問答無用(4)
「シ、シレーヌさん!? あなたは今日、お休みのはずでは!?」
思わず叫んだ女教師だったが、シレーヌは平然とした表情である。
「そのつもりでしたが、気が変わりました。何か文句でもあるのですか?」
聞き返すと、女教師は何も言えずに下を向く。シレーヌは鼻で笑い、ズカズカと進んでいった。格好は、いつもと同じ黒いコートとズボンに白いシャツである。貴族や大商人の子女しかいないミンチン学園では、この格好は誰が見ても異様である。
皆が道を空ける中、シレーヌは廊下を歩いていった。と、そこに現れたのはミンチン学園長だ。
「す、すみません。シレーヌさん、ちょっとこちらに……」
平身低頭、という言葉をそのまま体現したような態度である。
すると、シレーヌはミンチンの腕をつかんだ。そのまま、無言で引きずっていく。
「ちょっとシレーヌさん! 何をなさいますの!」
叫んだミンチンだったが、シレーヌは止まらなかった。女性とは思えぬ腕力で、ミンチンを人気のない場所へと引きずっていった。
シレーヌは顔を近づけ、そっと囁く。
「ミンチン先生、大丈夫ですわ。実は、グラーヴェル伯爵にプレゼントがありますの。きっと喜んでくださいますわ」
「プ、プレゼントぉ!? それは何ですか!?」
ミンチンは、突拍子もない勢いで尋ねた。何せ、このシレーヌは何をするかわからない。屋敷の庭で捕まえた蛇をブンブン振り回しながら登校したこともあるのだ。
ひょっとしたら、グラーヴェル伯爵にとんでもないものを渡しかねない。
「それはですね……とっても可愛い美少年ですわ。わたくしが、貧民街で見つけてきましたの。見た瞬間、衝撃を受けましたわ。汚らしい石ころの中に、光り輝く宝石を発見した気分になりましたの。その時、ピーンときたのです。この子、グラーヴェル伯爵へのプレゼントに相応しい……とね」
そう言って、シレーヌはニッコリ微笑んだ。すると、ミンチンの表情もパッと明るくなる。
「そ、それは何より! ただ、わたくしにもその少年を一目見せていただけませんか!?」
興奮した様子のミンチンを見て、シレーヌはこの場で殴り倒したい衝動を感じた。この中年女が、若い男にのぼせ上がる癖があることをシレーヌは知っている。
だが、そんな態度はおくびにも出さない。
「おや、ミンチン先生はわたくしの言うことを疑っているのですか?」
「いえいえ! わたくしはあなたのことを疑っているわけではありませんのよ。ただ、一応はこの目で見ておきたいと……」
口ごもるミンチンだったが、そこに乱入してきた者がいる。女教師のアメリアだ。
「学園長先生、大変です! グラーヴェル伯爵がいらして……」
途端に、ミンチンの表情が変わる。
「そんな! なぜ、こんなに早く来たの!」
慌てふためくミンチンだったが、驚くのはまだ早かった。
「しかも、庭の物置小屋にセーラと一緒に入っていったそうです!」
聞いた瞬間、シレーヌは舌打ちした。あの変態伯爵は、よりによってセーラに目をつけたらしい。
直後、シレーヌは走り出した──
◆◆◆
「あの、私はここで何をすればいいのでしょうか?」
怯えた表情で尋ねたセーラに、グラーヴェル伯爵はニッコリ微笑む。
「君は、実に惜しい。類まれなる美しさを持ちながら、こんな場所に埋もれている。磨けば、その美しさはさらなる高みに到達するだろう。私なら、君を女神へと変えられる」
「は、はい?」
訳がわからず聞き返したセーラだったが、伯爵は構わず手を伸ばした。ガマガエルを力ずくで人間に変えたような顔が、セーラに迫る──
「な、何をなさるのですか! お戯れはおよしください!」
叫んだセーラだったが、伯爵は容赦しない。大きな手が、セーラの肩をつかみ抱き寄せる。
セーラは必死で抵抗したが、伯爵は体が大きく腕力も強い。十五歳の少女であるセーラが敵うはずもなかった。抵抗も虚しく、抱きしめられてしまう。
その時、外から争うような声が聞こえてきた。どうやら、見張らせていた従者たちと誰かが揉めているらしい。
「誰だお前! ここは立ち入り禁止だ!」
「おだまりなさい! わたくしを誰だと思っているの! このシレーヌ・ロランを敵に回すつもりかしら!?」
