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処刑令嬢シレーヌ・ロラン  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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巨鬼無用(6)

「おーい! ベオウルフはいるかい!」


 いきなり聞こえてきた声に、ベオウルフは飛び起きた。

 今は昼過ぎだ。ベオウルフは、いつものように教団の宿泊所で寝ていた。ところが、突然の声である。

 いったい何者か……と思いきや、向こうは、ちゃんと名乗ってくれた。


「俺だ! 非人街で会ったインジャン・ジョーだよ! あん時は、逃げちまってすまなかったな! ちょっと話でもしようや!」


 インジャン・ジョー……思い出した。あの素早い動きで、ベオウルフの剣撃を躱してのけた男だ。目つきといい、身のこなしといい、かなり修羅場をくぐった者と見た。出会った瞬間、思わず血が騒ぎ、勝負を挑んでしまったのだ。

 その男が、自分を訪ねてきたというのか。


「すみませんが、お帰りください! そのような方は、ここにはいません!」


 若い信者が、必死で止めようとしているらしい声が聞こえてきた。出入り口の方は、大騒ぎになっているらしい。ベオウルフはムクッと起き上がると、つかつかと歩いていく。

 入口に出てみると、やはりあの男であった。扉のところで、若き信者たちに止められていた。だが、引き下がる気配はない。それどころか、このままでは力ずくで入ってきそうだ。

 ベオウルフは、おもむろに口を開く。


「お前、何をしにきた?」


 途端に、信者たちがざわつく。だが、ジョーはそれを無視して怒鳴った。


「ようベオウルフ! 暇だったら、ちょいと一緒に飯でも食わねえかい!」


 どういうつもりなのだろう。ベオウルフは、一瞬ではあるが判断に迷った。どう考えても、ただの用事とは思えない。危ういものである可能性も高い。

 だが、好奇心の方が勝った。


「いいだろう」




 ベオウルフとジョーは並んで歩いた。その間、ジョーは喋り続ける。


「あんた、凄い英雄なんだってな。俺バカだから知らなかったけどよ、あんたの伝説は語り継がれてるって聞いたぜ」


「ほう、そうなのか」


「なんか、あんた最後にはドラゴンと相打ちになったそうじゃねえか。本当に凄いよ。俺なんか相手にならねえわけだ──」


 そこで、ベオウルフは強い口調で否定した。


「それは間違いだ」


「ん? どういうことだよ?」


「俺は、ドラゴンとの戦いで深手を負い倒れた。あとは死ぬだけだった。ドラゴンを倒したのは、俺ではない。俺の部下が倒したのだ。奴らめ、死にゆく俺の手柄にしたというのか……」


「へえ、そうだったのか。ま、でもあんたの偉業に傷はつかねえよ。大した英雄だ」


 その時、ベオウルフの顔が歪んだ。


「英雄、か。今の俺の、どこが英雄だ?」


「えっ?」


 戸惑うジョーを、ベオウルフは悲しげな瞳で見つめる。


「若い時は、血みどろの修羅場を幾つもくぐり抜けてきた。自分よりも巨大なものに立ち向かい、間一髪のところで打ち倒す。そんな戦いをくぐり抜けてきた己に誇りを持っていた。やがて人間では飽き足らず、各地に住む怪物どもに戦いを挑んだ」


 そこで、ベオウルフの語りが止まった。同時に、歩みも止まる。懐かしい思い出に浸っているのだろうか。ジョーも足を止め、彼の次の言葉を待った。

 少しの間を置き、ベオウルフは再び口を開く。


「だが、今はどうだ? 俗物どもの命令を受け、無抵抗の者を殺す……これが英雄だと言うなら、そんな称号など犬にでもくれてやるよ」


 そこで、ベオウルフは笑った。自嘲の笑みだった。

 対するジョーは、フウと溜息を吐いた。


「全く、騎士様ってのは厄介な性分なんだな。楽して食っていければ、それに越したこたぁねえじゃねえか」


「嘘だな。俺にはわかる。お前とて、裡に秘めた思いがあるはずだ。でなければ、わざわざここに来たりしない」


 ベオウルフの言葉に、ジョーは何も言えなかった。

 ふと、ここに来る前の記憶が蘇る。伝説のホワイト・バッファロー……一族に代々伝わる伝説の怪物だ。普通のバッファローは黒もしくは茶色の毛だが、ホワイト・バッファローは全身を白い毛で覆われている。体は通常よりも遥かに大きく、走る速さは稲妻のようだと聞かされた。

