騎士無用(3)
その日、ベルサーユの大通りでちょっとした騒動が持ち上がった。
発端は青年たちであった。
「瓦版屋のハーパーさんは、何者かに殺された! これは、貴族たちによる暗殺に間違いない!
皆さん、こんなことを許せますか!」
叫んでいるのは、二十代半ばの若者だ。道行く人たちに、血走った目で訴えかけている。さらに、数人の若い男女が瓦版を配っている。
ほんの半年前なら、こんな青年たちのことなど誰も気に留めなかっただろう。また変なのがいるな、という侮蔑の視線を浴びせるだけで終わっていたはずだ。
しかし、今は違う。周りには人だかりができており、中には真剣な顔で聞き入っている者までいた。
そんな状況に刺激されたのか、若者の声は熱を帯びていく。
「皆さん! 貴族たちは、我々が汗水たらして稼いだ金で、夜な夜な放蕩にふけっているのですよ! ハーパーさんは、その事実を暴いたために殺された! こんなことが許されていいのですか!」
その時、現れたのは憲兵たちだ。先頭に立っているのはモンドで、面倒くさそうな表情を浮かべている。
「おい、お前ら。こんなとこで何やってんだ。さっさと帰れ。でないと、風紀を乱した罪でしょっぴくぞ」
やる気の感じられない口調で言ったモンドに、若者は食ってかかる。
「そうやって、我々の言論を弾圧しようというのか!」
「弾圧だか何だか知らねえがな、こっちも仕事なんだよ。騒がれたら迷惑だ。そんな訳だから、今のうちに家に帰れ」
そう言うと、モンドはシッシッと手を振る。犬を追い払うような仕草だ。その行動が、若者の怒りをさらに増幅させた。
「ふざけるな! お前みたいな木っ端役人に、我々の進軍を邪魔させはしないぞ!」
怒鳴った後、若者はモンドの胸をドンと突いた。こうなると、さすがのモンドも怒る。
「このガキ! やりやがったな! もう許せねえ! 公務執行妨害罪で全員捕まえろ!」
その声と同時に、憲兵たちは一斉に動く。その場にいた若者たち全員を捕らえ、縄をかけ連れて行った。
しかし、そんな最中にも若者たちは喚き続けている。
「みんな見ろ! 官憲は、我々一般市民を暴力で黙らせる気だ! 我々は、こんな者たちには絶対に屈しないぞ!」
そんな若者たちを、複雑な表情を浮かべて見ているのはインジャン・ジョーだ。
もちろん、彼とてハーパーを殺した犯人を許せないとは思っている。だが、同時に漠然とした不安を感じていた。うまく言葉にできないが、この先とんでもないことが起こるのではないか……そんな気がしていたのだ。
ジョーはさりげなくモンドに近づき、そっと囁く。
「おい、この騒ぎは何なんだよ。みんなおかしいぜ。なんか伝染病に取り憑かれてるみたいだ」
「俺もわからねえんだよ。なにせ、いきなり弾圧だの暴挙だの言ってくるアホが出てきたからな。流行り病みたいに、すぐに収まってくれることを祈るだけだ」
小声で言った直後、モンドは集まっていた人たちを睨みつける。
「ほら、騒ぎは終わりだ。さっさと家に帰って、酒でも飲んで寝ろ」
大半の者は、その言葉に従い立ち去っていった。だが、動こうとしない者もいた。無言のまま、反抗的な視線をモンドに向けている。
傍らで見ていたジョーは、その者たちに近づき声をかける。
「俺はハーパーの友達だった。あいつ、いつから政治なんぞにかかわるようになったんだ?」
聞いたが、答えは返ってこなかった。皆、ジョーを無視してその場を離れていく。何か教えたくない事情があるようだ。
ジョーの目が細くなった。一瞬、とっ捕まえて力ずくで聞き出してやろうか……という考えが浮かぶ。
だが、すぐに気持ちを切り替える。ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。まずは、屋敷に帰る。処刑人の頭脳であるモリアーティに相談だ。
屋敷に戻ってみると、庭でボルトとハックが何やら話している。
ジョーは近づいていき、ハックを睨んだ。
