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処刑令嬢シレーヌ・ロラン  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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巨鬼無用(3)

「おい! さっき化け物が出たぞ!」


 こんなことを叫びながら、屋敷に飛び込んできたのはインジャン・ジョーだ。その顔は真っ青で、息も荒い。

 モリアーティとボルトは思わず顔を見合わせる。もうじき日が暮れ、シレーヌとジャックが帰ってくる時間帯だ。とはいえ、化け物が出るには少しばかり早すぎる。

 ただし、ジョーの様子も普通ではない。何か、恐ろしいものに出会ったのは間違いないだろう。

 まずは、ボルトがお茶を入れた。ジョーがぐいっと飲み干したところで、モリアーティがそっと尋ねる。


「落ち着いてください。どんな化け物が出たのですか?」


「すまん。化け物は言い過ぎか……いや、言い過ぎじゃねえよ。とんでもねえ奴がいきなり切りかかってきたんだがな、危うく死ぬかと思ったぜ。あんな強い奴が、この街にいたなんて聞いてねえぞ。まったく、鬼は出るわベオウルフは出るわ、どうなってんだよ」


 そのボヤキのようなセリフに、モリアーティの表情が変わった。


「ちょっと待ってください。今、ベオウルフと言いましたか?」


「へっ? ああ、そうだよ。我が名はベオウルフ、勝負しろ! なんて言ったかと思ったら、いきなり切りつけてきやがった。それがまた、早いなんてもんじゃねえんだよ。目で見てからじゃ避けられねえな。俺も、もう少しで首チョンパされるところだったよ」


 冗談めかした口調で言ってはいるが、ジョーの体には斬撃による風圧の感触が未だに消えていない。ベオウルフは、本気で殺す気だった。

 しかし、あんな男に殺される覚えはない。それ以前に、あいつは何者なのか? とにかく疑問だらけである。

 その時、モリアーティがひとつの答えをくれた。


「ベオウルフは、一昔前に亡くなった伝説の勇者です。人食い鬼のグレンデルを始めとした数々の魔物を討ち果たし、その活躍は今も語り継がれております。最期は、ドラゴンと戦い自らの命と引き換えに仕留めました。確かに、化け物と呼ばれても仕方ないでしょうな」


「だがな、そいつはもう死んでるんだろ?」


 聞き返したジョーに、今度はボルトが答える。


「何者かが、こちらの世界に召喚したのでしょうな。あのピーター・パンのようにね」


「ちょっと待て。そんな恐ろしい奴が、なんで俺を狙うんだ? 自分で言うのも切ない話だが、俺はそんな化け物を召喚して殺すほどの大物じゃねえぞ」


「何か別の目的があって召喚されたのでしょう。そこで歩いていたところを、たまたまあなたと会ってしまった。ベオウルフは、あなたが目的の障害になると判断し殺そうと考えた……こんな仮説はどうです?」


 ボルトの問いに、ジョーは首を捻った。


「近いような気もするが、ちょっと違う気もする。本当に訳がわからねえんだよ。戦争でおかしくなっちまった奴かと思ったんだが、あの剣技はとんでもなかった。人間であいつを倒せる奴は、たぶん十人もいねえ気がする……」


 そこで、ジョーの表情が変わった。ある考えが浮かんだのだ。


「なあ、ひょっとして瓦版屋のチュールを殺ったのは、ベオウルフじゃねえのか? あいつなら、鉄の扉ぶっ壊すくらいやれそうな気がしたよ」


「どうでしょうね。あの事件は、最後に死体を食べていましたので……」


 ボルトがすまなそうに言ったが、続いてのモリアーティの意見は、三人とも納得せざるを得ないものだった。


「しかし、チュールさんが人間業とは思えぬ力で殺された直後、ジョーさんがベオウルフに襲われました。このふたつは、単なる偶然とは思えません」


「じゃあ、これからどうする?」


 ジョーの問いに、モリアーティはすぐに反応した。


「まずは情報の整理です。ジョーさん、ベオウルフは他に何か言っていませんでしたか? 思い出してください。どんな些細なことでも構いません」


 言われたジョーは、目をつぶった。精神を集中させ、当時の状況を記憶の中より引き出す。モリアーティとボルトは、黙ったまま彼が話し出すのを待っていた。

 僅かな間の後、ジョーが語り出す。


「あいつは……非人街を偉そうに歩いてたんだよ。ヤバそうな雰囲気を、プンプン漂わせてやがったな。俺は、とりあえず情報収集すんのが先だと思ってたから、無視して通り過ぎるつもりだった。ところが、奴の方がいきなり立ち止まった。その後、我が名はベオウルフ、希望の家に泊まっている……とか何とか言い出したんだよ」


