山の下に残る鼓動
【本文】
所有権を得た瞬間、迷宮の構造が湊の意識へ流れ込んだ。
地下一階、全長八百六十メートル。未使用区画が六つ。収容可能人数は五人。保有ポイントは、攻略報酬を含めて三百二十。
湊が出口を望むと、最初の階段に鉄扉が戻った。壁へ吸い込まれたロープも、失った工具も元の位置へ移される。ただし壊れた消火器や使った薬品までは戻らない。
四人は午前七時四十八分、地上へ出た。
朝日はまだ山の斜面に届いている。わずか三時間弱だったのに、全員の服は泥と黒い粉で汚れ、岳の工具箱には深い爪痕が残っていた。
入口の無線機には、地上から呼びかけた記録が一件もない。通信は完全に遮断されていた。
「まず病院。次に家族へ話す」
小春が言った。
秘密にしたまま再び入る選択肢はない。警察が入口を認識できなかったとしても、負傷と証拠を隠せば、次に何か起きたとき誰も助けを呼べない。
湊はポケットの中を確かめた。魚肉ソーセージの包装に包んだモモが、少しだけ膨らんでいる。
『おなか』
掠れた一言に、四人は初めて笑った。
岳が残りの一本を細かく千切る。モモは一欠片だけ食べると、残りを体の下へ隠した。
山を下りる前に、湊は所有者の感覚で鉄扉を閉じた。入口は岩肌へ溶け、何も知らない人には見えなくなる。
その瞬間、足元の遥か下から低い振動が伝わった。
どくん。
攻略したはずの迷宮が、巨大な胸のように脈打っている。
湊の視界に、説明のない表示が一瞬だけ浮かんだ。
『隔離率 99.9987%』
意味を読む前に文字は消えた。それでも湊は、攻略が終わりではなく、何かを起こした始まりなのだと理解した。
(次話へ)