「ようガキ、まだ来てたのか。掃除しに来るのは勝手だがな、てめえはここの人間じゃねえってことは忘れるなよ。本来、この屋敷はてめえみてえなガキの来る場所じゃねえんだ」
その途端、ハックは表情を変える。
「確かに、俺は親なし宿なしだ。でも、あんただって人のこと言えるような立派な生き方してんのかよ?」
声を震わせながらも言い返してきた。怖いのだろうし、またジョーという人間の噂も聞いているのだろう。
だが、ジョーの言葉の真意はわかっていない。単純に、お前みたいな汚いガキは来るな……と言われたと思ったのだろう。
その時、ボルトが彼の肩に手を触れる。
「人の言うことに、いちいち目くじらを立ててはいけません。君は気が強く行動力がある。それは長所ですが、同時に短所でもあります。生きていくためには、感情を抑えることを覚えなさい」
「でもよ、俺みたいな奴はナメられたら終わりなんだ」
「ですから、まずは怒りの感情を抑え、今が言い返すべき時なのか、そうでないかを考えるのです。残念ながら、世の中には、人を不快な気分にさせることに喜びを感じる者が少なからずいます。そんな連中をいちいち相手にするのは、百害あって一理なしです」
横で聞いているジョーは、思わず苦笑していた。ボルトにこんな一面があろうとは思わなかった。
この男、孤児院の用心棒でもやる方が向いているかもしれない……などと思った時、彼の頭にある考えが浮かんだ。
「おいガキ、お前は今どこで寝泊まりしてんだよ?」
「関係ねえだろ」
ハックは、ふてくされたような態度で答えた。
「確かに関係ねえな。けどよ、今は街全体の様子がおかしいんだ。お前、夜中に変な連中が集まってるところを見たか?」
「知らないよ。たとえ知ってても、あんたには言いたくない」
本当に意地っ張りな少年である。ジョーは、ボルトにそっと目配せした。お前から上手く頼んでおいてくれ、という意味を込めた視線だ。
ボルトは即座に理解し、静かに頷いた。ジョーはというと、そのまま歩き屋敷へと入っていく。
◆◆◆
ベルサーユの一角には、奇妙な屋敷があった。ちゃんとした持ち主はいるのだが、昼も夜も明かりがつくことはない。にもかかわらず、時おり人の声が聞こえるというのだ。
近所の住民からは、幽霊屋敷と呼ばれていた。近寄る者などいない。
その幽霊屋敷の寝室で、けだるそうな表情を浮かべ横になっているのがガウェインだ。
室内には、異様な匂いが立ちこめている。これは、人の心を酩酊状態にする薬草の香りだ。つまりは麻薬である。
ガウェインは、パイプのようなものを口にくわえていた。その煙を吸い込み、目をつぶる。
様々な記憶が蘇る。騎士として戦い、数々の栄誉を得た。だが同時に、騎士らしからぬ振る舞いもあった。しかも、その数は決して少なくない。
さらに不快なのは、その騎士らしからぬ振る舞いの方が心に残っているのだ──
「俺は何がしたかったんだ?」
思わず声が出ていた。
己の弱さを、ガウェインは自覚していた。だからこそ、鍛錬を重ね強くなった。剣の腕だけならば、ガウェインに太刀打ちできる者など、そうそういないだろう。
だが、それでも己の弱さを記憶から消し去ることはできなかった。こうしていると、かつての情けない姿を否応なしに思い出してしまう。
やがて戦いに敗れ、命を落とした。それなのに、気がつくとこんな世界で目覚めていた。しかも、己の意思とは無関係に、やりたくもないことをやらされる。
騎士は、弱き者を守るために命をかけるはずだった。しかし今では、強い者を守るために剣を振るっている。
先日のことを思い出し、ガウェインは拳を握りしめる。あんな瓦版屋を殺すことに、わざわざ自分が行く必要があったのだろうか。
苛立ちを紛らわすため、ガウェインはパイプを口にくわえる。煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
不快な気分は、たちまち消えた。




