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処刑令嬢シレーヌ・ロラン  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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22/30

巨鬼無用(2)

 翌朝、ロラン家は物騒な話題で幕を開けた。


「昨晩、巨大な人食い鬼が出たそうです」


 モリアーティの放った言葉に、皆は怪訝な表情を浮かべた。

 そもそも、モリアーティは「君子、怪力乱神を語らず」を地でいく男だ。いい加減な妖怪話などは滅多に口にしない。そんな彼から、いきなり人食い鬼の話が出たのだ。


「本当ですか? また、どこかの売文屋が面白おかしく話を盛ってるだけじゃないのかしら」


 そんなシレーヌの問いに、モリアーティは首を横に振った。


「私も、最初はそう思いました。ところが、モンドの話によれば、現場は恐ろしい状況だったようです。あれは人間業じゃねえよ、とも言っておりました」


 その話に、皆の表情が引き締まる。これは、只事ではなさそうだ。


「状況を詳しく教えて」


 シレーヌが言った。彼女の目つきは完全に変わっている。今にもレイピアを持ち飛び出しそうである。


「殺されたのはチュールという瓦版屋ですが、この男の家は頑丈な鉄製の扉だったそうです。その扉が、完全に吹っ飛ばされていました。さらに、中にあった機材はめちゃくちゃに壊されていましたが、これは解体業者が数人かかっても難しいとか。トドメに、チュールの死体が食い散らかされていました。現場近くに首が放り出されていたので、かろうじてチュールだと判明したようです」


「そんなことができるのは、ボルトくらいしかいないのんな」


 ジャックの言葉に、ボルトは苦笑しつつ反論する。


「私ではありませんよ。第一、私は人間は食べたことはありません。今後も食べる予定はありません」


 その時、シレーヌがジャックを睨んだ。


「冗談はそこまで。モリアーティ、他に情報は?」


「真っ黒のデカい奴が、チュールを担いで出ていくのを見た……という話もありましたが、こちらは当時ベロベロに酔っぱらっていた者の証言なので、真偽のほどは疑わしいですな」


「で、あなたはどう思うの?」


 シレーヌのさらなる問いに、モリアーティは難しい表情になった。


「何分にも、判断材料が少なすぎますが……ひとつだけ言えるのは、仮に犯人が人食い鬼だったとします。その場合、なぜチュールを襲ったのか? という疑問がありますな。もっと簡単に襲える者はいくらでもいるのに、わざわざ鉄製の扉をぶち破って中に入り、住人を食べるだけでなく機材まで壊す。これは、どう考えても妙です」


「じゃあ、人食い鬼じゃねえってことか?」


 インジャン・ジョーが尋ねると、モリアーティは静かに首を振った。


「また断定はできません。もっと情報を集めねばなりませんが……お嬢様、この件を我らの仕事にするおつもりですか?」


「そのつもりがなくとも、わたくし達に回ってくる予感がするわ。今日は学園を休みます。わたくしも調査せねばなりません」


 そう言って、シレーヌは立ち上がった。だが、ジョーも立ち上がる。


「お嬢、はやる気持ちはわかる。だがな、そいつはやめてくれ。あんたは、あくまで王妃の出来の悪い妹なんだろ? そんな不良娘が、いきなり事件について真面目な顔で聞き回ってたら、たちまち貴族たちの間に広まるぜ」


「それに、シャルルとかいう男のこともあります。今はまず、普段通りにしていましょう」


 モリアーティに言われ、シレーヌは不満そうな顔をしつつも頷いた。


「その通りね。では、後のことは頼みましたよ」


 ◆◆◆


 昼過ぎ、ジョーは非人街をうろついていた。だが、すぐさま異変に気づく。

 通行人もなく、いつもなら出ているはずの屋台も、藁を敷いて声をかけてくる物乞いもいないのだ。

 ここは、ベルサーユでも最下層の者たちが住む場所だ。人を殺して追われている者や、ほとぼりが覚めるまで隠れているつもりの盗賊なども潜んでいる。したがって、まともな場所では聞けない情報にありつけることも珍しくない。

 ところが、今日に限り人がいないのだ。いったい何事が起きたのだ? と周囲を見回してみた。と、その原因が判明する。

 遠くから、ひとりの男が歩いてくるのが見えた。遠目からでも、不満そうな態度なのがわかる。黒髪は短く刈られており、目つきは鋭い。皮のシャツとズボンという粗末な服装だが、顔立ちにはどことなく品性のようなものも感じさせる。

 体は大きく、肩幅はかっちりしていた。ジョーを一回り大きくしたような体格だが、無駄な肉はついていない。戦いの中で剣を振るい、走り、泥に塗れながらも起き上がる……そんな動きの中で、自然に作り上げられた肉体だ。

