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処刑令嬢シレーヌ・ロラン  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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孤児無用(7)

 翌日、シレーヌは不機嫌そうな顔で学園内を闊歩していた。

 元より、彼女に機嫌のいい日などほとんどない。しかし、今日は格別であった。ハックから聞かされた話が、未だに心の片隅に引っかかっている。

 そして、ハックの言葉も──

 

(だったら……俺の命だ! 命をやる!)


(そんなこと言ったってよ、俺には売れるものが何もないんだ! 頼む! 俺の命を買ってくれよ!)


 あんなことを言われたのは初めてだった。泣いていた少年の顔もまた、頭から離れてくれない。

 できることなら、優しい言葉をかけてあげたかった。だが、それはしてはいけない。自分は、あくまでも王妃の妹であることを鼻にかけ傍若無人な振る舞いを重ねる不良娘でなくてはならない。

 そんな自分の立場にも腹が立つ。しょせん、姉の威光がなくては何もできないのだ──


「ちょっとセーラ、わたくしに勉強を教えてくださらない?」


 不快な声が耳に入り、シレーヌはそちらに視線を移す。

 廊下の片隅で、ふたりの女生徒がセーラに絡んでいた。ジェシーとガートルードだ。どちらも貴族の娘であり、性格の悪さが振る舞いや顔立ちに表れていた。

 今日もまた、ネチネチとセーラをいたぶるつもりのようだ。


「いえ、わたくしはそんな立場では……」


 うつむくセーラだったが、ガートルードに止まる気配はない。


「またまた、そんな謙遜して……あなた、入学試験でトップの成績だったのよね。なら、わたくしに勉強を教えてくれてもいいのではなくて?」


 そんなことを言いながら、セーラに顔を近づけていく。同時に、その太い体をセーラにぶつけていった。

 セーラは、この予想もしなかった体当たりにより、よろけて倒れてしまった。すると、今度はジェシーが笑う。


「あらあら、どうなさったの? セーラさんたら、こんな所でしゃがみこんだりして? まさか、小銭でも落ちていたのかしら?」


「可哀想ねえ。奴隷になると、落ちてる小銭を拾わなくては生活できないのね」


 そんなことを言うふたりに、セーラは悔しそうに唇を噛み締める。

 以前なら、ここで泣き出していたかもしれない。だが、セーラは立ち上がり頭を下げる。


「わたくし、仕事があるので失礼します」


 そう言うと、そそくさと去っていこうとする。しかし、ガートルードが彼女の腕をつかんだ。


「ちょっと待ってよ。ねえ、勉強はどうしたの? わたくしたちに、教えてくれないの?」


 ネチネチといたぶっていく。この少女の意図は明らかだった。セーラが習っていない部分の質問をして、答えられない姿を見て笑うつもりなのだ。

 シレーヌは、ツカツカと近づいていきガートルードの肩を叩いた。


「ガートルードさん、勉強でしたら、こんなのはどうかしら? 体育なら得意ですわ。これは、執事に習ったボクシングという武術よ」


 そう言うと、シレーヌは両拳をあげ構える。

 次の瞬間、左の拳が放たれた。ビュンという音とともに、拳はガートルードの顔面へと飛んでいく──


「これは左ジャブ。これで相手の出足を止めたり、距離を計るの。牽制の意味合いが強いけど、鼻に当たれば鼻骨骨折、口に当たれば前歯をへし折れるわ」


 語っているシレーヌの拳は、ガートルードの鼻先スレスレで止まっていた。ガートルードはというと、真っ青な顔で立ち尽くしている。

 だが、それだけでは終わらなかった。次いで、右の拳が放たれる。もちろん、右拳も顔面スレスレで止められていた。


「これは右ストレート。全身の力を、この右拳に乗せ放つ一撃必倒の攻撃よ。顎に入れば、相手に脳震盪を起こさせることが可能。どう、あなたもわたくしと打ち合ってみない?」


