騎士無用(8)
「本当か? 本当に、見目麗しい少女が俺に会わせてくれ、と言っていたのか?」
勢いこんで尋ねたレオンに、召使いはすました顔で答える。
「はい。私も今まで大勢の女を見てきましたが、あれはなかなかの上物ですぜ。なんでも、大通りでの暴徒たちを一蹴したレオンさまに、是非とも一目お会いしたい……と言っておりました」
途端に、召使いの顔が下卑たものになる。すると、レオンも下衆な笑みを浮かべた。
「そうかそうか。憲兵どもの頼みも、たまには聞くものだな」
そう、レオンは大変な女好きとしても知られていた。あまりにも女遊びが過ぎるので、屋敷には女の給仕はいない。レオンが手を付けてしまうため、父から給仕女を雇うことを固く禁止されていたのである。
だが、レオンはお構い無しである。屋敷に気に入った町娘を連れ込むのは当たり前であった。さらに、類は友を呼ぶ……とのたとえ通り、召使いもまたロクデナシ揃いである。
ハーパーが瓦版に書いた「裸の女性に料理を乗せ、フォークでつついてケガを負わせた」という記事も、実のところ大筋は合っている。この召使いたちも参加していた。
そんな下衆仲間の召使いが、太鼓判を押すほどの美少女である。レオンは、もはやワクワクが止まらない状態であった。
「で、その少女はいつ来ると言っていたのだ?」
「夜、屋敷の裏口で待っているように言いました。あそこなら、人目にもつかないですからね」
「でかした。おまえには、後で特別ボーナスを進呈しよう」
「はい。ついでに、私にもあの娘を味見させていただければと……」
いやらしい笑みを浮かべる召使いに、レオンはウンウンと頷いた。
「仕方ない奴だな。まず、俺がたっぷり味わってからだ」
レオンもニヤリと笑う。このふたり、下衆の極みとしか言いようのない表情を浮かべている。完全に同類であった。両者の衣装を入れ替えても、周囲の者は違和感なく受け入れるであろう。
夜になり、レオン男爵は裏口へと回った。すると、そこには小柄な少女が立っている。暗がりのため、顔はよく見えないが、体つきは華奢な感じだ。金色の髪は長く、夜目にも輝いて見える。
レオンは、満面の笑みを浮かべた。
「君だね、この私に会いたいと言っていたのは」
途端に、少女はこちらに近づいてきた。よくよく見れば、確かに上物だ。ここまでの美少女には、なかなかお目にかかれるものではない。
「そうなの。僕、あなたに会いたかったのん」
「僕? ハッハッハ、君は変わった女の子なんだね。でも、変わってる娘は大好きだ」
「そうなの……でも僕は、お前が嫌いなのんな」
言った直後、少女は短剣を抜く。そこで、レオンはようやく自身の置かれた危機的状況に気づいた。今は丸腰……というより、マントの下は全裸という変態そのものの格好である。
慌てて逃げようとして背中を向けるが、それこそ相手の思う壺である。
少女は、素早い動きでレオンの背中に飛びついた。直後、レオンの延髄を短剣が刺し貫く。
「僕は、お嬢さま一筋なのん。お前なんか、金もらっても嫌だっチャ」
◆◆◆
その頃、ガウェインの屋敷では──
シレーヌは扉の前に立ち、そっと呼び鈴の紐をひく。
少し遅れて、扉が開かれた。顔を出したのはガウェインだ。
「こんな夜更けに、いったい何の用かな?」
面倒くさそうな表情で尋ねたガウェインだったが、次の瞬間に顔つきが変わる。
「わたくし、シレーヌ・ロランと申します。円卓の騎士ガウェインさまと、ちょっとお話をしてみたいと思いましてね」
「なるほど。どうやら、込み入った話のようですな。どうぞ、こちらに」
言いながら、ガウェインは彼女を迎え入れる。と、その後ろからついてきたのはモリアーティだ。
「はじめまして。私はモリアーティ、シレーヌさまの執事をしております。幼い頃は、あなたの物語を読み心躍らせたものです」
そう言って、深々と礼をしたモリアーティ。対するガウェインは、フッと笑みを浮かべた。
「そうでしたか。私の物語を読んでいたとは……さて、どのような用事か楽しみですね」
ふたりは、客間らしき部屋に通された。とは言っても、テーブルはホコリまみれで床は汚れている。誇り高き騎士の住む屋敷とは、とうてい思えない。
