孤児無用(1)
今、王都ベルサーユは大変な騒ぎとなっていた。
都のあちこちに施設を作っており、一大勢力となっていた宗教団体『希望の家』が、一夜にして名声と権威を失ったのだ。
その理由はと言えば、まず教祖のゾンダーら幹部連中が亡くなってしまったことだ。それも、侵入してきた何者かによって。一晩で二十人ほどが殺害されたのである。これは、確実に裏社会の住人の手口だ。
しかも、ゾンダーは日頃「私には神の加護がある。何も恐れない」「我々が恐れるべきは神であって人ではない」などと説いていた。また、教団内ではゾンダーの様々な武勇伝(?)がまことしやかに語られている。特に、神と対話しようと山を登っていた時、空飛ぶドラゴンに襲われたが、ひと睨みで退散させた話は有名だ。
そんな勇者(?)が、侵入してきた殺し屋によって、あっさりと殺害されてしまったのである。信者でなくても納得いかないだろう。
その上、彼の死体には「この者、慈善家の仮面を被り大勢の命を奪った極悪人!」などと書かれた紙があった。これは、いったいどういうことなのだろう。憲兵らは「調査中だ」としか言わない。
確かなことはひとつ。『希望の家』は商業の方にも、かなりの影響力があった。しかし、教祖と主だった幹部が殺されてしまった今、立て直しは非常に困難であろう。
となれば、様々な分野に遅れやダメージが来る。『希望の家』のしていた悪事は見逃せるものではない。だが、社会の歯車の役割だけは、きちんと果たしていたのだ。それも、大きな歯車であった。
そんな中、シレーヌはミンチン学園の校庭の隅に立っていた。すぐそばには塀がある。彼女は塀に背中をつけ、空を見上げていた。
しばらくすると、塀の向こう側から声が聞こえてきた。
「王妃様からの伝言です。希望の家の件は、あなたたちの仕業か? と聞いております」
女の声だ。どうやら、王妃は『希望の家』が崩壊寸前の状況に対し、かなりご立腹らしい。
対するシレーヌは、冷めた口調で答える。
「そうですよ。だったらどうしたというのですか。いちいち事前に報告などできません。文句があるなら、あなたが直接来たらどうですか……とお伝えください」
このセリフが放たれると、少し間が空いた後、棘のある感じの声が返ってきた。
「これは、わたくしからの忠告です。あなたの今の立場が誰のお陰であるか、今一度お考えください」
途端に、シレーヌの目が光る。
「なるほど。もし他にも言いたいことがあるなら、あなたが今すぐこちらに来て、わたくしに面と向かって言ってくださいませんか? その時は、張り倒して蹴飛ばしてさしあげます」
シレーヌの声には怒りがこもっていた。しかし、返事はない。用が済んだので退散したか、あるいは乗り込んで来る気か。
その時、茂みに潜んでいたジャックが姿を現した。
「向こうにいた奴、消えちまったみたいなのん。それにしても、感じ悪い奴だっチャ」
そう、彼も今のやり取りを聞いていたのだ。しかし、シレーヌは首を横に振った。
「いえ、あちらの言い分にも一理あります。わたくしが今こうしていられるのも、姉のお陰ですから……ただ、それでも不愉快なことに変わりはありません。あの言い方にも、わたくし自身にも腹が立ちます」
そして授業が終わり、ふたりは並んで歩いていた。
「いっそさ、お嬢様も王妃なんかとは手を切って、僕たちと一緒に地下に潜ればいいと思うのんな。そうすれば、王妃と関わんなくてもいいっチャよ」
とぼけた口調で放たれた言葉だったが、ジャックの表情はいつになく真剣である。彼は彼なりに考えていたのだ。
シレーヌは、らしくない振る舞いにクスリと笑った。
「ありがとう。でもね、地下に潜るというのは、逃亡生活でしょう。モリアーティやインジャン・ジョーはともかく、ボルトは目立ちますからね。ならば、少々の不快な思いは飲み込んで──」
彼女の話は中断した。奇妙なものを見つけたからだ。
