騎士無用(9)
「なるほど、そうでしたか」
頷いたモリアーティに、ガウェインはさらなる問いをぶつける。
「さて、ここまで私の話を聞いてもらい、あなたからの質問にも答えた。その上で尋ねる。私という人間を、どう思ったのかな?」
「はっきり言わせていただきます。今のあなたへの評価は、先ほどと同じです。薬に溺れ、堕ちた英雄……それ以上でも、それ以下でもありません」
「言ってくれるな」
「あなたは、かつての私が胸を躍らせた英雄とは別人です。もし、本物のガウェインさまに会ったら、こう言ってあげたいですね。後世の人間が何を言おうが、あなたはあなた。胸を張って生きて欲しい……と」
そう言うと、モリアーティはシレーヌの方を向いた。
「お嬢さま、こちらの紳士に何か言うことはありますかな?」
「あります」
答えた直後、シレーヌはガウェインを見つめる。その目には、複雑な感情が浮かんでいた。
「あなたの気持ちは、何となくわかりました。しかし、わたくしはこれを託されてしまいました。受け取った以上、わたくしはあなたを斬らねばなりません」
そこで、シレーヌは左手をポケットに入れる。
取り出したのは、一枚の銅貨であった。彼女は、それをガウェインに突き出す。
「何だそれは? 銅貨か?」
「そうです。たった銅貨一枚……あなたには、そうとしか見えないでしょう。しかし、ここには遺族の思いが込められています。死者の恨みもね。あなたには、あなたの思いがあるのでしょう。しかし、わたくしも彼らの思いを背負って、ここにいます。あなたを処刑するためにね」
途端に、ガウェインの目に光が宿る。先ほどまでの、トロンとした表情は綺麗さっぱり消えていた。
「そうか。そういうことならば、このガウェインも久しぶりに騎士として戦おう! 臆さぬならば、かかって来い!」
言うと同時に、ガウェインは立てかけられていた大剣を手に取る。
直後、信じられないことが起きた──
「なんですか!? これは!?」
シレーヌが叫んだ。その顔は、驚きのあまり歪んでいる。
だが、それも仕方ないだろう。なぜなら、室内を女の生首が飛び回っているのだ──
「フフフ……お嬢さん、あなたにガウェインを殺させはしないわ」
そんなこと言いながら、天井付近を飛び回っている。
「お嬢さま! お下がりください!」
言うと同時に、モリアーティは拳銃を抜いた。しかし、あまりにも速いため狙いが定まらない。
「こんな妖魔がいようとは!」
モリアーティが毒づいた時、爆発のごとき凄まじい音が響き渡る──
「遅れてすみません! ご無事ですか!?」
咆哮のごとき声とともに入ってきたのはボルトである。なんと、凄まじい怪力で壁をぶち破って入って来たのだ。
続いて、インジャン・ジョーも入ってきた。飛び回る生首に向かい叫ぶ。
「やっぱりいやがったか! 妖怪首だけ女!」
「ちょっとお、あたしの名はデュラハンよ。何よ、妖怪首だけ女ってひどくない? ちゃんと首から下もあるんだから」
デュラハンは、間延びした声で言った。その言葉に合わせるかのように、部屋に首のない女が入ってくる。
その手には、剣が握られていた。
「ほう、妖怪首なし女とセットってわけかい。お嬢、こいつは引き受けた! あんたは、ガウェインに引導を渡してやれ!」
叫ぶと同時に、ジョーは飛びかかっていく──
「面妖なお友だちがいるのですね。しかし、申し訳ないですが、おふたり揃って死んでいただきます」
シレーヌが言い放つと、それに応えるかのようにガウェインも剣を抜く。
円卓の騎士と、闇の処刑人……交わるはずのなかった者同士の戦いが、今始まった。
「クソが! チョロチョロ飛び回るんじゃねえ!」
吠えたのはジョーだ。
今、彼の周辺を女の生首が飛び回っている。不気味な笑い声と共に、ぐるぐると舞っているのだ。
「ほらほら、さっさと捕まえてみなさい」
挑発するように言いながら、デュラハンの首は宙を舞う。
「ざけんな!」
喚きつつ、ジョーはトマホークを振り上げる。と、そこに乱入してきたのはデュラハンの体だ。サーベルを持ち、しなやかな動きで斬りかかる。さすがのジョーも、防戦するのがやっとだ。
次の瞬間、デュラハンの体は高々と持ち上げられた。背後より近づいてきたボルトが、彼女の体を力ずくでぶん投げたのだ。
