悪女無用(7)
「ずいぶんと汚い所ですのね。まあ、あの女の腹の中と同レベルですけど」
呟いたのはシレーヌだ。不快そうな表情を隠そうともしていない。
クリムヒルドの招きに応じ、シレーヌはたったひとりで指定場所へとやって来た。
馬車を降りたシレーヌの目の前には、殺風景な小屋が建っている。ホワイト家の別荘と聞いていたのだが、ただの物置小屋にしか見えない。窓の立て付けが悪いのか、時おりギシギシ音が鳴る。
周囲は、ボロ布や廃材を利用した掘っ立てて小屋などがある。おそらく、河原者が住んでいたのだろう。しかし、今は人の気配は感じられない。
すぐそばにあるのはゼーレ川だ。ベルサーユのちょうど真ん中を流れており、スフラン国でもっとも広く長い河川である。時おり、水の音が聞こえてくる。
小屋の庭に設置された椅子には、クリムヒルドが座っていた。白いテーブルに白い椅子が置かれ、パラソルまで設置されている。しかし、みすぼらしい小屋や、暗く物悲しい風景には全く似合っていない。
趣味が悪すぎるのか、あえてのミスマッチ狙いか……だが、シレーヌにとってはどうでもいいことだった。
「こんな場所に呼び出して、いったい何の用ですの?」
冷たい口調で尋ねたシレーヌに、クリムヒルドは苦笑しつつ答える。
「その前に……あなた、どういうつもり? パーティーにお招きしたのに、その格好はないですわ」
そう、シレーヌの服装はパーティー向きとは言えるものではなかった。黒いシャツにズボン、腰にはレイピアをぶら下げている。令嬢というよりは、暗殺者のような出で立ちだ。
「パーティー? 何を仰っているのやら。あなたの後ろに控えている人相の悪い男たちもまた、お客様だと言うつもり?」
シレーヌは、表情ひとつ変えずに言い返した。
確かに、彼女の言う通りであった。クリムヒルドの後ろには、山高帽を被ったスケードに、大男のカークスがいる。どちらも、シレーヌに敵意ある視線を向けていた。
さらに、黒衣の男が五人だ。マントを着てフードをすっぽり被っている。顔形はわからないが、まともな人種でないことは間違いないだろう。時おりカチャカチャという金属音が聞こえるのは、彼らの忍ばせている凶器の音だろう。
「フッ、彼らはわたくしの忠実な部下です。何かあれば、人ひとりくらい簡単に殺しますわ」
「どうせ、そんなことだろうと思っていましたわ。で、ここにわたくしを呼び出した理由は何? ひょっとして、わたくしのことを殺す気?」
恐れる様子もなく言い放ったシレーヌに、クリムヒルドは笑いながら首を横に振った。
「いいえ、そんなことはしませんわ。わたくし、あなたとお友達になりたいの」
「友達?」
訝しげな表情のシレーヌに、クリムヒルドは笑みを浮かべ頷いた。
「そうよ。あなたは、イザベル王妃様の妹君。そして、わたくしはホワイト家のクリムヒルド。わたくしとあなたが組めば、怖い者などありませんわ」
「なるほど。で、わたくしと組んで何をするつもり?」
「そうねえ……まずは、王族の仲間入りといきましょっか。あなたの口添えがあれば、簡単ですわよね?」
「では、王族の仲間入りがあなたのしたいことなの?」
「いいえ、それはあくまでも通過点。わたくしの望みは、この国の王妃になることよ」
その時、シレーヌは溜息を吐いた。
「わかったわ。ならば、わたくしのしたいことも教えてあげる。ひとつは、自由に生きること。もうひとつは……」
言いながら、シレーヌはレイピアを抜いた。
「あなたのような腐れ外道を、地獄に送ること」
「は、はい? 何を仰っているの?」
思わぬ展開に怯みながらも、クリムヒルドは余裕を見せつけようと笑った。だが、シレーヌの表情は変わらない。
「聞こえなかったの? ならば、もう一度。わたくしの望みは、あなたのような性根の腐った外道女を地獄に送ることですわ」
途端に、クリムヒルドの顔つきが一変する。美しい顔が、鬼のような形相になったのだ。
