悪女無用(5)
その日の夕方、モリアーティの部屋に皆が集合した。彼らの視線の先にいるのはヘレンである。
一方、ヘレンはというと完全に怯えきっていた。インジャン・ジョーは人相が悪いし、ボルトに至っては怪物そのものの顔である。ジャックは顔は可愛いものの、挙動不審で奇怪な鼻歌を歌っている。一番マシなのはシレーヌだろうが、彼女のヘレンを見る目は冷たい。
仕方ないので、モリアーティがそっと促す。
「大丈夫ですよ。皆さん顔は怖いですが、あなたの味方です。さあ、早くお話しなさい」
「顔が怖いだぁ? よく言うよ」
ジョーが茶々を入れたが、シレーヌが睨みつける。
「少し黙っていなさい」
「へいへい」
ジョーが答えた直後、ヘレンがようやく口を開く。
「わたくしは、もともと地方で細々と土地を治めていた家の出でした。たまたま、ルードビッヒ様に見初められホワイト家に迎え入れられることとなったのです。当時、クリムヒルドは十歳でした。多感な年頃でしたから、わたくしを母と呼ぶことに抵抗があったようです。そこでルードビッヒ様は、ある提案をしました」
そこで、ヘレンは言いよどむ。顔には、苦悩の表情が浮かんだ。
少しの間を置き、彼女は話を再開する。
「ルードビッヒ様は、クリムヒルドに支配権を与えたのです」
「シハイケン? 何だそりゃ?」
口を挟んだジョーに、ヘレンは表情を歪めつつ答える。
「ホワイト家に仕えるコンビクト族の支配権です。本来なら、ホワイト家の当主となった者のみが彼らを使役できたのです。ところが、ルードビッヒ様はまだ十歳の子供に支配権を与えてしまいました」
「なるほどね。なんとなくわかってきたわ」
シレーヌが歪んだ笑みを浮かべる。彼女は、学園でクリムヒルドの二面性を間近で見ていた。あの女には、恐ろしいくらい意地の悪い部分がある。
それは、十歳の頃に発芽したもののようだ。
「以来、クリムヒルドはおかしくなってしまいました。最初は、嫌いな同級生を、密かにコンビクト族に命じて痛めつけさせる……その程度で済んでいました」
「その程度、とは呼べませんな。嫌いな同級生を、簡単に黙らせられる……幼い子供が、そんな力を得てはロクなことになりません」
ボルトの言葉に、ヘレンは頷いた。
「はい。最初は、痛めつけるだけだったようです。誰それが自分と同じ帽子を被っていたとか、自分より高価なアクセサリーを付けていたとか、そんな些細なことでしたが……時が経つにつれ、それでは済まなくなっていったのです」
「となると、次は人殺しなのん。僕も、初めて人を殺したのは十歳だったのんな」
ジャックが口を挟んだ途端、シレーヌに頭を小突かれた。
「あいて!」
「あなたは黙っていなさい。で、ヘレンさん、クリムヒルドは何をしたの?」
その言葉に、ヘレンは申し訳なさそうな表情で答える。
「いつ頃からか、はっきりしたことはわかりません。ひとつはっきりしているのは、彼女の周りで人が死ぬことが多くなってきたのです。仲のよくない同級生や、クリムヒルドを注意した教師といった人たちが……そのため、クリムヒルドは転校する羽目になったのです」
「ふむ。では、憲兵らもクリムヒルド様に疑念を持っていたのですね?」
モリアーティの問いに、ヘレンは首を横に振った。
「わかりません。ただ、屋敷の周囲を怪しい者がウロウロするようになり……その後、クリムヒルドが駄々をこねて転校することになったのです」
「なるほど。で、その怪しい者はまだ徘徊しているのですか?」
さらに尋ねたモリアーティに対し、ヘレンはまたしても首を横に振った。
「いいえ。転校する直前に、いなくなってしまいました」
「その怪しい者たちは、亡くなった方々と関わりのある人たちでしょうな。クリムヒルド様に目をつけ探っていたが、コンビクト族により消されてしまった……あなたも、そう思っているのではないですか?」
さらなるモリアーティの問いかけに、ヘレンは今度は首を縦に振った。
「はい。そう思っています……」
