騎士無用(2)
翌日の朝、シレーヌは普段通りに登校した。面倒くさそうな表情で、廊下を歩いていく。だが、その足がピタッと止まった。
「お嬢様、あのアホが来てるのん」
ジャックの声だ。壁の向こう側にいるため顔は見えないが、声から察するにふざけた状況ではないらしい。
「アホ? アホという単語で思い当たる人物は星の数ほどいますわ。どのアホか、正式名称を言いなさい」
「シャルルという名のアホだっチャ」
途端に、シレーヌの目つきが鋭くなった。
「ほう、面白いですわね。どこにいますの?」
「校庭の隅で、木陰に隠れていたのん。セーラちゃんのこと、ジトーっと見てたのんな」
その瞬間、シレーヌは窓を開け外に飛び出した。その目には、危険な光が宿っている。
「あの変態紳士め……どこにいるのか、今すぐ案内しなさい。前歯を全部叩き折ってやるわ」
「ちょっと、落ち着くのん。今案内するっチャ」
ジャックに案内された場所では、セーラが校舎周辺の掃除をしている。これは見慣れた光景だ。
だが、見慣れない光景もあった。彼女のことをじっと見ている者がいるのだ。
その人物はシャルルだった。相変わらず、黒い布を頭に巻き黒メガネをかけ、黒マントに身を包んだ姿である。
シレーヌは、つかつかと近づいていった。シャルルは気づいているのかいないのか、シレーヌのことなど見ようともしていない。
「このミンチン学園は、関係者以外は立入禁止ですよ。その愚かな頭に叩きこんでさしあげましょうか?」
シレーヌが低い声で凄んだが、シャルルは彼女のことなど見ようともしていない。その視線は、セーラへと向けられている。
「聞いているのかしら? それとも、叩き出されないとわからないのかしら?」
苛立ったシレーヌが声を荒げると、シャルルはようやくこちらを向いた。
「あなたは、どうにも口が悪い。その美しさも台無しだ」
「余計なお世話ですわ。あなたのような変態にどう思われようが、知ったことではありません。それより、セーラに何か用?」
なおも問い詰めるシレーヌに、シャルルはフゥと溜息を吐いた。
「あの子は、父親と兄を突然の事故で亡くし、全ての財産を失った。挙句、ここで奴隷として働かされている……哀れな話だと思いませんか?」
「だからどうだと言うの? そんなこと、このベルサーユでは珍しくないわ」
「そうですね。確かに、このベルサーユでは……いや、ルフラン国そのものが不幸に満ちている。その元凶が何であるか、あなたもおわかりですよね?」
シャルルの声が熱を帯びてきた。ひょっとすると、この話をするために学園に来たのか。
だが、それよりも確かめねばならないことがある。
「先日、あなたはわたくしに情報をくれましたね。シャイロックなる商人の手下・モモタロウによって孤児たちが殺された、と」
「はい。お役に立ったのではないですか?」
「別に……わたくしには、毛ほどの役にも立っていないわ。ただ、シャイロックは何者かに殺され、モモタロウは消えたとの噂は聞きましたけど」
「どうやら、闇の処刑人が動いたようですな。大した腕ですよ、あのモモタロウ一味を片付けてしまうとは」
「で……あなたは、その闇の処刑人と仲良くなりたいのかしら? それとも、利用しようと考えているの?」
「フッ、何を仰っているのですか。私は、処刑人のファンですよ。市民の間にも、処刑人のファンは少なからずいますよ。何と言っても、彼らは庶民の味方ですからね」
その時、シレーヌの口元が歪む。鋭い目でシャルルを睨みつけた。
「何をバカなことを仰っているのかしら? 闇の処刑人とて、しょせんは人殺しです。ギロチンにかけられても、文句は言えませんわ。死んだ後も、待っているのはゲヘナの責め苦でしょうね」