とんでもない勢いで壁に叩きつけられ、デュラハンの体は崩れ落ちる。常人ならば、全身の骨が砕け即死していたはずだ。
しかし、そこに飛んできたのは生首だ。デュラハンの体に生首が戻る。
途端に、デュラハンの体は立ち上がった。折れたはずの骨も、あっさりと治ってしまったようである。
「痛いじゃないのよ。でも、すぐ治っちゃうけどね」
そう言うと、デュラハンはケタケタと笑った。一方、ボルトは表情を歪めている。
「なんだ、こいつは……」
そしてシレーヌとガウェインは、真っ向から切り合っていた。
シレーヌの剣技は素晴らしいものがあったが、ガウェインはそれ以上である。しかも、腕力では彼の方が上だ。並の戦士なら両手で扱う大剣を、軽々と片手で振るっているのだ。
「どうしたのだ! 先ほどは見事な口上を垂れていたが、口だけでは私は殺せんぞ!」
大剣を振り回し、叫んだガウェイン。
シレーヌの顔には、焦りの色が浮かんでいた。ガウェインは、確かに強い。彼女がこれまで直接戦った中では、確実に五本の指に入る強さだ。
ならば、こうするしかない……シレーヌは、狭い部屋へと入り込む。ここなら、あの大剣は振るえないはずだ。
しかし、ガウェインの発想は常人のものではなかった。
「なるほど、そうくるか。ならば、こちらはこうだ!」
吠えた直後、ガウェインは大剣を振り上げた。
一方、デュラハンと戦うジョー&ボルトは──
「クソ、だったら首を潰すだけよ!」
叫んだと同時に、ジョーはトマホークを投げつける。
トマホークは回転しながら飛んでいき、デュラハンの顔面に突き刺さった。生首は、床にボトリと落ちる。目の光は消えており、表情もない。死んだ、としか思えない状態だ。
すると、今度はデュラハンの体が動いた。床に落ちた生首を拾いあげ、自らに乗せる。
たちまち目に光が戻った。デュラハンは手をあげ、顔に刺さったトマホークを抜く。
その場に投げ捨てると、ニヤリと笑った。
「無理無理無理! 君たち強いけど、あたしはこの程度じゃ死なないから!」
叫んだ直後、またしても生首が宙を舞う。嘲るような表情を浮かべ、ジョーの周りを飛び回っているのだ。
唖然となるふたり。その時、バリバリという音が響き渡った。
「ど、どうしたんだ!」
ジョーは慌てて周囲を見回した。すると、ガウェインが大剣を振り回している姿が視界に入った。
その振り回した剣が、竜巻のごとき勢いで屋敷の壁を切り裂いている──
「くっ!」
シレーヌは素早い動きで飛び退いた。
もし、この屋敷の壁が石造りであったなら、ガウェインといえども大剣を振るうことはできなかっただろう。しかし、壁は木製であった。ガウェインは、壁を紙切れのごとき勢いで切り裂いている。
もはや、屋敷は半壊状態だ──
「なんてデタラメな男なの?」
呟いた時だった。突然、天井が崩れ落ちてきた。ガウェインが壁だけでなく、柱まで叩き切ってしまったのだ。しかも、その剣撃は天井板まで届いている。
豪雨のような勢いで、天井板が降り注いでくる。その時、彼女の元に突進してきた者がいた。
「お嬢さま! ひとまず脱出しますぞ!」
怒鳴ったのはボルトだ。彼はシレーヌを抱きかかえ、損壊した屋敷から飛び出していく──
シレーヌたちは、廃墟と化した屋敷を見つめていた。ジョーもモリアーティも無事だが、その表情は暗い。
「あいつら、死んだかねえ」
ポツリと言ったジョーに、モリアーティは首を横に振る。
「この程度で死ぬほど、甘い相手ではありませんよ」
直後、凄まじい音が鳴った。天井板や壁板が、空中に吹っ飛んでいったのだ。
瓦礫の中から起き上がったのは、言うまでもなくガウェインである。さらに、デュラハンも立っている。どちらも、体に傷は負っていない。
「ほう、待っていてくれたとは意外だ。てっきり逃げ出したものと思ったがな。命が惜しくないのか?」
からかうような口調で聞いてきたガウェインを、シレーヌは鋭い表情で睨む。
「ご冗談を……わたくしは、あなたを殺すと誓ったのです。あの銅貨の持ち主にね」
言いながら、シレーヌはレイピアの切っ先を向ける。
「あなたは、確かに本物の騎士です。わたくしの遥か上をいく強さであることも認めます。しかし、わたくしもまた無念の思いを背負っています。負けるわけにはいかないのですよ」