その上、中はおかしな匂いに満ちている。
「すみませんな、ここには召使いがいない。私も、家事一切が苦手でしてね」
ガウェインが、すまなそうな顔つきで言い頭を下げた。
対するシレーヌは、思わず眉間に皺を寄せる。この男は、自分が何用で来たかもだいたいわかっているはずだ。にもかかわらず、この態度は何なのだろう。
「いえいえ、お構いなく。あなたも、こんな世界に無理やり連れて来られて、さぞかし迷惑だったことでしょう」
そう返したのはモリアーティだ。こちらも落ち着いた態度であり、殺気などまるきり感じさせない。
「そう言ってもらえると助かる。ところで……モリアーティさんと言ったね? 私について書かれた物語を読んだと言っていたが、是非とも感想を聞かせていただきたい」
言われたモリアーティは、笑みを浮かべた。
「うむ……率直に言うなら、わかりません」
「ほう。わからない、ですか」
「はい。あなたについて書かれた物語は、作者によってひどく異なる内容でした。これでは、判断のしようがありません」
「それもそうだな。で、本物の私を見た感想は?」
こんなことを聞いてきたガウェインに、モリアーティは眉ひとつ動かさず即答する。
「正直に申しあげます。今のあなたとは、会いたくなかった」
「会いたくなかった、と言ったのか?」
「はい。今、私の目に映っている者は……薬に溺れ、堕ちた英雄です。かつて、あなたの英雄譚に胸を躍らせた幼い私が今のあなたを見たら、ショックのあまり何をしでかしていたかわかりませんね」
言いつつ、モリアーティはクスリと笑った。途端に、ガウェインの表情も一変する。
その瞬間、シレーヌは鋭い殺気を感じた。ガウェインが、この場で斬りかかってくる……という感覚に襲われたのだ。すぐに立ち上がり、腰のレイピアを抜いた。
しかし、それは杞憂だった。ガウェインの殺気は、現れた時と同じく瞬時に消えた。シレーヌに向かい頭を下げる。
「すまなかった。それにしても……お嬢さん、さすがですね。よく鍛えられている。私の時代には、あなたほどの貴婦人はいなかった。いや、騎士の中でも、あなたほどの人は少なかっただろう」
「お褒めいただき光栄です。しかし、意外ですね。円卓の騎士といえば、わたくしなどより遥かに強い殿方が揃っているかと思っておりましたわ」
シレーヌもまた、ペコリと頭を下げる。ただし、油断はしていない。抜いたレイピアはそのままで、ガウェインを睨みつけている。
「円卓の騎士、ですか。私の知っている騎士の世界は、足の引っ張り合いが横行していた薄汚い世界でしたよ。騎士道などと言うものは、ならず者たちをおとなしくさせるための建前にすぎません」
語ったガウェインの顔には、複雑な表情が浮かんでいた。シレーヌもモリアーティも、黙ったまま次の言葉を待っていた。
「騎士などと言っても、しょせんは人斬りを生業にしている男たちです。強い者には、こうあって欲しい……という理想を並べ立てたものが、騎士道なる概念でしょうな。少なくとも、私は高潔な騎士などではなかった」
「是非ともお聞きしたいのですが、ランスロット卿と互角に戦ったという逸話があります。これは真実ですかな?」
不意に聞いてきたモリアーティに、ガウェインは首を傾げる。
「戦ったのは本当だ。互角だったか、と言われれば、そうではない、と答えるしかない。はっきり言えば、私は奴には勝てなかった。互角とは言えんだろう」
「では、ラモラック卿を五人がかりで殺したという逸話はどうなのです?」
「五人がかり、か。確かに、私はその場にいた。だが、手は出していない。そもそも、五人でどうやってひとりを殺す? 四人が四方を囲み切り結んでいる状況で、私は何をすればいい? 空中からでも襲いかかれというのか? 無理だよ」
そこで、ガウェインは笑った。ひどく力のない笑い声だった。
「だがね、私がその場にいたのは事実だ。止めなかったのも、また事実。私に言えるのは、それだけだよ。それを信じるも信じないも、あなたの自由だ。薬に溺れた愚か者の詭弁だと解釈されても仕方ない」




