騎士無用(7)
大通りでの騒動から一夜明けた翌日。
シレーヌは、いつものようにミンチン学園の廊下を歩いていた。生徒たちは、昨日のデモ行進の話題でもちきりである。
「聞いたか? ラスプーチンとか言ってたらしいぞ」
「変なのが出てきて、いきなり首を斬っちゃったんでしょ」
「ひどい話だよな。話くらい聞けっての」
皆、勝手なことを言っている。ここの生徒の大半は貴族の家の出だ。にもかかわらず、貴族を敵対視する群衆たちに同情している。
あの群衆たちがミンチン学園に来れば、たちまち殺気立つであろう。自分たちの子供との扱いの差に怒り狂い、校舎を打ち壊してしまうかもしれない。
まあ、それも一興だ。打ち壊しが始まった時、ミンチン学園長はどんな顔をするだろう……などと思っていたシレーヌだったが、そこで彼女の足が止まる。
廊下の窓から、ジャックが顔を出して手招きしている。校舎裏に来い、ということだ。しかも、その表情から察するに緊急の用事らしい。
もうじき授業が始まるが、こうなっては仕方ない。シレーヌは傍若無人な態度で校舎裏へと出ていった。すれ違う教師は、もうすぐ授業が……と言いかけたが、すぐに口を閉じ素知らぬ顔で通り過ぎていった。
出てきたシレーヌを、ジャックは苛ついた顔で迎える。
「お嬢さま、モンドのアホが来てるのん。なんか急いでくれってさ」
「いったい何の用なのです?」
「お前じゃ話にならない、いいから早く連れて来いってさ……ちょっとムカついたのんな。あいつ、刺していいっチャ?」
「いいわけないでしょうが。さっさと案内しなさい」
シレーヌに言われ、ジャックは渋々という様子で歩いていく。
モンドは、校門のすぐ前に立っていた。シレーヌの顔を見るなり、慌ただしい様子で口を開く、
「さっそくだが仕事だ。標的は、レオン男爵とガウェイン。そして、処刑人さんにこれを渡してくれってよ」
言いながら、モンドが渡してきたのは一枚の銅貨だ。
「ガウェインに殺された男の弟が、これしかないけど処刑人に渡してくれ……って、俺に無理やり握らせてきたんだよ」
「なるほど。そういう経緯でしたか」
「ま、そういうことだ。今回は気をつけろよ。ガウェインの奴、かなり腕は立つぜ。おまけに、根城にしてる屋敷じゃお化けが出るってもっぱらの噂だ」
「お化け、ねえ。果たして何者かしら」
「なんでもいいのん。刺せば終わりなのんな」
そんなことを言いながら、モンドの尻を短刀でつついたのはジャックだ。
当たった途端、モンドは飛び上がった。
「バカ野郎! いきなり何すんだ!? いてえじゃねえか!?」
「フン、憲兵隊ならこれくらい我慢するのんな」
「我慢できるかぁ! いてえもんはいてえんだ!」
怒鳴りつけたモンドだったが、そこでシレーヌが割って入る。
「はい、そこまで。その仕事、もちろん引き受けさせていただきますわ」
その夜、屋敷の地下室にはいつもの面々が集合していた。
「ボルト、あのガキは帰らせたんだろうな?」
鋭い口調で尋ねたのは、インジャン・ジョーだ。ガキとは、ハックのことである。
「彼なら、昼に帰りましたよ。今頃は、どこかの橋の下で眠っていると思います」
「それならいいがな、ひとつ覚えておけ。いざとなった時、情が移っていたら、つらくなるのはお前の方だぞ」
「わかっています」
ボルトが答えた時、今度はシレーヌが口を開く。
「では、本題に入ります。今回の標的は、レオン男爵とガウェイン。ガウェインは、召喚されし英雄らしいわ」
「ガウェイン? となると、円卓の騎士ですかな?」
聞いたモリアーティに、シレーヌは頷いた。
「どうやら、そのようです」
「面白いですね。ガウェインといえば、矛盾に満ちた性格の騎士として知られています。実物は、どのような人間であるか……実に興味深いところですが、殺さねばならないのなら仕方ないですな」
