井戸の底
【本文】
市民体育館の敷地に、古い防災井戸があった。
記録では十年前に使用停止。ポンプは錆び、水質も不明だった。体育館の食料より水の残日数が短く、調査を先延ばしにできない。
奈々、拓郎、朔、小春が井戸を開ける。反響探査では水面まで十八メートル。底から、第八迷宮のアクアと似た振動が届いた。
採水した水は濁り、金属臭がある。小春の観測にも微生物と黒い粒子が見えた。飲用にはできない。
世界の声は《完全浄化》を表示したが、一回ごとにポイントを消費する。体育館の水全てを依存させる量ではない。
奈々は地上の濾過設備を作る。砂、炭、布を重ね、最後に煮沸する。黒い粒子だけは普通の濾過を抜けた。
モモを連れてくれば除去できる可能性がある。だが毎日の水を一匹に浄化させれば、モモが先に消耗する。
朔は井戸底の振動を記録し、アクアへ送る。水門蛇は第八迷宮から細い水路を伸ばし、黒い粒子を井戸へ入る前に分ける構造を示した。
井戸はまだ使えない。それでも、直すべき場所が底ではなく流入路だと分かった。
井戸の蓋を開けたままにせず、採水のたび二人で施錠する。混乱した避難者が未処理水を直接飲む危険があるためだ。拓郎は井戸水を飲めるという噂が先に広がらないよう、検査結果と「飲用不可」の札を同時に掲示した。水源を見つけた喜びより、まだ使えない理由を先に伝える。完成前の設備へ人が集まれば、それ自体が事故になる。
井戸周辺には仮柵を設け、子どもだけで近づかない印を置いた。採水担当も手袋と長靴を区別する。
鍵の所在も当番表へ記した。
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