説明できない傷
【本文】
山を下りた四人は、榊原家の車で休日診療所へ向かった。
運転する鉄平には、岳が斜面で転倒したとだけ説明した。だが診察室で工具箱の爪痕を見た医師は、獣に襲われた可能性を疑った。岳の左腕には塞がった三本の傷が薄い線として残り、周囲には乾いた血がこびりついている。
「これが今朝できた傷なら、もう閉じているのはおかしい」
小春は黙って俯いた。嘘を重ねれば、モモの治癒まで異常として扱われる。
岳は背部のレントゲンを撮り、骨に異常がないことを確認された。失血による軽い貧血と打撲。しばらく激しい運動を避けるよう言われる。
待合室の壁には、野生動物に遭遇した際の注意書きが貼られていた。そこに描かれた熊や猪の爪と、工具箱へ残った三本の溝はどれも一致しない。湊は傷跡を写真に残し、撮影時刻も記録した。
診療所を出ると、鉄平が駐車場で待っていた。
「山で何があった」
怒鳴り声ではなかった。それだけに岳は目を逸らせなかった。
湊は全員の家族を整備工場へ集めてほしいと頼んだ。証拠を見せなければ信じてもらえない。だが山へ連れていけば、入口が五人しか受け入れない可能性がある。
ポケットのモモが小さく動いた。鉄平の視線がそこへ向く。
「今、何か鳴いたか」
『おなか』
桃色の体が布の隙間から顔を出した。
鉄平は数秒間、瞬きもしなかった。やがて車のドアを開け、後部座席に積んでいた工具箱を指す。
「工場へ戻る。話は全員で聞く。今度は一つも隠すな」
湊たちは頷いた。
秘密にして守るつもりだった家族へ、自分たちが先に危険を持ち帰ってしまったことを、湊はようやく認めた。
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