騎士無用(6)
青年の一声に、群衆はどよめいた。
「なんだと!?」
「ラスプーチン!?」
「何者だそいつは!?」
次々に飛んできた質問に、青年はまず両手をあげ叫ぶ。
「みんな静かにしろ!」
すると、群衆はピタッと口を閉じた。そこで、青年は語り出す…
「ラスプーチンは、得体の知れない術を用いて、宮廷で絶大なる権力を握っている。大半の貴族は、ラスプーチンの言いなりだ。みんなは、怪しげなまじない師に政治を任せていいと思うのか!?」
群衆は何も言えずに顔を見合わせた。だが、憲兵隊も同様である。そんな男が宮廷を出入りしていることなど、今初めて聞いたのだ。
少しの間を置き、ひとりの男がおずおずと尋ねる。
「そのラスプーチンてのは、悪い奴なのか?」
「悪いに決まっているだろう。君たちは、国の将来を決める重要な判断をまじないで決めていいと思うのか? いいわけがない! しかも、その者は君たちが汗水たらして働いている時、宮廷で遊びほうけているのだぞ! 貴族でもない者に、そんな暮らしをさせていいのか!? ラスプーチンの遊ぶ金は、全て君らの税金なのだぞ! そんなふざけた話を許せるのか!?」
途端に、群衆の態度は一変する。
「許せるわけねえだろ!」
「何者だそいつは!」
「引きずり出してやれ!」
群衆は、再び進み出した。対する憲兵隊はというと、青い顔でオロオロしている。このような事態を、どう収束させればいいかわからないのだ。かといって、戦う気もない。今の青年の言葉は、憲兵隊にも影響を及ぼしていた……。
その時、割れんばかりの大声が聞こえてきた。
「貴様ら! これ以上の暴挙は許さん! おとなしく引き上げるなら良し! でなければ、このレオン男爵が相手になるぞ!」
そう、声を発したのは確かにレオン男爵であった。だが、その場に現れたのは違う男である。鉄の胸当てを付け大剣を肩に担ぎ、脱力しきった表情で群衆の方に進んでいく。
彼から数メートルほど離れた位置に登場したのが、正真正銘のレオン男爵である。その横にはモンドもいて、こいつは困ったぞ……と言いたげな表情である。
群衆はというと、男のやる気のなさそうな態度に怒りを露わにした。
「なんだてめえ! 邪魔すんならやっちまうぞ!」
ひとりが怒鳴ると、男は足を止めた。
「俺はガウェインだ。本来なら、こんな騒ぎには何の興味もない。したがって、おとなしく引き上げてくれると助かる。俺も早く帰れるしな」
ガウェインの目はトロンとしており、どこを見ているのかわからない。まるで酔っ払いのようだ。
そんな彼を見て、ひとりの男が肩をいからせ近づいていく。
「お前、酔っ払ってるのか」
話はそこで途切れた。ガウェインが、ビュンと剣を振ったのだ。
次の瞬間、男の首がゴロリと転がる──
「面倒だな。さて、次はどいつだ? まとめてかかって来ても構わんぞ。きっちり相手をしてやる」
今、人ひとりの首を叩き斬ったというのに、ガウェインの態度はほとんど変化していない。飛んでいるハエを叩き潰した、そんな雰囲気だ。
群衆の方はというと、先ほどの勢いが嘘のように静まり返っていた。こんなにも簡単に、人の首が落ちる場面など見たこともない。
そんな彼らに向かい、ガウェインは苛立った顔つきで歩きだした。しかも、今度は大剣を構えた体勢である。当然、両者の距離は徐々に縮まっていく。
「あいつ頭おかしいぞ……」
誰かが言った途端、群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げていった──
「終わったぞ」
ガウェインは振り向き、モンドに声をかける。その表情は冷めきっていた。
すると、今度はレオン男爵が叫ぶ。
「いいか! よく聞け! 今回の騒動を収めたのは、このレオン男爵である! 書き記しておけ!」