 さらに、右手には抜身の剣を握っていた。かなり大きく厚みのあるもので、並の兵士では扱えないであろう。

 何かあれば、いつでもこの剣を振るうぞ……とでも言わんばかりの態度で、男はズンズン歩いてきている。このままだと、ジョーに絡んでくる可能性大だ。

 普段でも、こういう手合いは避ける。しかも、今は情報収集に来ているのだ。どうにかやり過ごそう……と思った時だった。不意に、男の足が止まった。

 直後、ジョーを真っ直ぐ見つめ口を開く。


「我が名はベオウルフ。訳あって「希望の家」の宿泊所にて寝泊まりしている。お前、名は何という?」


 予想もしていなかったセリフに、ジョーは戸惑いながらも答える。


「あ? ああ、俺はインジャン・ジョーだ。あちこちをふらついてる風来坊さ」


「ほう、インジャン・ジョーか。初耳だな。ところで……お前、俺と戦ってくれぬか?」


 これには、ジョーも面食らった。こいつは何を言い出すのだ? と思いつつも、一応は聞いてみる。


「ちょっと待て。なあ、戦いって何だよ?」


「もちろん殺し合いだ。俺にはわかるぞ、お前は間違いなく強い。俺がここに来てから、何人もの兵士や騎士に会ったが……お前は、そいつらよりも上だ。だからこそ、俺と戦って欲しいのだ」


「もうひとつ聞くが、負けたら殺されるんだよな?」


「もちろんだ」


 自信に満ちた口調で答えたベオウルフを見て、ジョーは頭を抱えそうになった。こういう時に、なんでイカレ野郎と出会うかな……と思いつつも、できるだけ穏やかな口調で答える。


「お前、戦争帰りか? 随分と辛い体験をしたようだな。しかし、俺を殺しても何も解決しないぞ。ひとまず、その希望の家の職員に話を聞いてもらえよ。な?」


 そう言って、ジョーは愛想笑いを浮かべる。だが、これは完全に逆効果だった。


「貴様! 俺を愚弄するか!」


 怒鳴った直後、ベオウルフは動いた。瞬時に間合いを詰め、剣を振るう。

 しかし、ジョーもまた動いていた。後ろに飛び退き、剣の間合いから外れる。直後、近くにあった木によじ登った。一瞬にして、剣の届かぬ高さに辿り着く。

 しかし、ベオウルフにとって、こんな木など障害ではないらしい。剣を両手で握ったかと思うと、幹めがけて振った。

 次の瞬間、木がメリメリと音を立てる──

 

「おい! 嘘だろ!」


 ジョーが叫んだが、それも当然だろう。なんと、その一撃で木が倒れてしまったのだ。幹はさほど太くなかったが、それでも剣で切り倒せるものではないはずだ。しかし、ベオウルフという男には常識が通じないらしい。

 ベオウルフの一撃を受け、木は中心から裂け倒れていった。そのままだったら、ジョーも地面に打ち付けられていたはずだった。ところが、この男の敏捷さも凄まじい。すぐに近くの掘っ立て小屋へと飛び移り、屋根伝いに逃げていった。


 ◆◆◆


 ベオウルフは、悔しそうな顔で空を見上げる。


「天よ……俺は、なぜこの世界に来たのだ?」


 そう呟き、トボトボと歩いていった。




 この男が寝ぐらにしている「希望の宿」とは、つい最近生まれたばかりの宗教団体だ。そのモットーは「苦しむ人には、パンと住む所を与えましょう」だ。事実、ここには路上生活者や孤児たちも多い。教徒たちは、優しげな表情で皆の世話をしている。


 そんな中、ベオウルフは剣を握ったまま入っていった。明らかに場違いな存在ではあるが、彼はそんなことを気にする男ではなかった。手近にいた若い男性教徒を力ずくで捕まえると、脅すような表情で尋ねる。


「お前にひとつ質問がある。インジャン・ジョーという男は何者だ?」


「は、はて? インジャン・ジョーですか? 私は知りません」


 怯えながら答えた教徒に、ベオウルフは顔を近づけていく。


「知らないだと? この国で誰もが知る英雄だと言っていたカリウス将軍は、俺なら片手でも殺せる小者だった。戦う気にもなれなかった。ところがジョーは違う。あいつを見た途端、久しぶりに血湧き肉踊る感覚が全身を駆け巡ったぞ。あんな男が無名だとは、なんとも悲しい話だ。この国は、救いようのないバカ揃いなのだな」


 ベオウルフが熱く語っていた時だった。突然、声が聞こえてきた。


「あ、ベオウルフさん。ゾンダー師父が探していましたよ」













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