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処刑令嬢シレーヌ・ロラン  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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やがて愛の日が

「君は何をしに来たのですか?」


 尋ねたモリアーティに、ハックはうつむきながらも答える。


「そ、掃除しに来たんだよ」




 モモタロウらを始末した翌日の朝、ロラン家の屋敷を訪れた者がいた。孤児のハックだ。モモタロウたちの襲撃を受けた時、偶然にも屋敷の掃除をしていたため、ひとりだけ生き延びてしまった少年である。

 そのハックが、朝早く屋敷にやって来たのだ。しかも、掃除をしに来たという。


「掃除? はて、君にそんなことを頼んだ覚えはないのですがね」


「俺は、シレーヌと約束したんだ。この屋敷の周りを、ずっと掃除するって……だから、約束は守る! これから先、毎日掃除する!」


 ハックに引く気配はない。不退転の決意も露わに、モリアーティの前に立っている。

 さすがのモリアーティも、はぁと溜息を吐いた。


「確かに、お嬢様から聞いております。階段で倒れて怪我をした少年を助ける代わりに、あなたに掃除をさせるよう約束をした……と。しかし、その少年はこの世を去ってしまった。となれば、その契約は無効になったと解釈すべきではないのですかな?」


 冷静な口調で諭すモリアーティだが、それでもハックは退かなかった。


「そんなの関係ねえよ! 俺は約束した! 約束した以上はやる! さっさと箒をよこせ!」


「そうですか。では、勝手になさい。ただし、給金は出ませんよ。タダ働きですが、それでも良いのですね?」


「当たり前だ! 金が欲しくてやるんじゃない! 約束だからやるんだ!」


 そんなふたりのやり取りを、窓からそっと見ているのはシレーヌとジャックだ。


「朝から騒々しいから、何事かと思えば……あの子は、恐ろしく頭が悪いようですね。何の得にもならないのに」


 ボソッと呟いたシレーヌを見て、ジャックは首を傾げる。


「うーん、ひょっとしたら、あいつはお嬢様のことを好きになったのかもしれないのんな」


「バカを言う暇があったら、朝食の支度をなさい。それと……あの子の分も、別に作っておくようボルトに言っておいて」


 途端に、ジャックはニヤニヤ笑い出した。


「んもう、お嬢様のいけずぅ。素直じゃないのんな。でも、そういうところが好きだっチャ」


「おかしなことを言うと、次の仕事に加えてあげないわよ」




 朝食を食べ終えると、シレーヌは支度をして屋敷を出た。傍らにはジャックもいる。

 庭を歩いていると、ハックがボルトと一緒にトーストを食べていた。この少年は、ボルトの恐ろしい顔にも怯まない。

 ひょっとしたら、死んだカークスに似ているため、親しみを感じているのだろうか。


「ボルトは、ハックのことが気に入ったみたいなのん」


 ジャックの言葉に、シレーヌはクスリと笑った。


「なんとも奇妙なコンビだこと。まあ、わたくしには関係ないことですわ。屋敷の中をうろつかせない限りはね」


「ほーんと、素直じゃないのんな。ま、そこもお嬢様の魅力だっチャ。ほれ、はんはんはーん、はんはんはーん」


「その脳が溶けそうな鼻歌、なんとかならないのかしら」




 学園に到着すると、シレーヌは廊下をズンズン進んでいく。当然ながら、彼女の進路を塞ごうなどという命知らずはいない。皆、シレーヌの姿を見るや、パッと端に避けている。

 そのまま教室に入ろうとしたシレーヌだったが、彼女の視界におかしなものが入った。すぐさま向きを変え、早足で歩きだす。

 校舎裏に行くと、さりげない仕草で塀に背中をつけた。そのまま口を開く。


「モンド、どうかしたの?」


「いやね、大した用事じゃないんだよ。ただ、さっきあんたの屋敷に行こうとしたら、妙な小僧がいたもんでな。だから、ここに来たんだよ」


「妙な小僧? ああ、ハックのことね。で、用事は何?」


「あのシャイロックなんだがな、ちょいとおかしいんだよ。どう見ても、英雄を手下に使えるような大物じゃない」


「それは、モリアーティからも聞いたわ。モモタロウが、自分から手下になりに来たと」


「シャイロックは金は持ってるが、大物ではない。悪党としても三流以下だ。孤児たちのいた施設も、嫌がらせして自ら出ていくよう仕向ける……それがシャイロックのやり方だ。だが、今回は荒すぎる。どうにもモヤモヤするものを感じるんだ」