途端に、伯爵の表情が歪む。
シレーヌ・ロラン……貴族たちの間で、その名を知らぬ者などいない。王妃の腹違いの妹であることを盾に、あちこちで好き放題しているという噂だ。王都ベルサーユでも、最悪の問題児であるとも聞いていた。
そのシレーヌが、ここに何をしにきたのだ? と思った瞬間、物置小屋の扉が開く。
直後、声が聞こえてきた──
「あーら、伯爵様ったら、ここにいらしたのですか! 探しましたわ!」
◆◆◆
物置小屋に入ったシレーヌは、何が行われていたか一目で把握していた。
伯爵とセーラとの間には距離がある。しかも、シレーヌが入った瞬間にパッと離れた気配があった。思った通り、この変態伯爵はセーラに手を出していたのだ。言い返すことも、やり返すこともできない非力な少女に汚らしい手で触れ、毒牙にかけようとしていた……。
シレーヌは、思わず拳を握りしめる。できることなら、この場でグラーヴェル伯爵を殴り倒してやりたかった。
だが、シレーヌはぐっと堪える。自分は闇の処刑人なのだ。処刑人は、処刑人らしく動く。
まずは、この変態伯爵に罠を仕掛ける。
「はじめまして、わたくし、シレーヌ・ロランです。以前より、グラーヴェル伯爵のお噂は聞いておりました。是非とも、お近づきになりたいと思っておりましたの」
「は、はて? どういうことかな?」
予想外の言葉に、伯爵はうろたえていた。まあ、それも当然であろう。王都きっての問題児に「お近づきになりたい」などと言われても困る。
すると、シレーヌはセーラを睨みつけた。その口からは、伯爵の想像もしていなかった言葉が出る。
「伯爵様、こんなみすぼらしい小娘より、もっと相応しい相手を用意しています。ジャック、こっちに来なさい」
その声と同時に、入ってきたのはジャックだ。
すると、伯爵の表情が凍りついた。体が、ワナワナと震え出している。
「お、おおお……これは素晴らしい。まさに、私の理想のアドニスだ。まさか、ここで出会えようとは思わなかった」
言ったきり、伯爵は固まってしまった。一方、シレーヌはセーラに向かい口を開く。
「セーラ、あなたはアドニスの名も知らないでしょう。美の女神アフロディーテの寵愛を受けし少年よ。あなたのような卑しい女など、比較にもならないわ。さあ、ここから立ち去りなさい」
しかし、 セーラに立ち去る気配はなかった。それどころか、彼女もジャックを見て体を震わせていたのだ。
そう、彼女は覚えていた。この美少年に助けられたことを──
「どういうことです? この方が、伯爵の相手とはどういう意味ですか?」
セーラは、声を震わせながら聞いてきたのだ。その瞳には、反抗の色がある。
シレーヌは、胸に熱いものが込み上げて来るのを感じていた。セーラは怒っているのだ。己の代わりに理不尽な目に遭わされようとしている少年を目にして、今まで眠っていた正義感が目覚めてしまったらしい。
だが、計画のためには彼女の意思を砕かねばならない。シレーヌは、セーラの襟首をつかんだ。
「おだまりなさい。あなたのようなゴミクズは、伯爵様に相応しくない。文句があるなら、目玉に指を突っ込んで脳をほじくり出しますわよ」
低い声で凄んだ途端、セーラの目から怒りが消える。代わりに、恐怖が浮かんでいた。
さらに、ジャックが畳みかける。彼は、そっと伯爵の手を握った。
「僕、両親に捨てられたんです。だから、伯爵様みたいな大人の男の人が好きなんですよ……お父様、って呼んでいいですか?」
頬を赤らめ、はにかみながら聞いたジャック。その言葉で、伯爵は完全に落ちた。
「構わないよ。これからは、私が君のお父さんになってあげよう。今から、私の屋敷に行こう」
「本当!? 僕、嬉しいです!」
ふたりは抱き合い、そのまま小屋を出ていってしまった。
シレーヌも後を追いかけようとしたが、そっと振り返った。
小屋の床で、セーラは泣き崩れていた。悲しいのではない。怖いわけでもない。彼女は悔しいのだろう。
己の正義を貫くことができなかった自分自身の情けなさが、悔しくて仕方ない──
しかし、シレーヌは声をかけることなく、その場を去っていった。セーラに構っている時ではない。いよいよ処刑人としての腕の見せどころだ。