残念そうに言ったモリアーティに、ジャックがフンと鼻を鳴らす。
「人間なんて、そんなものなのん。良いことだけして生きてる人はいないのんな。でも、悪いことだけして生きてる人もいないっチャ」
「確かに、その通りですね」
苦笑しつつ返したモリアーティに、今度はジョーが尋ねる。
「で、そのガウェインは強いのか?」
「これがまた、書物によって違うのですよ。円卓の騎士でも最強クラスのランスロットと、一対一でほぼ互角に戦えた……という記録があります。かと思えば、ガウェインが仲間を集め五人がかりでひとりの騎士を襲ったが、仕留めるのに時間がかかったという記録もあります」
「なるほど。人格と同様、腕も記録によってバラバラってわけか。よっぽど面倒くさい男なんだろうな」
ジョーの冗談まじりの言葉に、応じたのはシレーヌだった。
「どんな男だろうと、依頼された以上は仕留める……それが、わたくしたち処刑人の役割です。明日は、皆で手分けして情報収集といきましょう」
翌日、ジョーはガウェインが住んでいる屋敷へと向かった。
到着してみれば、さほど大きくない平屋だ。庭は手入れされておらず、塀や外壁にも汚れが目立つ。その上、真昼間だというのに窓をカーテンで閉ざしているのだ。
ジョーは、入口から中を覗いてみた。門は開けっ放しであり、来るもの拒まず……という雰囲気である。
しかし、ジョーの勘は既に働いていた。ここには、明らかに危険なものが潜んでいる。確実に、人ではないものだ。
「こいつは何だ?」
呟きつつ、ジョーは足音を立てずに入っていった。
扉の取っ手に手をかけると、あっさりと開く。となると、中に誰かいるのか。
ジョーは、慎重に中を覗き込む。と、そこで嫌な匂いを感じた。
「これ、邪眼草じゃねえか」
思わず呟いた時、声が聞こえてきた。
「どなたですか?」
女の声だ。ジョーはビクリとなり、そっと扉を閉め退散しようとした。
だが、その目に飛び込んできたのは……宙を舞う美女の生首だ。彼女の両眼はジョーをしっかり見据え、口が開かれる。
「おや、お客さんかしら?」
次の瞬間、ジョーは扉を閉めると同時に飛び退いた。トマホークを握りしめ、扉が開かれるのを待つ。もし追ってくる者がいるようならば、もちろん戦うつもりだ。
しばらく待ってみたが、誰も出てくる気配がない。ジョーはホッと安堵し、足早に去っていった。
「おいおい、今度は宙を舞う生首かよ……」
◆◆◆
「どうかしたか?」
ガウェインの問いに、デュラハンはクスッと笑った。
「なんでもない。おかしな男が、中を覗き込んでいたのよ」
「ほう、物好きもいたものだ。コソ泥か?」
「いや、あれはコソ泥じゃないね。かなり腕は立つよ」
「では、殺し屋か。俺を殺しに来たのか」
「怖い?」
「既に一度、死は経験している。いっそ、今殺してくれればよかったのに。気のきかん殺し屋だな」
そんなことを言いつつ、ガウェインはパイプをくわえ煙を吸い込んだ。
たちまち、体がふんわりと軽くなっていく。だが、それと反比例して動く気力は失せていった。
「ちょっとお、死なれちゃ困るんだけど。あたしみたいな首なし女を愛してくれるの、あんたくらいしかいないんですけど」
「バカを言うな。お前くらいのいい女を、男たちが放っておくはずがあるまい。俺などいなくても、何の問題もないだろう」
「それがね、あんたがいないと色々困るんですよ。だから、もう少し長生きしてくださいね」
「そう言われては仕方ないな。まあ、努力してみよう」
そう言うと、ガウェインは再び煙を吸い込む。
「それにしても、殺し屋が侵入してきたのに、気づかなかったとはな……俺も、ずいぶんと鈍ったものだ。まあ、腕など鈍ったところで、今さらどうでもいいがな」