かつて『希望の家』の宿泊施設だった場所に、今も住み着いている少年たちがいるのだ。身なりはボロボロで、非人街にもいられなくなった者たちのようだ。年齢はバラバラだが、一番上の少年でも十代の半ばであろう。
これは完全な不法占拠だ。『希望の家』の主だったメンバーが死んでいる今、その施設は国が預かることになっている。
そして、この周辺の住民たちは、下層民(と彼らが勝手に判断している)が近所に住み着くことを極端に嫌う。
「あの子たち、このままだと憲兵に力ずくで追い出されるのんな。場合によっちゃ、適当な理由つけて皆殺しのパターンかも知れないのん」
物騒なことを言ったジャックを、シレーヌはきっと睨みつけた。
もっとも、ジャックの言葉に間違いはない。彼らは孤児だ。仮に殺されても、騒ぐ者などいない。
その時、数人の男たちが近づいて来るのが見えた。憲兵の制服を着ている。
「お嬢様、早く行くのんな。このままだと、僕たちまで騒ぎに巻き込まれるかもしれないっチャ。どうせ、僕たちにとっては赤の他人で無関係なのん」
言いながら、ジャックがシレーヌの袖をつかんだ時だった。
「おら! お前ら何してる!」
威勢のいい声と共に現れたのは、憲兵のモンドであった。部下を数人連れ、孤児たちを睨みつけ、腰に下げているサーベルを振りかざす。そう、彼は弱い者には強気に出られるのだ。
「お前ら! 誰に断ってここに住み着いてんだ!? 今、ここの土地および施設は国が管理している。勝手に入り込むだけでも許せんのに、住み着くとは何事だ。下手すると強制排除だぞ!」
怒鳴ったモンドの前に、ひとりの孤児が進み出る。他の少年たちより歳上だ。この中のリーダー格なのだろう。
「ちょっと待ってくれ。俺たち、ここで泊まっていいと言われたから来たんだ。ずっと暮らしていてもいいと言われたから、そのつもりだった。でも、一週間も経たないうちに、教祖様が死んだから出ていけというじゃないか。こんなのひどいだろ」
少年が必死で訴えるが、モンドに心を動かされた様子はない。
「あのな、世の中そんなもんだ。不幸な目に遭った奴をいちいち特別扱いしてたら、規律は保てないんだよ。というわけで、今すぐ荷物まとめて出ていけ」
「だったら、せめて次の住む場所が決まるまでいさせてくれ。俺たち、中の掃除や修理とかするよ。やれって言うなら、何でもやる」
なおも食い下がる少年だったが、モンドは聞く耳もたなかった。
「バカ野郎。お前らみたいなのを置いといたら、何をしでかすかわからねえんだよ。俺の憲兵としての勘が、そう言ってるんだ……」
威勢よく言い返したはずだった。だが、続いて施設の中から出てきた者を見た途端、モンドの勢いは一瞬にして萎んでしまった。
のっそりと現れたのは、恐ろしく大きな男だった。身長は二メートルを超えており、逞しい体にボロボロの服を着ている。年齢は二十代から三十代か。孤児たちのグループにいるにしては、似つかわしくない男だ。
見ているシレーヌは、愕然となっていた。あの男のことは知っている。かつて殺し合ったことがあるのだ。
「あのデカブツ、コビト族のカータンなのん。生きていたんかい」
呟いたのはジャックだ。だが、すかさずシレーヌのツッコミが入る。
「コンビクト族のカークス。あなた、人の名前を覚える気ないでしょう」
そう、この大男は……暗殺者集団『コンビクト族』のメンバーであった。
かつてシレーヌら処刑人と死闘を繰り広げたが、ボルトのメガトン級パンチをまともにくらい、ゼーレ川に落ちた。死体は上がらなかったが、死亡したものとみなされていた男だ。
この巨体から繰り出されるパワー殺法は、敵に回すと厄介である。さらに、もうひとつ強力な武器を持つ恐ろしい怪物だ。
そんなカークスが、なぜ孤児たちの寝ぐらにいる?
「それにしても、生きているとは思いませんでしたわ。次に戦う時は、完璧を期すため心臓をえぐり出して握り潰しますか」
物騒なことを言ってはいるが、シレーヌの顔は冷静だ。今の状況が、どう展開していくのか……それを見ておきたかった。




