孤児無用(6)
「なあ、何があったんだ? 言ってくれよ。お前は、ただひとりの生き残りなんだ。そのお前の証言がないと、こっちとしても調べようがないんだよ」
憲兵であるモンドの言葉にも、ハックは反応を示さなかった。虚ろな目で、じっと床を見つめている。
モンドは、フゥと溜息を吐く。
「こいつぁ困ったな。お前、犯人の顔は見たのか?」
しかし、その問いにも答えない。ハックの心から、全ての感情が消えてしまったかのようだった。
数時間前、ハックは恐ろしい光景を目の当たりにしてしまった。
シレーヌの屋敷周辺を掃除し終えた彼は、住処にしていた建物へと帰っていった。子供たちは皆、ぐっすり眠っている時間帯だ。音を立てないよう、こっそり入っていくつもりだった。
しかし、帰宅したハックがまず見たものは……首のない大男の死体だった。
その死体が誰であるかは、考えるまでもなかった。カークスに間違いない──
「み、みんなぁ!」
ハックは、叫びながら建物内に入っていく。だが、途端に膝から崩れ落ちた。
中で待っていたのは、首なし死体の山であった。全員が幼い子供である。
何者かが、ここに侵入したのだ。そして、カークスと子供たちを皆殺しにした。
「だ、誰だよ……誰がこんなことを……」
それしか言えなかった。ハックは、泣くことすらできず呆然となっていた。
訳がわからない。自分たちが、何をしたというのだ。首を切られるほどの悪いことを、したというのか。
確かに、自分たちはものを盗んだりした。だが、それは生きるためだ。生きるために盗む、それは殺されるほどの罪なのか。
虚ろな目で、ハックは何度も問うた。天にいるはずの何者かに、心の中で尋ねた。だが、答えは返って来なかった。
「おい、どうしたんだよ?」
いきなり声をかけられ、ハックは目を開けた。
いつの間にか眠っていたようだ。いや、ショックのあまり気絶した、という方が正確かもしれない。
体を起こし、周りを見てみる。死体は運び出されており、中年男の憲兵がしゃがみ込んでいた。
「俺は憲兵のモンドだ。何があったんだ? 言ってみろ」
憲兵に言われたが、ハックは首を横に振った。何が起きたか、自分でもわかっていないのだ。
「そうか。とりあえず、ここから立ち退いてもらうぞ。お前らは、不法占拠をしてたわけだからな。さあ、ついて来い」
そう言うと、モンドはハックを立ち上がらせた。強引に手を引いて、詰め所まで連れていく。
ハックは、おとなしく従っていた。子供たちを殺されたショックにより、考えることも動くことも困難な状態だったのだ。
その後、事情聴取が始まった。しかし、ハックは何も言わなかった。いや、言うことができなかったのだ。
誰が、何のためにこんなことをしたのか……それは、ハック自身が知りたかった。心当たりなど、あるはずもない。
少なくとも、ここまでひどい仕打ちを受けるような真似をした覚えはなかった。
昼過ぎ、ハックは詰め所を出ていった。憲兵らが入れ替わり立ち替わり話を聞こうとしたが、虚ろな目で何も語ろうとしない。さすがの憲兵らも、さじを投げるよりほかなかった。
出口のところで、モンドがそっと囁く。
「この都には、闇の処刑人という連中がいるらしい。法で裁けぬ悪党を始末してくれる怖い男たちだ。もしかしたら、シレーヌ様なら処刑人と連絡が取れるかもしれねえぞ。覚えておくんだ」
しかし、ハックは何も答えなかった。
街の中を、当てもなく歩いていった。自分がどこにいるのか、どこを目指しているのか、それすらわかっていなかった。
その時、突然声が聞こえてきた。幼い子供の声だ。
「お兄ちゃん、待ってよ!」
舌足らずな口調で叫びながら、必死の形相で走っていくのは五歳くらいの少年だった。前を走っているのは兄だろうか。