「では……処刑人は、何のために人殺しをしているのですか?」
真面目な顔で聞いてきたシャルルに、シレーヌも真顔で返す。
「弱き者、正しき者のため、誰かがやらねばならない。そう彼らは信じているのではないかしら。もちろん、わたくしはそのような愚かな真似はしませんけど。ギロチンなど、まっぴら御免ですわ」
そう言ったシレーヌを、シャルルは無言でじっと見つめた。
少しの間を置き、口を開く。
「なるほど。あなたは、私の思った以上の人だ。あなたのような人が王妃だったなら、この国も少しは変われたのかもしれませんな。まあ、今さら遅い話ですがね」
「王妃? わたくしはそんなものには……」
言いかけたシレーヌだったが、すぐにハッとなる。
「今さら遅い、と言ったわね? どういうこと?」
「すぐにわかりますよ。一度転がり始めた雪玉は、どんどん巨大化しつつ進んでいきます。いったん勢いがついてしまえば、もはや誰にも止められない。あとは、行き着くところまで行き着くのみです」
「どういうこと? 力ずくでも吐かせて……」
言いかけた時、シレーヌの顔が歪む。
今、たまたま物置小屋から出てきたセーラと、目が合ってしまったのだ。シレーヌを見るなり、おや? という表情で立ち止まる。
だが次の瞬間、シレーヌの会話の相手が得体の知れない輩であることに気づいた。顔をしかめ、後ずさる。
直後、向きを変え走っていった。
「私のせいで、あの子に怖い思いをさせてしまったようですね。では、退散するとしますか」
そう言うと、シャルルも動き出した。シレーヌが止める間もなく、身軽な動きでさっと塀に飛びつき、よじ登る。
あっという間に、姿を消してしまった。同時に、隠れていたジャックが姿を現す。
「あいつ、本当にわけわからない奴だっチャ。今度会ったら、殺していいのん?」
「やめなさい。殺す時は、わたくしが命じます」
言いながら、シレーヌは拳を握りしめた。
「あの男は、何かを知っているようですね。いずれは、吐かせてやります。殺すのは、その後でも遅くありませんわ」
◆◆◆
その頃、インジャン・ジョーは人気のない路地裏にいた。憲兵のモンドと声をひそめて立ち話をしている。
「間違いなく、瓦版屋のハーパーだったんだな?」
念を押すジョーに、モンドは渋い表情で答える。
「そうだよ。綺麗に首チョンパされてやがった。しかも、死体は漁られてやがったんだよ。財布はもちろん、着ているものまで奪われてやがった」
「はあ? 無茶苦茶だな」
「そうなんだよ。家に帰る途中で誰かに襲われ、首を切られた挙句に身ぐるみ剥がされる。この手口はひどいぜ」
「なあ、そいつはおかしくないか? 強盗なら、ぶん殴って金を取ればおしまいだ。わざわざ首を切り落とし、その上で金を取る……意味がわからねえよ。やり過ぎにも程がある」
言われたモンドは、口を閉じ周りを見回した。誰もいないことを確認すると、小声で喋りだす。
「実はな、上から言われたんだよ。この件は、行きずりの強盗の仕業で片付けろってな。つまりは、この件を詳しく調べられたらマズい奴がいる。そいつは、かなり偉い人だ……ここまで言えば、だいたいのことはわかるだろ?」
その言葉に、ジョーは頷いた。
「ああ。ハーパーの奴、レオン男爵のスキャンダルを面白おかしく瓦版に書いてたみたいだ。まあ、それはいいんだけどよ、あいつ革命だとか何とか言っててよ、ついにおかしくなったのかと思ったぜ」
「革命だあ?」
「そう、革命なんて言ってやがってよ。目なんか完全にイッちまってたぜ。レオン男爵のスキャンダルより、むしろそっちで殺られたのかもしれねえな」
「革命となるとなあ……俺も、何も言えねえよ。いずれにしても、この件はもう俺の手を離れた。後は、お前ら処刑人の出番だ」