「この卑しい雌犬が……王妃の妹だからと甘やかしておけば、身の程知らずなことを。しょせん、体に流れる卑しき血は変えられないようね!」
言った直後、クリムヒルドは黒衣の男たちを睨みつける。
「今すぐ、この愚か者を捕らえなさい。殺しては駄目よ。生かしたまま、たっぷり痛めつけてあげるから」
その言葉に、コンビクト族の者たちは動いた。瞬時に間合いを詰め、シレーヌを取り囲む。
だが、シレーヌに動揺する気配はない。レイピアを構えたまま、クスリと笑う。
「あなたは、わたくしを罠にはめたと思っているようね。でも、それは逆。罠にかけられていたのは、あなたの方よ」
「な、何を言っているの?」
クリムヒルドが答えた時だった。突然、銃声が響き渡る。
と同時に、黒衣の者のひとりがバタリと倒れた──
「やれやれ、こんな場所に潜むのはこれきりにしたいものですな」
言いながら、掘っ立て小屋より現れたのはモリアーティだ。拳銃を構え、そっと前に進みでる。
「な、何者ですの!?」
声をあげたクリムヒルドに向かい、モリアーティは丁寧にお辞儀をした。
「ロラン家の執事をしておりますモリアーティです。今宵は、皆様を地獄旅行にお連れするため馳せ参じました」
「何ですって……みんな、この男も殺しておしまい!」
クリムヒルドが怒鳴り、スケードが山高帽のつばに手を伸ばす。
その時、ザバーンという音が響く。何かと思えば、ゼーレ川より飛び上がった者がいたのだ。上半身は裸だが、両手にそれぞれトマホークを握っている。
「インジャン・ジョーだ! 悪いなぁ、あん時は遊んでやれなくて! 今夜は、たっぷり相手してやるぜ!」
叫ぶと同時に、インジャン・ジョーは襲いかかる。
戦いの幕が、切って落とされた──
コンビクト族は、完全に不意を突かれた。にもかかわらず、すぐさま態勢を立て直す。
まず、ジョーの周囲を四人が取り囲んだ。いずれも腕の立ちそうな男たちだ。手には短剣を持ち、低い姿勢でジョーの動きを牽制する。さすがのジョーも、この囲みは簡単には破れない。
もっとも、相手方も同じ状況である。ジョーの腕を見抜いており、下手に攻撃すればカウンターの一撃で殺られることをわかっているのだ。
ジョーと黒衣の男たちは、睨み合ったまま対峙していた。だが、徐々に男たちの輪が狭まっていく。それに伴いジョーも下がっていき、やがて背中が掘っ立て小屋の壁についてしまった。
壁を背にする……後ろからの攻撃は受けないが、移動もしづらくなったということだ。
大男のカークスはというと、シレーヌに襲いかかった。口を開け、金属の牙で迫っていく。
しかし、そこでモリアーティの拳銃が火を吹いた。カークスの胸に当たり、シャツが赤く染まっていく。
と、そこでモリアーティを襲ったものがある。スケードの投げつけた帽子だ。咄嗟に身を低くし躱したが、帽子は自動的にスケードの手へと戻っていく。
「魔法ですか。これはまた、厄介な武器ですな」
呟いたモリアーティ。一方、カークスは胸に銃弾を受けたが、怯む気配はない。またしてもシレーヌへと襲いかかる。
シレーヌは、噛みつきをバックステップで躱した。同時に、レイピアで切りつける。
レイピアの一撃は、カークスのシャツを切り裂いた。だが、カークスの動きは止まらない。流れる血をものともせず、なおもシレーヌへと向かっていく。モリアーティが拳銃で狙うが、またしてもスケードの帽子が飛んできた。すんでのところで避けるも、帽子は戻っていく。
どうやら、カークスがシレーヌを、スケードがモリアーティを仕留める算段らしい。ジョーは四人に囲まれ動けない状態だ。まずはジョーを四人がかりで片付けてから、残るシレーヌとモリアーティを仕留めようという作戦なのだろう。
明らかに不利な状況だ。しかし、シレーヌたちは平静な態度だった。そう、彼女たちには、まだ切り札が残っているのだ。




