騎士無用(4)
「セーラちゃん」
背後から声をかけられ、セーラは振り向く。
そこに立っていたのは、小柄な少年であった。綺麗な顔立ちだが、表情に締まりがない。踊るように軽やかなステップを踏みながら、こちらに近づいてくる。
今は授業中であり、生徒ならば教室にいるはずだ。となると、完全に不審者である。
もっとも、セーラはこの不審者のことを知っていた。
「えーと、ジャックさんでしたっけ?」
「そうなのん。覚えてくれて嬉しいっチャ。でさあ、ちょっと君に聞きたいことがあるのん。あの中で話さない?」
言いながら、ジャックが指さしたのは物置小屋だ。しかし、セーラは不安そうな表情を浮かべる。
「な、何をする気ですか?」
「ちょっととお、変なこと考えてるでしょ? 誤解しないでよう。本当に話だけなのん。中に入ったら、僕が裸になって、ゾウさんゾウさん言いながらブラブラさせ迫ってくるとか思ったのん? まあ、君がどうしても見たいなら、やらないこともないけどさ」
「遠慮します」
セーラは、思わず笑ってしまった。考えてみれば、同年代の男子とこんなバカ話をするのは久しぶりだ。
そんなセーラに、ジャックはなおも語り続ける。
「だいたいね、僕はお嬢様一筋なのん。純愛なのんな。女の子には、いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる……って願望があるのん。でも、男の子にも似た願望はあるっチャ。いつか、真っ黒い馬に乗ってセクシーな衣装を着た女王様が、奴隷にしてくれるため迎えに来てくれるのん。そして男の子は四つんばいで女王様を背中に乗せ、ムチでぶたれながらお城にいくっチャ」
「それは全然違います!」
セーラが言った時、ジャックの表情が変わった。さっと顔を近づける。
「悪いけど、今すぐ物置小屋に入るのん」
直後、ジャックはセーラの腕をつかんだ。
「嫌だぁ? 奴隷の分際で、僕に口答えしたっチャ! 許さないのん! 今から、その体にきっちり教えてやるのんな! 男の味を教えて、ヒーヒー言って喜ばせてやるっチャ! そして僕の虜にしてやるのん!」
わけのわからないことを叫び、強引に物置小屋へと引っ張っていく。突然のことに、セーラはされるがままになっていた。
物置小屋に入ると、ジャックは人差し指を唇に当てる。静かに、のジェスチャーだ。状況が全くわからないが、ひとまず言う通りにしておこう。セーラは、こくんと頷いた。
すると、ジャックはとんでもないことを言い出す。
「さーて、こん中でたーっぶりイジメてやるのんな! まずは服を脱いでもらうのん!」
何を言っているのだろうか……前から感じていたことだが、この少年は本当におかしいのかもしれない。
ただ、本気でセーラに何かしようという意思も感じられない。とりあえず、身に危険が及ぶことはなさそうだ。
その時、声が響き渡る。
「貴様ぁ!」
叫びながら乱入してきたのは、なんとシャルルだ。サーベルを抜き、問答無用とばかりに切りかかる。
しかし、ジャックもこの展開を予想していたらしい。バックステップで躱した直後、なんとセーラの背後に回ったのだ。
「セーラちゃん、この変なおじさん誰か知ってるのん?」
殺気立ったシャルルとは、完全に真逆の態度である。ただし、目には冷ややかな殺意が浮かんでいた。手には、いつの間に抜いたのか細身のナイフが握られていた。
セーラの方は、未だ状況を飲み込めていない。いきなり物置小屋に連れ込まれたと思ったら、頭に黒い布を巻いた黒メガネの怪人物が乱入してきたのだ。頭は真っ白になり、何も考えられない状態である。
一方、シャルルも動けずにいるようだった。ジャックという少年は、これまでセーラに友好的であった。しかし、今いる位置なら簡単に彼女の喉を切り裂ける。そして、ジャックならやりかねない。