ふと、孤児たちの顔を思い出した。幼い子供たち。皆、笑いながら走っていた。『希望の家』に来る前は、大声で歌ったこともあった。
今は、それができなくなってしまった。
ハックの目から、涙がこぼれ落ちる。と同時に、体の奥底から湧いてきた感情──
「クソがあぁぁ!」
空に向かって吠えた直後、ハックは走り出した。目指す場所はひとつしかない。
あの女に頼んで、仇を討ってもらうのだ。記憶の中にある屋敷を目指し、ハックは全速力で走っていった。
しかし、ハックを待っていたのは非情な言葉だった。
「わたくしは、闇の処刑人など知りません。仮に知っていたとしても、わたくしにどうしろと? 人にものを頼むには、報酬が必要です。あなたに、それが払えるのかしら?」
屋敷を訪ねたハックに向かい、シレーヌは冷酷な言葉を投げつける。
「お、俺は何でもします! 働けというなら働きます! ですから、お願いします!」
必死の形相で懇願するハックだったが、シレーヌは鼻で笑った。
「はい? 働く? あなたにいったい何ができるのかしら? あなたの働きでは、わたくしの食べるお菓子のひとかけ分すら買えないでしょうねえ」
「だったら……俺の命だ! 命をやる!」
そんなことを叫んだハックを、シレーヌは睨みつけた。
「はあ? お前は、自分が何を言っているのかわかっているの?」
「そんなこと言ったってよ、俺には売れるものが何もないんだ! 頼む! 俺の命を買ってくれよ!」
叫んだ後、土下座し額を床に擦り付けるハック。だが、シレーヌは冷ややかな目で見下ろしている。少しの間を置き、不意にしゃがみ込むと手を伸ばした。
ハックの髪をつかみ、一気に立ち上がらせる──
「いい加減にしなさい。お前の汚い髪で、床を汚していることに気づかないの? お前の命など、金貨一枚にも値しないわ。さっさと帰りなさい」
そう言うと、腕力に任せ強引にハックを引きずっていったのだ。その力は強く、ハックは抵抗すらできずされるがままになっている。
シレーヌはドアを開け、ハックを放り出した。
「さっさと消えなさい」
冷たく言い放ち、ドアを閉める。
ハックは、呆然となりながらドアを見つめていた。だが、その目から涙が溢れる。
彼は悔しかった。愛する仲間たちが、理由もわからぬまま無残に殺されてしまった。にもかかわらず、自分には何もできない。
俺は、こんなにも無力だったのか……。
無力であることを、これほどまでに呪ったことはない。ハックは、その場で声を押し殺し泣いた。
と、そこでドアが開く。顔を出したのはボルトだった。傷だらけの醜い顔に、二メートルを超す巨体が目の前にぬっと現れる。
ハックの涙は、たちまち引っ込んでしまった。表情は凍りつき、口を開けたまま大男を見上げている。文字通り、泣く子も黙るという状態だ。
一方、ボルトはしゃがみ込んだ。彼の鼻先に、何かを突き出す。
それは、焼いたトーストだった。バターとリンゴジャムが塗られており、いい香りがしている。
途端に、ハックの腹が鳴った。ボルトは、クスリと笑う。
「さあ、食べなさい」
ボルトの声は、顔からは想像もできぬほど優しいものだった。その声に押されるかのように、ハックは手を伸ばした。
次の瞬間、猛烈な勢いでパンを食べ始める。
その様子を、窓から見ているのはシレーヌとジャックだ。
「お嬢様も、素直じゃないのんな」
からかうように言ったジャックだったが、シレーヌはプイと横を向く。
「余計なことは言わなくていいです。それよりも、孤児たちを殺した者が誰か調べましょう」
「お? それじゃあ、殺るのんな? 刺せるのんな?」
「当然です。わたくしの知人の命を奪ったことを、地獄で後悔させてあげましょう」




