孤児無用(8)
「はい? どういうことですか?」
シャイロックは憤然とした様子で尋ねたが、モンドは苦り切った表情で答える。
「ですから、あの施設にまた新たな不法占拠者が現れたのですよ。インジャン・ジョーというごろつきです。しかも、えらく人相の悪い仲間とともに、荷物を運び込んで住み着いてしまいました」
「何を呑気なこと言ってるんですか! あなたは治安を守る憲兵ですよね! だったら、さっさと追い出してくださいよ!」
「そんなこと言われてもね、こっちも怖いんですよ。あのインジャン・ジョーはゴツいし、腰から斧なんかぶら下げてますからね。下手なこと言ってキレさせて、斧で脳天をかち割られたら終わりですからね。私も命は惜しい」
真顔でそんなことを言ったモンドに、シャイロックはプルプル震えだした。もちろん怒りのためだ。
「だったら、私はどうすればいいんですか! ゴロツキが住み着いていたんじゃ、店をオープンできないのですよ!」
「そうですなあ……でしたら、私が上役に働きかけてみましょう。そうすれば、騎士団に助力を頼むこともできます。ただ、それなりに根回しというものをする必要がありますがねえ」
「根回し?」
「そうです。わかりますよね? 金色に輝き、ジャリジャリ音が鳴るアレですよ」
そう言って、モンドはニヤリと笑った。要は、賄賂をよこせというのだ。
シャイロックは拳を握りしめた。この男、とにかくドケチである。経費削減のためなら、人のひとりやふたり死んでも構わない……それが、シャイロックの信念だ。
「いいえ、あなた方には頼みません。私が自力で追い出します」
「ほう、そうですか。それは、こちらとしてもありがたい話です」
モンドが引き上げた後、シャイロックは事務所の裏にある部屋に入って行った。
中にはモモタロウがいた。三人の手下と共に、酒を飲み料理を食べている。その食べ方は異様であった。皆、手づかみなのだ。
シャイロックは眉をひそめるが、モモタロウは彼の目など気にしていない。
「シャイロック、この菓子は美味いな。キビダンゴと同じくらい美味いぞ」
そんなことを言いながら、生クリームのついたパンケーキを口に運んでいる。
「モモタロウ、すまんが次の仕事だ」
「なんだと? どんな悪い鬼が出たのだ?」
「前に、あのデカイ鬼が住んでいた所があっただろう。あそこに、また別の鬼が住み着いたらしい。是非とも手下を引き連れ、成敗してくれんか」
「は、お安い御用だ。大船に乗ったつもりで待っていてくれ。今夜にでも片付けてやる」
その日の夜、モモタロウは手下を連れ件の建物へと向かった。
だが、建物に到着した途端に異変を察知する。最初に気づいたのは狼男であった。
「どうも妙だぞ。この匂い、人間でない者が混じっている」
「どういうことだ?」
警戒する巨猿だったが、モモタロウは涼しい顔だ。
「フッ、面白い。刀の錆にしてくれるわ」
言った時だった。建物の中から、ひとりの女が姿を現す。黒い服に身を包み、アイマスクのようなものを付け顔を隠している。腰にはレイピアを帯びていた。
「よくいらっしゃいました。わたくしが地獄への案内人ですわ」
◆◆◆
シレーヌは、恭しい態度で頭を深々と下げる。もっとも、油断してはいない。このモモタロウという男、かなりの手練だ。しかも、後ろの三人は人外ときている。
だが、負けるわけにはいかない。ハックの涙を見てしまった以上、必ず仇を討つ。
「なんだ貴様は? ここにいるインジャン何たらの仲間か?」
モモタロウは訝しげな表情だ。まさか、シレーヌのような若い女が出てくるとは思わなかったのだろう。
「そう、仲間です。あなた方をお待ちしていました。ここで殺された子供たちが、呼んでいますわよ……地獄で、あの子たちに詫びることね」
