孤児無用(4)
シレーヌは、大男に向かい真っ直ぐ歩いていく。倒れているチンピラを面倒くさそうに跨いでいき、カークスの前で立ち止まった。
一方、カークスは何とも言えない表情で目を逸らす。自分より若く小さな女を相手に、大男の彼が怯んでいた。
そこで、ハックが横から口を挟む。
「な、何の用だよ? 掃除の件なら、明日からやってやる」
「お前などに用はありません。わたくしは、この男と話があるのです」
冷ややかな表情で答えると、シレーヌは再びカークスを睨みつける。
「カークス、ちょっとそこで話をしましょう」
だが、カークスは首を横に振る。
「駄目だ。俺がここにいないと、子供たちがどうなるかわからない。また、こいつらみたいなのが来るかもしれない」
そう言うと、地面に転がっているチンピラを指さした。
シレーヌは、面倒くさそうな表情でフウと息を吐く。
「ならば、この中で構いません。ただし、他の子供たちには聞かせたくありません。静かで、邪魔の入らない部屋はありますか?」
その時だった。突然、ジョーが飛び出してくる──
「ちょっと待て! お嬢、俺も一緒に行くぞ!」
トマホークを抜き怒鳴ったが、シレーヌは手を突き出し制する。
「駄目です。わたくしは、彼と一対一の話し合いをするために来ました。あなたは、ここで待っていなさい」
「ちょっと待てよ!? あんた正気か!?」
「少なくとも、まだ狂ってはいないはずです。ではカークス、行きましょうか。ついでに、中を案内してください」
シレーヌは、建物の中に入っていく。
ここは、かつて宗教団体『希望の家』の宿泊所として使われていた。白い壁に覆われており、中には簡易ベッドが設置されている。ただし、毛布などはない。さらに、礼拝所などもある。
そんな中に、幼い子供たちが隠れていた。全部で二十人ほどはいるだろうか。まだ十歳になるかならないか、という年齢の子ばかりだ。恐る恐る、という顔つきでシレーヌを見ている。
しかし、ベンだけは違う反応をした。
「あっ、お姉ちゃん!」
大きな声を出したが、途端にハックに咎められる。
「シーッ! 静かにしとけ!」
すると、ベンはすぐに口を閉じる。だが、シレーヌを見る目には親しみが感じられた。
シレーヌは、その目線を敢えて無視した。知らん顔で目を逸らし、カークスの後について行く。
やがて、ふたりは小部屋に入って行った。礼拝所の隣にあり、かつては相談室として使われていた。狭い部屋で、以前にはテーブルと椅子があったが、今は何もない。
部屋に入ると同時に、シレーヌが口火を切った。
「で、カークス……どういう風の吹き回しかしら? かつてはクリムヒルド子飼いの殺し屋だったあなたが、今は子守に転職?」
対するカークスは、苦しげな表情で語り出す。
「俺は……あの時、ゼーレ川に落ちた。そこからの記憶はない。気がつくと、岸に打ち上げられていた。あの子供たちが、俺の周りを取り囲んでいた。俺は、子供たちから食い物を分けてもらった。おかげで助かったんだ」
「なるほどね」
「俺は、あの子たちがいなければ死んでいた。しかも、クリムヒルド様は捕らえられてしまった。ならば、残りの人生を子供たちのために捧げよう……そう決めたんだ」
「ずいぶんと美しい話だこと。でもね、わたくしにそれを信じろと? そもそも、子供たちはあなたの過去を知っているの?」
聞いた途端、カークスが動いた。その場にしゃがみ込むと、額を床に擦り付ける──
「頼む。俺の過去は言わないでくれ。子供たちには、内緒にしておいてくれ。俺は、もう人殺しはしたくない。違う生き方をしたいんだ」
その声に、嘘は感じられなかった。
シレーヌは黙ったまま、土下座している大男を見下ろしていた。彼女には、こんな場所で孤児たちと暮らす生活は不可能だ。子供たちは可愛いかもしれないが、自分にはやらねばならない仕事がある。その仕事に、子供たちを巻き込みたくはなかった。
