孤児無用(9)
「どうしたのだ! 先ほどから、逃げ回っているだけではないか!」
既に勝ちを確信したような表情で叫びながら、刀を振るうモモタロウ。その圧力は凄まじい。顔を掠めるたび、風圧で髪がなびいてしまう。まともにくらえば、一瞬で頭蓋骨が両断されてしまう。下手にレイピアで受け止めようにも、刀ごと切り裂かれてしまうだろう。
なまじの防御テクニックなど、この剣撃の前には何の意味も持たない。さすがは召喚されし英雄だ。並の兵士が十人たばになろうと、あっという間に切り捨てられてしまうだろう。
もっとも、シレーヌとて闇雲に逃げ回っていたわけではない。この男の致命的な欠陥、もう少しでそこを突ける。彼女は紙一重の間合いで刀を躱しながら、頭の中で冷静に計算していた。
もう少し。
あと、ほんの数センチ。
やがて、シレーヌは小さな部屋に追い詰められた。ここが行き止まりのようだ。
一見すると、絶体絶命の危機。だが、シレーヌの顔には笑みが浮かんでいる──
「どうしたぁ! もう逃げ道はないぞ! 我が正義の太刀、とくと味わうがよい!」
勝ち誇った表情で、モモタロウは刀を振り上げる。この間合いなら、あとは一刀両断であろう。
だが、その瞬間に切っ先が天井に刺さったのだ。破片が、ボロボロとこぼれ落ちる。
そう、この部屋は天井が低い──
「何ぃ!?」
モモタロウは、思わず天井を見上げた。途端に、己の刀で傷つけた破片が目に入り顔をしかめる。
この瞬間こそ、シレーヌの待っていたものだった。彼女は、瞬時に間合いを詰める。がら空きになった喉めがけ、レイピアを突き立てた。
モモタロウの口から、声にならぬ悲鳴があがった。だが、シレーヌは容赦しない。一気にレイピアを動かし喉を切り裂き、首を落とす──
モモタロウの首は、血を撒き散らしながら転がっていく。数秒後、彼の体は消えていた。冥界へと戻っていったのだ。
「あなた、剣技は一流だったかもしれない。ただし、頭の出来は三流以下ね。生まれ変わることがあったら、剣を振り回すスペースを計算することね」
そう言い放ち、シレーヌは外に向かった。
一方、外ではとんでもないことが起きていた。
我が物顔で、空を飛び回っていた鳥人間。しかし、そこにロープが放たれた。ロープは、鳥人間の首に引っかかる。
そのロープをつかんでいるのは、インジャン・ジョーである。輪のついた縄を投げて鳥人間の首に引っ掛けたのだ。
そのまま、強い腕力で一気に引き寄せる──
完全に不意を突かれた鳥人間は、抵抗すらできず地上に叩きつけられた。
そこに現れたのはジャックだ。矢のごとき速さで飛び出し、倒れている鳥人間の急所にナイフを突き刺す。
一撃で、鳥人間は動かなくなった。
この奇襲に、残りの二匹の目線はそちらを向く。だが、それこそボルトの思うつぼであった。
巨体に似合わぬスピードで、瞬時に間合いを詰める。手を伸ばし、巨猿の首をつかむ。
一気にへし折り、次いで狼男を睨みつけた。その姿は、まさに鬼である。
不利と見た狼男は、起き上がり走り出そうとした。だが、その判断は遅すぎた。背後から、ジョーのトマホークが放たれる。
一瞬のうちに、狼男の首は切り落とされていた。
「片付いたようね」
建物から出てきたシレーヌの言葉に、ジョーは頷いた。
「ああ。面倒な奴らだったが、頭ん中が空っぽだったのが助かったぜ」
その言葉に、シレーヌはクスリと笑った。
「それはモモタロウも同じこと。類は友を呼ぶ、よく言ったものね」
◆◆◆
その頃、シャイロックはロラン家の屋敷にいた。モリアーティの招待により招かれたのである。中にある骨董品を見て欲しい、という要望のようだ。
無論、シャイロックには屋敷に招待される覚えなどない。目利きの腕もない。まともな人間なら、警戒していたかもしれなかった。