ジャックもまた、相手がそう読むことを計算し、この位置に動いたのだ──
三者が硬直している中、最初に動いたのはジャックだった。
「どうすんの? 殺んの? 殺んないの? 僕はどっちでもいいのんな」
その言葉は、言うまでもなくシャルルに向かい放たれたものだ。しかし、そこでセーラが我に返った。
「あ、あなた誰ですか!? ひ、人を呼びますよ!」
声を震わせながらも、シャルルを睨みつけ言い放つ。
すると、シャルルの態度に変化が生じた。明らかに狼狽している。この男は、セーラを助けるために入ってきたのだ。しかし、セーラからは悪者にしか見られていないらしい。
そこで、ジャックがニヤリと笑う。
「あんた、この娘の何なのん? 正直に答えた方がいいのんな。でないと、ずっと悪者扱いのままだっチャ」
しかし、シャルルは答えなかった。無言のまま、少しずつ後退りしていく。
やがて、パッと姿を消した──
「あいつ、君のことを隠れてずっと見てたのん。知り合い? 見覚えある?」
ジャックに聞かれ、セーラは首を横に振った。
「いえ、ありません」
一度はそう答えたが、次の瞬間にある人物が心に浮かぶ。
今の男は、その人物に雰囲気が似ている。だが、既に死んだはずだ。
「まさか、そんな……」
思わず呟いた時だった。棚の隙間から、ニャアと鳴く声がした。不安そうな、か細い声だ。
「あ、アーメンガード!」
セーラが言うと、出てきたのは茶トラの子猫だ。おっかなびっくりの様子で出てきて、しゃがみこんだ彼女の手に頬を擦り寄せる。
「フフフ、可愛いのんな。アーメンガードとは、洒落た名前だっチャ」
そんなことを言いつつも、ジャックの目には冷酷な光が浮かんでいた。
◆◆◆
その日の夜、レオン男爵の屋敷では──
「クソ、その処刑人とやらほいつ来るのだろうな。さっさと殺り合いたいものだ」
そんなことを言いながら、庭で槍を振り回すのはレオン・アバナシア男爵その人だ。
背は高く、ガッチリした体格の大男である。髪は金色で肌は白く、顔立ちは悪くはない。むしろ、爽やかな印象すら受けるだろう。
ただし、性格は残忍そのものだ。そもそも、アバナシア家の家訓が「情は弱さの証」である。敵に恐れられる残酷な武人でなくては、民を守ることなどできない……それこそが、代々伝わる教えであった。
「そうはしゃぐな。お前も三十を過ぎているのだろう。その歳で、格好をつけるのはみっともないぞ」
落ち着いた口調で言ったのはガウェインだ。けだるそうな表情で屋敷のテラス席に座り、パイプを口にくわえている。
レオンは、そんなガウェインを忌々しげに見つめた。
「お主、本当に伝説の騎士なのか? どうにも疑わしいな」
「さあな。俺を伝説の騎士に祭り上げたのは吟遊詩人共だ。ただ、俺の腕前を疑うというなら、証明してみせよう。何人でも斬ってやる」
冷めた表情で答えたガウェイン。しかし、その目はトロンとしており、焦点が定まっていない。
レオンは、思わず顔をしかめる。ガウェインの口にくわえたパイプ……そこに入っているものは煙草ではない。邪眼曹という名の麻薬なのだ。
ガウェインは、今やすっかり麻薬の虜となっている──
「ならば、今度は別の者を斬ってもらおう。先日、お主が斬った瓦版屋のハーパーだがな、どうやら地下の集会に参加していたらしい」
「集会? なんの集会だ?」
「このルフランに、革命を起こそうとしているバカ共がいるらしい。その集会所を、今調べさせている。わかり次第、そいつらを叩き斬ってくれ」
「お安い御用だ」
答えたガウェインの目の焦点は合っていない。こんな奴で、本当に大丈夫なのか……と、レオンが思った時だった。
突然、ガウェインが剣を抜く。虚空めがけ一振りした。
「な、何をする!?」
気色ばんで叫んだレオンだが、ガウェインは落ち着いたものだった。
「なんでもない。うっとおしいハチが飛んで来ただけだ」