 いつか、そいつを自分ひとりの力で仕留めてやる……幼いジョーは、そう誓ったはずだった。

 しかし、若くして街に出てきてしまった。いつの間にか、ホワイト・バッファローの存在すら忘れていた──


「なあ、頼みがある」


 不意に言われ、ジョーは我に返る。


「頼み? なんだよ?」


 気軽な表情で聞き返したが、続いて放たれた言葉は予想外のものだった。


「俺と立ち合ってくれんか。礼はするぞ」


「はあ? 立ち合う? お前、素手でどうすんだよ?」


「素手で構わん。お前は、それを使ってもいいぞ。いや、使ってくれ」


 言いながら、ベオウルフが指さしたのは……ジョーの腰から吊るされたトマホークだ。

 ジョーの方は、無言でベオウルフをじっと見つめる。

 ややあって、首を横に振った。


「本当に困った騎士様だよ。あんた、死にたいらしいな。だが、自殺の手伝いは断る。そんなに死にたきゃ、甲冑着てゼーレ川に飛び込んだらどうだ? それなら浮かんでこれないぞ」


「できるものなら、そうしたい。だが、できんのだ」


「なんでだよ?」


「俺は一度死んだが、ラスプーチンという男の魔法によってこちらの世界に来た。そこで、行動に様々な制約をつけられた。そのひとつが自殺だ。自殺しようにも、気がつくと体が戻っている。本当に不愉快で仕方ない。自殺できないのなら、お前が殺してくれんか。強い者に殺されるなら本望だよ」


 説明を聞いたジョーは、ベオウルフから目を逸らした。

 少しの沈黙の後、表情が険しくなる。


「その前に、ひとつだけ聞かせてくれ。チュールを殺したのは誰だ? あんたじゃないことだけはわかっている」

 

「グレンデルという人食い鬼だ。かつて俺とは敵同士であったが、何の因果か奴まで共に召喚された。俺はチュール殺害を、とある人物より命令された。だが、そんな仕事はやりたくなかった。代わりに、グレンデルにやらせた。結果、この騒ぎだ」


「その、チュールを殺せと命令した奴は誰だ?」


「それは言えん」

 

「だろうな。ま、だいたい見当はついているよ」


 そこで、ジョーはニヤリと笑う。


「あんたにひとつ言っておく。俺とその仲間たちは、チュールを殺した奴を始末してくれという依頼を受けた。遅くとも一週間以内に、俺たちは黒幕とグレンデルを片付けに行く。その時、あんたもあの世に送り返してやるよ」


 その時、ベオウルフの目が光った。


「その仲間というのは、お前と同程度の強さなのか?」


「はっきり言う。俺クラスの奴がふたり、化け物レベルがひとり、見たこともない武器を使いこなす奴がひとりいる。特に、この化け物レベルは俺より遥かに強い。あんたも全力で戦えるはずだ」


「本当か!?」


 ベオウルフは血相を変えて身を乗り出すが、ジョーは冷静だった。


「落ち着けよ。俺たちは、確実にあんたを殺しに行く。それまで、剣でも振るって待ってな」


 そう言うと、ジョーは立ち上がった。瞳に力の戻ったベオウルフを、複雑な表情を浮かべて見つめる。


「あんたとは、違う形で会いたかったよ。世の中、上手くいかねえもんだな。これも運命って奴なのかな」


「俺も同じことを思っていたよ。お前のような男と肩を並べ、怪物どもと戦ってみたかった」


 答えると、ベオウルフは来た道を戻っていった。その背中からは、覇気のようなものが感じられる。施設から呼び出した時とは大違いだ。

 ジョーは、思いを吹っ切るように早足で歩き出した。



 屋敷に戻ると、ジョーは皆にベオウルフとの話を語った。

 

「……というわけだ。人食い鬼のグレンデルがチュールを殺した。だが、指示を出したのはゾンダーだろう。そのふたりを始末したら、最後にベオウルフだ。あいつは、これまでの連中とは違う」


「でもさ、そのワオーウルフとかいう奴は倒す必要あるのん? チュール殺しに関係ないなら、ほっといてもいいんじゃないっチャ? 面倒くさいことはやりたくないのんな」


 聞いたのはジャックだ。いつもと同じ軽い口調である。

 しかし、この男は違っていた。


「ワオーウルフじゃねえ、ベオウルフだ。確かにお前の言う通りだが、あいつは死にたがってる。英雄として戦いに生き、そして死んだ。ところが、いきなりこんな世界に召喚されちまった。知り合いがひとりもいねえ別世界にな」


 語る声には、強い感情がこもっている。普段なら茶々を入れるジャックも、さすがに何も言えなかった。


「挙句、魔法で行動をコントロールされ、やりたくもねえ仕事をやらされてる。哀れな奴なんだよ。だから、ベオウルフも仕留めてくれ。頼む」


 言い終えると、ジョーは真剣な表情で頭を下げた。ジャックは調子が狂ったらしく、困った表情で他の者たちの顔色をうかがう。

 その時、モリアーティが口を開く。


「そのベオウルフを逃したとしたら、また別の悪事に利用される恐れがありますな。ここで仕留めておきましょう」


 そこでシレーヌが頷いた。


「わかりました。ベオウルフは、処刑人の面子にかけて必ず滅しましょう」








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