何かへ繋がりかけていた。
死体の処理は翌日まで保留し、温度、筋収縮、液体量を二時間ごとに測る。監視担当は一人で柵内へ入らず、風下では防護具を着ける。黒い液体が容器壁へ伸びるたび、山側の音響札も小さく反応した。完全な一致ではないが、時刻は三回重なった。焼却すれば粒子を煙へ変える恐れがあり、埋めれば地下水へ近い。処分方法が決まるまで、冷却ゴーレムを遠隔配置し、動物と人間の接近だけを防いだ。
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