 そんなことを言ったが、ガートルードは聞いていなかった。真っ青な顔で、ヘナヘナと崩れ落ちる。


「あらあら、もう終わり? 次は、カラテという武術を教えてさしあげますわ」


 言いながら、今度はジェシーを睨みつける。しかし、ジェシーはすぐさま目を逸らした。何か用事でも思い出したかのようなリアクションと共に、その場を離れていく。

 これで、少しは気が晴れた。シレーヌは、再び歩き出す。だが、そこで窓から顔を出した者がいる。ジャックだ。


「お嬢様、変な奴が来てるのん」


「変な奴? もしかしてモンド?」


「違うっチャ。あのシャルルとかいう変態っぽい奴なのん」


「ああ、あの黒マントの男ね。なんで変態なの?」


「だって、あいつのマントの下は裸かもしれないのん」


「バカなこと言わないで、さっさと案内しなさい」




 シレーヌとジャックは、校庭の隅にやって来た。すると、シャルルが木陰から姿を現す。真っ昼間だというのに、黒メガネに黒マント姿だ。


「相変わらず暑苦しい格好ねえ。で、いったい何の用かしら?」


 尋ねたシレーヌに、シャルルは笑みを浮かべる。


「今日は面白い情報を持ってきたのですよ。一昨日の晩、とある施設に住み着いていた子供たちが殺されましたが……その犯人、知りたくないですか?」


「まさか、あなたが犯人だとでも言うつもり?」


 鋭い表情で聞き返したシレーヌに、シャルルは笑顔で否定した。


「いえいえ、私にあのようなことはできません。あの犯人は……商人のシャイロックと、その部下のモモタロウという男です」


「それは本当?」


「まあ、調べてみてください。孤児たちがいた施設の権利は、シャイロックが買い取っていたのですよ。彼は、あそこを酒場にする予定でした。ところが、子供たちが居座っていたために計画が遅れていたのです。そのためモモタロウが行って、子供たちを皆殺しにしてしまった……というわけです」


「なるほどね。で、もうひとつ教えてくれるかしら。わたくしに情報を流す理由は? 見返りもなしに、情報をくれるというの?」


「それはですね、私があなたたちのファンだからですよ。あなたたちには、もっと活躍していただきたい……陰ながら、そう願っております。では、失礼」


 そう言うと、シャルルは背を向け去って行った。直後、ジャックは首を捻りつつ口を開く。


「お嬢様、あいつ信用していいのん?」


「まずは、確かめてみないとね。ジャック、屋敷に行ってモリアーティに伝えてきて」


「合点なのんな」


 言った直後、ジャックはすぐさま動き出した。瞬時に塀をよじ登り、外に出ていく。一方、シレーヌは何事もなかったかのように校舎へと戻っていった。




 その夜、屋敷の地下室に全員が集合した。まず、口火を切ったのはシレーヌだ。


「で、どうなの? 調査の結果を聞かせて」


「間違いありません。シャイロックは、あの土地と施設を買い上げていました。はっきり言って、評判のよろしくない男であることは確かです」


 答えたのはモリアーティだ。さらにジョーが続く。


「俺もちょいと聞いてみたが、シャイロックの周囲に変なのがうろついてるって話だ。押しかけ用心棒みたいな感じで、いきなり現れたとか。四人組らしいぜ」


「わかりませんな……そのシャイロックとやらは、なにゆえに孤児たちを皆殺しにしたのです? そこまでする必要があったのですか?」


 ボルトの声は震えていた。彼にしては珍しく、感情が露わになっている。傷だらけの顔は、怒りで歪んでいた。

 すると、ジャックが彼の手をつつく。


「まあまあ、落ち着くのん。とにかく、犯人はシャイロックで間違いなさそうなのんな」


「となると、今回の標的はシャイロックと手下たちというわけですね。みんな、頼みましたよ」


 シレーヌが言い、皆が頷く。だが、直後にモリアーティが手を挙げた。


「ちょっと待ってください。わからないことがあります。シャイロックという男は悪徳商人であり、金になるなら何でもするでしょう。しかし、あのカークスを始末できるほどの凄腕を、金で雇うとは思えないのですよ。奴なら、まず嫌がらせをするのではないかと。皆殺しという手段に出るのは、それからでしょうね」


「つまり、どういうことです?」


 眉間に皺を寄せるシレーヌに、モリアーティは答える。


「シャイロックは、私にやらせてください。奴の口から直接聞きます。皆さんは、実行犯を仕留めてください。カークスの首を切り落とすほどの手練れが相手では、生きたまま捕らえるのは難しいでしょうからな」









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