「は、はい、その通りであります。レオン男爵さま、私は深く感謝しております。この度の手柄を、我々は忘れません」
言いながら、ペコペコ頭を下げているのはモンドだ。もっとも、憲兵隊の若者たちは不満そうである。得体の知れない男が、いきなり現れ首を叩き斬った……それで、事態が収まってしまったのが納得いかないのだろう。
そんな中、ガウェインは飄々とした態度で帰っていった。
屋敷に戻ると、ガウェインはパイプをくわえていた。煙を吸い込み、フゥと吐き出す。
途端に、体の奥底から得体の知れない何かが湧き上がってきた。いい気分だ。ガウェインは天井を見つめ、ふと呟く。
「俺は、何のためにこの世界に来たのだろうな」
「もちろん、私と会うためよ」
言いながら、近づいて来たのは例の首なし女・デュラハンである。
ガウェインは、クスリと笑った。
「そうか。それなら、まあ良しとしよう」
そこで、再びパイプを口にくわえた。煙を吸い込み、体内に妖気のごときものが満ちていく感覚を楽しむ。
その姿は、伝えられている英雄のものとは程遠かった。
ガウェインが、こちらの世界に召喚されたのは半年ほど前のことだ。
最初は、自身の活躍が書かれた書物があると聞き、貪るように読んだ。だが、読み終えるとひどく落胆した。
「真実が、ほとんど書かれておらぬではないか」
ガウェインにも、自己顕示欲や承認欲求はある。正直に言えば、その欲望は普通の人間よりも強いことを自覚していた。だからこそ、自身について書かれた書物を読みたい……という欲求を抑えられなかった。
だが、登場する者たちは、どれも真実とは程遠かった。アーサー王もグゥイネビア妃も、ペリノア王もランスロットもパーシヴァルも、皆ガウェインの見てきた人間とは違う。特に、グゥイネビア妃とランスロットとの関係を下卑た性的な目線で描いた「創作物」には、吐き気をもよおすほど不快になった。
そして、己に関する書物もまた同様であった。片方では、高潔な騎士として描かれている。ところが、もう片方では下衆な悪役として描かれているのだ。
「俺は、こんなことはしていない……」
己に関する物語を読み終えた後の、ガウェインの一言がそれであった。
その後、ガウェインは己の前世を振り返ってみた。騎士道とは、いったい何だったのだろうか。
アーサー王より任命されし日から、ガウェインは騎士道に恥じぬ生き方をしようと努めてきた。もちろん、振り返ってみれば情けないことをしでかした日もあった。恐怖のあまり小便を漏らしながらも、己を叱咤し必死で強敵に立ち向かっていったこともあった。死体を見て吐いてしまったこともある。卑怯な真似をしたこともある。
だが、物語に書かれていたのは、そうしたことではない。集団でひとりの騎士に襲いかかり、討ち果たした下衆野郎。乙女のため、怪物に立ち向かっていった勇敢なる戦士。さらには、正義の騎士ランスロットの前に立ちふさがる悪の権化。
どれもこれも、みんな嘘だ。にもかかわらず、どの書物にも、まことしやかにガウェインの所業が書かれていた。見ていくうちに、自分は本当にこんなことをしたのでは……という錯覚に襲われることもあった。
「俺は、いったい何をしてきたのだ?」
ガウェインは、誰にともなく尋ねた。その疑問に、答えをくれたのは首のない女だった。
「決まってるじゃない。歴史はね、時の権力者が勝手に作り上げていくもの。みんな、ただの幻なんだよ」
そういうと、デュラハンは彼にパイプをくわえさせる。
「そんなことより、これを吸ってみて。気分がよくなるよ」
怪しいものであることはわかっていた。だが、デュラハンの誘いに逆らう理由もなかった。ガウェインはパイプをくわえ、怪しげな煙を吸い込む。
たちまち気分がよくなってきた。悩みなど、もうどうでもよくなっていた。