 その言葉に、シレーヌの表情が変わった。


「どういうことです?」


「言葉の通りだよ。現場を見た感じじゃ、モモタロウはどうしようもないバカで殺人狂のようだった。そんなあいつがいきなり首を突っ込んできて、死体の山が築かれた。そして、処刑人が動いた。偶然にしては、ちょっとできすぎじゃねえかな」


「もし、その一連の流れが偶然でないとしたら……子供たちは、何らかの企みの犠牲にされたということになるわね」


 呟くように言ったシレーヌだが、その拳は固く握りしめられていた。

 その時、頭に浮かんだのはシャルルだ。彼こそが、標的が誰かを教えてくれたのだ。

 シャルルは根っからの悪人とは思えないし、悪の黒幕という雰囲気でもない。かつて、ジャックはこんなことを言っていた。


(クソ真面目な奴って、悩んだ挙げ句にとんでもないことやらかすのがいるのんな。あいつも、そのタイプだと思うのん)


 ジャックは能天気な少年だが、勘は鋭いし鼻は利く。この見立ても、合っている気がする。

 いずれにせよ、シャルルがこの件に関し何かを知っているのも確かだ。彼には、彼なりの目的があって動いている。


「モンド、あなたに頼みがあります」


「えっ、何だよ?」


「シャルルという男について、何か聞いたことはありますか? 黒いマントを着て、黒いメガネのようなものをかけた男です。年齢は二十代、中肉中背ですね」


「シャルル……いや、聞いたことはないな。今回の件に絡んでいるのか?」


「おそらくは。あなたも、それとなく調べてみてください」


 その時、校舎裏に入ってきた者がいた。キョロキョロと辺りを窺いつつ、足音を立てないよう歩いている。

 シレーヌは、さっと木陰に隠れた。あの様子からして、何やら悪さをする気らしい。では、その悪さを見届けよう。

 入ってきた者は、誰もいないことを確かめると、さっと走り出した。向かっている先は、物置き小屋のようだ。

 シレーヌは、いきなり姿を現した。


「セーラ、何をやっているのかしら?」


 尋ねたところ、セーラはビクンと反応し立ち止まる。心なしか、腹の辺りが微かに膨らんでいるように見えた。


「は、はひ! な、何もやっていません!」


 答えた直後、みー、という音が聞こえた。セーラの腹からだ。

 シレーヌは、クスリと笑った。対照的に、セーラの顔は真っ青になっている。


「あら、あなたのお腹はずいぶんと変わった音が出るのねえ」


 からかうように言ったが、セーラは何も言えず固まっている。

 シレーヌは視線を逸らした。


「まあ、あなたのお腹がミーと鳴こうがニャーと鳴こうが、わたくしの知ったことではありません。ただ、ミンチン先生の不快な声が響き渡らないよう気を配ってくださいね。わたくし、あの声を聞いていると神経が逆撫でされますの。思わず、先生の口に片足突っ込んで、肋骨を全て踏み折りたくなるくらいにね」


 そう言うと、シレーヌはその場を離れていった。すると、ジャックが現れる。ニヤニヤしながら、声をかけてきた。


「もう、お嬢様は相変わらず素直じゃないのん。まあ、猫! わたくしも猫は大好きなのよ! なんて言いながら、一緒に猫を愛でてあげればいいっチャ」


「冗談じゃないわ。わたくし、そこまで物好きではありません」


 そんなことを言いつつも、シレーヌはちらりと振り返る。

 セーラは、物置き小屋の中に入っていった。あの中で、拾った子猫を飼うつもりなのだろう。

 そこで、シレーヌはハックのことを思い出した。あの少年は孤児だ。それでも、以前は家族らしき者がいた。しかし、モモタロウという名の災厄に襲われ、全てを失ってしまった。

 セーラもまた、つい半年くらい前までは家族がいた。この学園に、生徒として入学してきたのだ。しかし、海賊という名の災厄に襲われ、全てを失ってしまった。


 どちらも、今は不幸のどん底かもしれない。だが、いつかは愛に救われる日が来てほしい──







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