名簿を渡さない理由
【本文】
名簿提出へ反対する声ばかりではなかった。
体育館の避難者から、行政へ登録されなければ家族捜索の対象にならないという不安が出た。地域網にも、自分が生存していると県外の親族へ伝えたい者がいる。
全面提出か全面拒否かでは、どちらかの希望が消える。
佳乃と真理は、本人ごとに選べる生存連絡票を作った。氏名、生年、連絡を希望する相手、公開してよい範囲を自分で記入する。子どもは保護者確認を原則とし、保護者不明なら名前を外部公開せず照合番号だけ送る。
患者名簿は由香が別に管理する。薬の支援に診断名が必要な場合も、まず人数と量を送り、個人情報は医療者同士の確認経路ができるまで保留する。
誠は娘の名を生存連絡票へ書いたが、所在地欄は空白にした。
「生きてるとは知らせたい。でも、ここへ誰でも来られるのは困る」
その矛盾を責める者はいなかった。
最初の集計で、外部連絡希望は七十八人、匿名希望は四十一人、判断保留は二十三人だった。残りは重複と意思確認不能者として分ける。
名簿を渡さないのは行政を拒むためではない。一人ずつ違う意思を、一枚の表で上書きしないためだった。
意思確認ができない患者については、生存連絡と医療情報を分けた。治療のため必要な情報は医療者間で扱い、親族捜索へ回す名前は本人が回復するまで保留する。真理は用紙を鍵付き箱へ収め、閲覧した時刻と理由を記録した。紙なら安全なのではない。持ち出し、覗き見、書き写しを防ぐ手順が必要だった。体育館にも同じ箱と記録帳を用意する。鍵も一人には預けなかった。
(次話へ)