しかし、この男は欲の皮が厚い。王妃の妹とお近づきになれるチャンス……くらいに考え、のこのこ屋敷まで現れたのである。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
出迎えたのはモリアーティである。彼が全ての段取りを組んだのだ。
シャイロックは、愛想笑いを浮かべ頭を下げた。
「これはこれは、ご丁寧に……ところで、シレーヌ様はどちらに?」
「奥にてお待ちです。ささ、どうぞ」
言いながら、モリアーティは促した。
シャイロックは、何の疑いもなく奥へと進んでいく。だが、そこで首に何かが巻き付いてきた。後ろから突然に巻き付き、容赦なく絞めあげる。
シャイロックは必死でもがいたが、巻き付いたものは外れない。意識は薄れていき、やがて闇へと落ちていく。
「デヘヘ、いい気分だなぁ。こんなの初めてだぁ……ああん? 誰だお前?」
地下室にて、呂律の回らない舌でモリアーティに絡んでいるのはシャイロックである。椅子に座らされ、両手両足はロープで完璧に拘束されている。にもかかわらず、ご機嫌な様子だ。
理由は、モリアーティに自白剤を飲まされたからである。
「私の名はモリアーティです。今から、ひとつ質問をします。何でも答えていただけますね?」
「おう! もちろんだよモリちゃん! 何でも聞いてくれ!」
そう言うと、シャイロックは笑い出した。楽しくて楽しくて仕方ないらしい。
「では質問です。あなたは男性ですね?」
「はあ? 当たり前だバカ野郎!」
「あなたはお金持ちですね?」
「当然だぁ! 金持ってんぞ!」
「なるほど。では本題に入りましょう。あなたの手下に、モモタロウという男がいますね?」
「おう、モモタロウか! いるぞ!」
「モモタロウですが、どのような経緯であなたの手下になったのですか?」
「くだらねえこと聞くなよ! あいつの方から、子分にしてくれって頼んできたんだよ!」
その答えに、モリアーティの表情が変わる。
「もう一度聞きます。モモタロウの方から、手下にしてくれと言ってきたのですね? 間違いないですね?」
「しつけえなあ! 間違いねえよ! 俺が事務所にいたら、あいつがいきなりやってきたんだ! 鬼退治をしてやる、なんて言いやがってよ! でも、腕は大したもんだ!」
言った後、シャイロックはゲラゲラ笑った。だが、モリアーティの表情は険しくなっている。
「ふむ、わかりませんな。なぜ、あなたの元に召喚されし英雄が現れたのか……」
「それだけ俺が大物になってきたということだよ、モリちゃん!」
「つまり、あなたは何者かに利用されただけの小悪党ということですね。では、大物になった夢と共に安らかに眠ってください」
そう言って、モリアーティは微笑んだ。しかし、その手には拳銃が握られている。
直後、銃声が轟いた──
◆◆◆
その頃、王宮の地下室には奇妙な者たちが集まっていた。
「モモちゃん死んじゃったねぇ。困っちゃったよぉ」
軽薄なセリフを吐いたのは、美しい顔立ちの若者だった。白い法衣のようなものを着ており、白い肌はなめらかだ。瞳は青く、男女どちらと言っても通じる中性的な顔立ちである。そして、男女どちらでも美しいという評価を受けるであろう。
しかし、口から飛び出す言葉は軽薄そのものであった。
「となるとぉ、やっぱしアレなのぉ? モモちゃん殺ったのって噂の処刑人?」
「そうです。間違いありません」
答えたのはシャルルである。黒マント姿は変わっていないが、青年の前ではかしこまった態度である。
「てことはぁ、その処刑人ってのは俺らの敵になっちゃうわけぇ?」
青年が両手を広げつつ尋ねたところ、シャルルは首を傾げる。
「どうでしょうね。彼らに、そこまでの思想はないように思われます。処刑人は、庶民に仇なす者のみを標的にしているのではないかと」
「なら、いいんだけどねぇ。ま、とりあえずはほっとこうかぁ。でさぁ、後でフランちゃんとこ行って、次の召喚の準備しといてって言ってぇ」
「了解しました、ラスプーチン様」