「希望の家は宗教団体ですね。住むところのない人たちを施設に宿泊させ、食べ物も与えているそうです。一見すると、真っ当な宗教団体のようですが……悪い噂もちらほら聞きますね」


 すぐに答えたのはモリアーティだ。彼もまた、街の情報収集は欠かしていない。

 そこで、ボルトが質問する。


「どんな噂です?」


「いろいろと聞きましたが、真偽不明の情報はここでは省きます。ひとつだけ言えるのは、彼らは寄付金の記録を全く付けていません。そして、教団の施設および維持費は相当な額でしょう。にもかかわらず、信者に貴族も金持ちもいないのですよ」


「となると、裏の商売に関わっている可能性大だな。ベオウルフがいるのも、そのためか」


 ジョーが言うと、モリアーティは大きく頷いた。だが、そこで何か思いついたらしく、すぐに顔を上げる。


「ジョーさん、もうひとつ教えてください。仮に、あなたとベオウルフが一騎打ちをした場合、あなたが勝つ可能性はありますか?」


「ない、とは言わねえ。だがな、せいぜい二割ってとこだ。ベオウルフの強さは本物だよ。これは、あくまで俺の想像だが……奴は、剣術の基礎をガキの頃から徹底的に訓練してきた。俺たちが遊んでる間、奴は基礎を習ってたんだよ。で、大きくなったら実戦だよ。ここで、かなり差が出る」


 そこで、ジョーはいったん言葉を止めた。一息つくと、再び語り出す。


「俺とかジャックみたいなのは、戦いを繰り返す中、我流で技を身につけた。だが、ベオウルフみたいに基礎をコツコツやってきた奴は地力が違うんだよ。しかも、あいつは腕力からして人間離れしてる。言ってみれば、ガキの頃から戦いの訓練をしていた賢いゴリラなんだよ。人間の俺じゃあ、よほどの幸運に恵まれない限り倒せねえよ。ジャックは、ちょいちょいトリッキーな動きをする。そいつがビシッとハマれば勝つ可能性もあるが、それでも三割あるかないか……だろうな」


「いつもながら思うのですが、あなたは戦いの話になると理論的になりますね。一見すると、粗暴なパワーファイターなんですが、実は理論派なのですね」


 ボルトがそう言うと、ジョーは首を捻りつつ答える。


「理論派ねえ。まあ、俺なんか頭使わねえと、勝てねえ局面ばっかりだったからな。で、ボルトは……この中じゃ最強だが、やっぱり得意な武器がないのが痛いな。ベオウルフの剣技なら、お前の頑丈な体も一刀両断されちまうかもしれねえ。仮に、最初の一撃をどうにか凌げても、次の一撃で致命傷を負うだろう。今までみたいな、肉を切らせて骨を断つ……って戦法はやめた方がいいぞ」


「そうでしたか。厄介ですね」


 その言葉には力がなかった。さすがのボルトも、お手上げの表情である。一方、ジョーはモリアーティの方を向いた。


「結局、モリアーティの鉛玉を頭にぶち当て、一発で殺すしかねえと思う。だがな、ああいう奴は妙に勘が鋭いんだ。罠とか未知の武器とか見ると、体が反応して知らない間に避けてた、なんてこともあるらしい」


 ジョーの言葉に、ふたりは大きく頷いた。

 確かに、野性の勘としか言いようのない能力を持つ者はいる。そう、彼らの身近にもいるのだ。

 ジョーは、その者について語りだす。


「ジャックなんか、頭はバカだが勘だけは鋭いからな。あいつも、一種の天才だよ。だが、ベオウルフも幾多の修羅場をくぐり抜けてる男だ。勘の鋭さも、ジャック並だと思った方がいい」


「となると、私が奴の動きを止めて、モリアーティさんが仕留める。これでいきますか」


 ボルトが言うと、ジョーは「それならイケる」とでも言わんばかりの表情で頷いた。会議も終わりか……と思いきや、ここでモリアーティがとんでもないことを言い出す。


「相手がベオウルフひとりなら、それで問題ないと思います。しかし、私は嫌な予感がするのですよ。あの教団は、人食い鬼のグレンデルをも召喚しているのかもしれません。ベオウルフなら、グレンデルに言うことを聞かせられる可能性がありますからな」






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