「言ってくれるな。ならば、戦闘再開だ!」
ガウェインの咆哮が合図だったかのように、両者は再び激突した──
「さーて、あたしたちも始めようかしらね」
そんなことを言いながら、空中を飛び回る生首……対するジョーは、ボルトにそっと囁いた。
「こうなりゃ、同時にいくぞ」
「ど、同時?」
「説明してる暇はねえ! 行くぞ!」
叫んだ直後、ジョーは生首めがけトマホークを投げつける。しかし、あっさり躱された。
デュラハンの首は、ケラケラ笑う。
「あらあら、どこを狙って……」
笑い声は、そこで止まった。ジョーが抜く手も見せず投げたナイフが、デュラハンの目に深々と突き刺さっていたのだ。
生首は、またしても地面に落ちた。と、そこに駆け寄ってきたのはデュラハンの体だ。再び己の首にくっつけ、また再生させようというのか。
しかし、そこに乱入してきたのはボルトだ。生首を蹴飛ばすと同時に、デュラハンの体を抱きかかえる。
一瞬のうちに絞め上げ、全身の骨を砕いた。
その間にも、シレーヌとガウェインの戦いは続いている。
ガウェインの剣撃を、まともに受けたらレイピアごと切り裂かれてしまう。シレーヌはスレスレのところで間合いを見切り、どうにか避けつつレイピアを振るう。彼女の攻撃は、ガウェインの体に少しずつ傷をつけている。だが、ガウェインを止めるまでにはいたっていない。
シレーヌの額から汗が落ち、目に入る。彼女は思わず目をつぶった。
そこで生じた隙を、ガウェインが逃すはずもなかった。必殺の一撃が、シレーヌを襲う。
シレーヌは、咄嗟にバックステップで躱そうとした。だが間に合わず、レイピアで受ける。
次の瞬間、レイピアはへし折られた。さらに、シレーヌは草に足を取られ転倒する。
尻餅をついた体勢で、シレーヌはガウェインを見上げる。絶体絶命の状態だが、それでも彼女の顔から戦意は消えていない。
まだ戦いを続行するつもりなのだ。
「お嬢さん、ここまでだ。あなたは本当に強かったよ。だが、騎士として戦う以上、負けるわけにはいかんのだ」
言いながら、ガウェインは剣を振り上げる。その時、モリアーティの声が飛んできた。
「おやおや、騎士ともあろう者が女性に手をあげるのですか?」
ほぼ同時に、ガウェインの動きが止まった。その時、銃声が鳴り響く──
ガウェインは、銃という武器など知らない。にもかかわらず、何をされたか察したらしい。ゆっくりとモリアーティの方を向いた。
「やってくれたな」
その顔には、笑みが浮かんでいる。対するモリアーティは、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。ただ、許してくれとも言いません。我々は殺し屋なのです。不意討ち闇討ちこそが我らの本懐。私を憎み、あの世に逝ってください」
「フッ、そうか……ならば仕方ない。お前たちに殺されたなら、諦めもつく」
直後、ガウェインは崩れ落ちる。次の瞬間、彼の死体は消え失せていた。
「ジョーさん、さすがですね。よく、あの短時間で妖魔の弱点を見抜けたものだ」
感心したような顔つきで言ったボルトに、ジョーは顔をしかめ首を横に振る。
「頭と胴体、同時に殺るしかねえと咄嗟に思ったんだよ。一か八かだった。もう、あんなのとはやり合いたくねえな」
そんなふたりとは対照的なのがシレーヌであった。ガウェインの振るっていた大剣を、じっと見つめる。
ややあって、その大剣をどうにか持ち上げた。
「ボルト、申し訳ないけどこれを屋敷に持ち帰ってくれるかしら」
「構いませんが、どうなさるのです?」
「墓標代わりに、庭に刺してあげたいのです」
◆◆◆
それからしばらくして、ガウェインの屋敷を見にきた者がいた。それも、ふたりである。
「ガウェインは死んだようです。さすがは処刑人だ」
言ったのは、若い男だ。デモ行進をしていた群衆を煽っていた青年である。
「そうだな。となると……やはり、ラスプーチンの始末は処刑人に任せるしかないか」
そう返したのは、シャルルである。相変わらずの黒眼鏡に黒いバンダナ姿で、屋敷の残骸を見つめていた。
「ラスプーチンさえ死ねば、残るは烏合の衆……我々の敵ではありません。革命の日は、もう間もなくでしょう」