言うと同時に、シレーヌはレイピアを抜いた。だが、モモタロウはせせら笑う。
「お前、気が触れているのか? 女ひとりで、我らに勝てるとでも思っているのか?」
「いいえ、ひとりではありませんよ」
声の直後、大きな足音と共に建物から出てきたのはボルトだ。巨大な体に、傷だらけの恐ろしい顔が月の光に照らし出される。
大抵の者なら怯んでしまう外見だが、モモタロウはクスリと笑う。
「何と醜い顔なのか。醜い鬼を退治するのが、我が運命!」
そう言うと、腰の剣を抜いた。
「さあ、我が正義の太刀で黄泉の国に送ってくれるぞ」
「正義ですって? あなた、御自分が正義だと思ってらっしゃるのですか?」
シレーヌが大袈裟な表情で問うと、モモタロウは自信に満ちた態度で答える。
「当然だろう。貴様らは不法占拠者だ。法に触れる者を退治する我々は、どう見ても正義……いざ、尋常に勝負!」
「フッ、あなたが正義ですか。ならば、わたくしは悪ですね。ですが、ひとつ教えてさしあげますわ。現実では、悪が正義を駆逐していくのですよ」
その言葉に反応し、モモタロウの後ろに控えている男たちの姿が変わり始めた。全身の体毛が濃くなり、肉体も変化していく。あっという間に、怪物の本性を現したのだ。
シレーヌは、クスリと笑う。
「はて、醜いのはどちらでしょうねえ」
彼女のセリフが引き金となり、戦いが始まった──
「うらあぁ!」
吠えながら、刀を振り下ろすモモタロウ。シレーヌはバックステップし、その太刀を躱した。
モモタロウの刃は長い。その上、踏み込みも速い。さらに腕力も尋常ではなかった。かつての英雄・ベオウルフほどではないが、かなりの使い手であることは間違いない。
「どうしたあぁ! 我が正義の太刀の前では、手も足も出んか!」
喚きながら、モモタロウはなおも刀を振るう。
この刀の切れ味も凄まじい。見た目はサーベルのような細さだが、特別な作り方をされているのか、あるいは魔法によるものか。レンガの壁に幾つもの傷を付けておきながら、刃こぼれすらしていないようなのだ。
まともに打ち合えば、レイピアごと一刀両断されてもおかしくはない。シレーヌは、ギリギリで間合いを見切り太刀を躱していた。
このままでは、確実に競り負けてしまう。だが、シレーヌは待っていた。この男には、致命的な欠陥がある。そこを突くタイミングを狙っていた。
もっとも、そのタイミングを突く前に殺られる可能性もある。どちらが出るかは、もはや運次第だ。シレーヌの運と、モモタロウの運……どちらが上かの勝負である。
ボルトの方は、シレーヌよりも辛い戦いを強いられていた。なにせ、ひとりで三人……いや、三匹を同時に相手にしているのだ。
今も、巨猿が突進してきた。恐ろしいパワーだ。雄牛が体当たりしてきたような衝撃だが、ボルトは真正面から受け止める。
そのまま引き倒そうとした時だった。今度は、狼男が攻撃してきたのだ。ボルトの足に噛みつき、ギリリと力を込める。普通の人間なら、一瞬にして足を食いちぎられていただろう。
ボルトの足は持ちこたえているが、それでもダメージは隠しきれなかった。顔をしかめたが、それでもボルトは戦い続ける。執拗に組み付こうとする巨猿の顔めがけ、頭突きを叩き込んだ。さすがの巨猿も、この打撃にはたまらず吹っ飛んでいく。
次いで、ボルトは狼男に手を伸ばした。上顎と下顎とを、両手でつかみ引き剥がす。そのまま、力を込め一気に引き裂こうとした。
だが、そこで襲いかかってきたのは鳥人間だ。上空から急降下し、鉤爪を振り回し襲いかかる。
ボルトは、咄嗟に狼男を放り投げた。太い両腕で顔面をガードし鳥人間の攻撃に備える。
だが、彼らはわかっていなかった。その瞬間を、ずっと待っていた者がいたのだ──