しかし、カークスは違う。彼にとって、孤児たちとの生活は何物にも替えがたい宝のようだ。その生活を維持するためなら、何でもしてくれるだろう。
少しの間を置き、シレーヌは口を開く。
「わかりました。あなたを信じましょう。ただし、ひとつだけ条件があります」
「な、なんだ!?」
顔をあげたカークスに、シレーヌは冷酷な表情で答える。
「わたくしは、あなたの過去を誰にも言いません。その代わり、あなたもわたくしの裏の顔を黙っていること。もし、わたくしのことを誰かに話したら……わたくしは、あなたを殺します。あなただけでなく、ここの子供たちも殺します」
「それだけは許さんぞ!」
吠えると同時に、カークスは立ち上がる。だが、シレーヌは怯まなかった。
「落ち着きなさい! わたくしの言うことが聞けないの! 子供たちの前で血を見る戦いがしたいなら、受けて立ちますよ!」
恐れず怒鳴り返したシレーヌに、カークスの顔が歪む。
ややあって、頭を下げた。
「わかった。俺は、お前のことを誰にも言わない」
「では、契約成立ですね。わたくしも、あなたの生活に口を出す気はありません」
やがて、シレーヌは建物を出た。と同時に、入口で待ち構えていたジョーが怒鳴る。
「お嬢! 何を考えてんだ! 何かあったらどうすんだよ!」
恐ろしい剣幕で迫るが、シレーヌはうっとおしそうな表情で囁く。
「声が大きい。それに、こんな人目につく場所で言い合ってどうするんですか。話は、屋敷に帰ってからです」
◆◆◆
その日の夕方、ベルサーユの片隅にて、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
「クソ! 奴らは何をしてるんだ! 相手は子供じゃなかったのか!」
事務所で怒鳴り散らしているのはシャイロックだ。この辺りでは、かなり名の知れた商人である。
もっとも、その評判は芳しいものではない。彼が扱うのは、もっぱら土地である。貧乏人から土地を二束三文の値段で買い上げ、嘘八百を並べ立てて数倍から数十倍の値で売り飛ばす……この手口で、かなりの額の財産を得た。
しかし、シャイロックはこの程度で満足などしていなかった。もっともっと財を増やす。いずれは、貴族の地位も金で買う……そんな腹積もりでいたのだ。
そんな彼にうってつけの物件が、『希望の家』の施設である。既に土地と建物の権利は手に入れた。後は、そこに新しい店を出すだけだ。
ところが今、問題が生じていた。ひとつの施設を孤児たちが占拠してしまい出ていく気配がない。最初は憲兵に頼んだが「いずれ新しい住処が見つかったら出ていくと言っている」との答えが返ってきた。
ならばと、今度は街のチンピラを安く雇い差し向ける。しかし、追い払われてしまったという。孤児たちには、恐ろしく強い用心棒が付いているという話だ。
こうなったら、放火でもしようか。いや、他の家に飛び火してしまったら厄介である。では、もっと腕の立つ連中を雇うか。だが、それには金がかかる……などと考えていた時だった。
「失礼するぞ。ここに、困っている方がいると聞いてな」
そんなことを言いながら、事務所に入ってきた者がいる。誰だ? と言おうとしたシャイロックだったが、すぐにその口を閉じた。
入って来たのは、おかしな風貌の男であった。頭にハチマキを巻いており、額の部分には桃の絵が描かれている。長い黒髪を後ろで束ねており、爽やかな顔立ちだ。背は高く、体つきはたくましい。革の服を着ており、腰には細長いサーベルのような剣をぶら下げている。
「私の名はモモタロウ。鬼退治が仕事だ。ここに、悪い鬼に悩まされている方がいると聞いた。その鬼退治、私に任せてくれんか」