か細い声で答えたヘレンに、モリアーティは頷いた。
「わかりました。では、話の続きです。昨日、あなたの身に何があったのですか?」
「わたくしは……聞いてしまったのです。非人街でホワイト家のことを調べている者がいる、とスケードが言っておりました。すると、クリムヒルドは何のためらいもなく、殺してしまえと」
「それは俺のことだな。クソ、ふざけやがって……」
ジョーが忌々しげに呟き、拳を握りしめる。
その反応に、ヘレンが怯えた表情を見せた。口を閉じ、反射的に遠ざかろうとする。
そこで、ジャックがジョーをつついた。
「インジャン、ヘレンさんが怖がってるのん。だいたい、インジャンの顔は怖すぎるのんな。ボルトの次に怖いっチャ」
「うるせえ。余計なこと言うなアホ。だいたいな、てめえみてえなチビッコ突き刺し魔に言われたくねえんだよ」
ジョーが言い返すと、ジャックは頬をプクーッと膨らませる。
「チビッコは余計なのん! もう怒った! 今晩のおかずはインジャンのレバー炒めなのんな!」
そんなことを叫んだ時、シレーヌがふたりの頭を小突いた。途端に、ジョーもジャックも黙り込む。
そこで、ヘレンは語り出した。
「わたくしは、見て見ぬふりをしようと思いました。あの子が怖かったからです。でも、それで済ませてはくれませんでした。その後、クリムヒルドが珍しくお茶を入れてくれたのです。それを飲んだら、気分が悪くなって……毒を飲まされたとわかり、逃げ出しました」
「あなたを取り巻く状況はよくわかりました。そこで、ひとつあなたに約束……いえ、命に換えて誓って欲しいことがあります」
言った後、モリアーティは彼女の隣に座る。
「我々は、クリムヒルド様とコンビクト族とに然るべき報いを与えましょう。そうすれば、あなたは安全です。ただし、我々のことは胸の奥にしまったままでいてください。これは、墓場まで持っていく秘密です。万一、他人に一言でも漏らした場合、生まれてきたことを後悔することになりますよ。誓えますね?」
口調は静かだが、言葉の奥には有無を言わさぬものがある。ヘレンは、その迫力に気圧され頷いた。
「は、はい! 誓います!」
「賢明な判断です。では、さっそく次の手を考えるとしましょうか」
モリアーティが言った時、ボルトが立ち上がった。
「話はここまでにしましょう。続きは、食事を終えてからでも遅くはありません」
その言葉に、皆が頷いた。
食事を終えると、ジョーが皆の食器を持っていく。と、ヘレンがおずおずと話しかけてきた。
「あの、わたくしにも手伝わせてください」
「手伝うって、何をだ?」
聞き返したジョーに、ヘレンは袖をまくりあげる。
「わたくしも、食器洗いくらいできます。させてください」
「好きにしろ」
ヘレンは、本当に食器を洗い出した。
彼女は、ホワイト家の奥方である。したがって、洗い物などは召使いに任せていたはずなのだ。それなのに、何のためらいもなく皿を洗っている。
その後ろ姿を、ジョーは複雑な表情で見ていた。すると、ジャックがそっと耳打ちする。
「ねえねえ、お母さんってあんな感じなのん?」
「知らねえよ」
吐き捨てるような口調で言うと、ジョーはぷいっと目を逸らした。一方、ジャックはほのぼのとした表情である。
「うん、なんかいい感じなのんな」
◆◆◆
その頃、ホワイト家では──
「お嬢様、面白いことがわかりました」
スケードの言葉に、クリムヒルドは不快そうな表情を浮かべる。
「こっちはイライラしてるのよ。本当に面白いことなんでしょうね?」
「はい。あのインジャン・ジョーですが、どうやらシレーヌ・ロランと何か繋がりがあるようです。ロラン家の屋敷に出入りしているところを見かけた者がいるとか」
「シレーヌの!?」
叫んだ直後、クリムヒルドの顔に笑みが浮かんだ。
「王妃の腹違いの妹と、ベルサーユでも名うてのゴロツキ……果たして、どんな関係なのかしらね。明日、じっくり聞いてみるわ」




