悪女無用(2)
翌日、シレーヌはいつものように登校した。ジャックも、影となり学園内に侵入している。
校門をくぐり、廊下をすたすた歩いていたシレーヌ。しかし、そこで思わぬ光景に出くわした。クリムヒルドとその取り巻きたちである女生徒たちが、セーラを取り囲んでいるのだ。
「セーラさん、どうなさったのかしら?」
笑みを浮かべ尋ねたクリムヒルドに、セーラは怯えた表情で答える。
「い、いえ……すみません、ここを通らせてください」
「おやおや、こちらに何の御用かしら?」
「あの、倉庫の備品を整理しなくてはならないのです。どいていただけると……」
そう、クリムヒルドと取り巻きの女生徒たちは、セーラの行く手を阻んでいる。これでは、セーラは前進も後退もできない。
しかし、クリムヒルドらに彼女を解放する気はないらしかった。
「まあ、大変ですわね。そういえば、あなた以前はここの生徒だったのよね?」
「は、はい」
「聞いたところでは、入学試験はトップの成績だったのよね。凄いわ」
「いえ、それは、その……」
「あら? 違っていたかしら? わたくしが間違っていたとでも言うの?」
「ま、間違いではないです」
「そう。では、ご自分の口で仰ってくださらないかしら? 私はトップの成績で入りました、と。それは、誇るべきことではなくて?」
「それは……」
そこで、セーラは唇を噛みしめる。彼女にとって、そんな過去の話など誇らしくも何ともない。むしろ、今の境遇を考えると惨めになるだけであった。
しかし、クリムヒルドはお構いなしだ。むしろ、セーラの苦しみを己の喜びに変えているかのようであった。
「嫌だというの? なんか、わたくしがあなたをイジメているみたいじゃない。皆さん、わたくしはセーラさんをイジメてると思う?」
言いながら、クリムヒルドは大袈裟な態度で取り巻きたちを見回した。
その場にいた女生徒たちもまた、芝居がかった表情で首を横に振る。
「いいえ、そんなことはありませんわ」
ひとりが言うと、もうひとりが追随する。
「そうよねえ。入学試験トップだなんて、わたくしには無理ですもの。素晴らしいわ」
嫌味ったらしい声音であった。言葉により、セーラをどんどん追い詰めているのだ。
シレーヌは、思わず拳を握りしめた。できることなら、今すぐあの場に乱入し全員を殴り倒してやりたい気分である。
しかし、シレーヌはその気持ちを必死で押さえていた。ここで暴れたら、かえって逆効果だ。クリムヒルドが被害者になってしまう。
その時、セーラが泣きそうな顔で口を開く。
「わ、私は、トップの成績で入学しました」
どうにか言い終えると、そのまま立ち去ろうとする。だが、クリムヒルドに腕をつかまれた。
「それにしても、不運なこともあるのね。トップの成績で入学したというのに、貿易商のお父さんが海賊に殺されてしまうなんて、本当に可哀想だわ」
言いながら、哀れむような表情で見つめる。
途端に、セーラの体が震え出した。彼女は、両親の死を知らされてから、まだ四ヶ月ほどしか経っておらず心の痛手は癒えていない。今でも、夜にひとり涙を浮かべることもあった。
その事実を、他の生徒たちの前で口にされる……それは、セーラの心を深く抉る行為だった。
そして、クリムヒルドもその事実を理解していた。にもかかわらず、同情するふりをしながら、さらに心に刃を突き立てていく。
「そして、今は学園の召使い……ああ、なんて哀れな話なのかしら。セーラさん、困ったことがあったら何でもわたくしに言ってちょうだい。できることがあったら力になるわ。あ、でもドレスが汚れるようなことは勘弁してね」
その言葉に、取り巻きたちもクスクス笑う。
と、そこで何かが飛んできた。黒い何かが、クリムヒルドの顔を掠めて床に落ちる。
クリムヒルドの表情が一変した。優しき令嬢の仮面が剥がれ落ち、凄まじい形相で周りを見回す。
そこにズカズカ歩いてきたのはシレーヌだった。にこやかな表情で、クリムヒルドにペコリと頭を下げる。
「あら、御免あそばせ。つい、手が滑ってしまいましたの」
そんなことを言いながら、女生徒らの輪の中に歩いてくる。途端に、女生徒らは道を開けた。さすがに、腹違いとはいえ王妃の妹に逆らうほどバカではない。
シレーヌは、床に落ちた自身のカバンを見下ろす。
直後、セーラを睨みつけた。
「セーラ、わたくしのカバンを拾って持ってきなさい」
「えっ?」
セーラは、突然の出来事にキョトンとしている。すると、シレーヌは彼女に顔を近づけていった。
「わたくしの言ったことが聞こえなかったの? なら、もう一度言ってあげる。わたくしのカバンを拾って、持ってきなさい。それとも、わたくしの命令が聞けないというのかしら?」
「い、いえ! そんなことはありません!」
そう言うと、セーラはカバンを拾い上げた。シレーヌに渡そうとしたが、彼女は既に歩き出していた。しかも、異様な早足だ。あっという間に、クリムヒルドたちから離れていく。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
セーラは、カバンを抱え慌てて追いかけていった。そんなふたりの後ろ姿を見ながら、クリムヒルドは憎々しげに呟く。
「手が滑った、ですって? ふざけた真似をしてくれたわね。王妃の妹だからって、調子に乗って……次の獲物はあんたよ、シレーヌ」
しばらく歩いたシレーヌは、そっと振り向いた。もう、クリムヒルドたちは視界から消えている。
「ここら辺でいいわ」
鋭い口調で言い、セーラからカバンを引ったくるようにして受け取った。すると、セーラのか細い声が聞こえてきた。
「あ、ありがとう、ございます」
「はあ? 何のことかしら。礼を言われるようなことなど、した覚えはなくてよ」
言い放つと、早足で去っていった。すると、ジャックが窓から顔を出す。ニヤけた表情を浮かべていた。
「お嬢様も、素直じゃないのん。ギュッと抱きしめて、わたくしはあなたの味方よ……とでも、言ってあげればいいのんな」
「くだらないことを言っていると、次の仕事はお留守番よ」
冷静に返したシレーヌに、ジャックの顔が歪む。
「もう、お嬢様のいけずぅ。でも、そこも魅力なのんな」
学園でシレーヌとジャックがそんな会話を交わしている頃、インジャン・ジョーはひとり非人街にいた。裏社会の情報に詳しい男が営む屋台のそぼに座り、小声で会話している。
「はあ? コンビクト族? なんだそりゃ?」
尋ねたジョーに、男は周りを見回しつつ答える。
「ああ。コンビクトは、もともと暗殺や護衛を生業にしていた戦闘民族なんだよ。一度はルフラン国王の怒りを買い滅ぼされそうになったが、ホワイト家が密かに奴らを逃したって話だ」
「じゃあ、今はホワイト家がコンビクト族を支配しているのか?」
「支配とまではいかないが、強い恩義を感じているのは確かだ。今では、ホワイト家のために七人のコンビクト族が動いてるって話だよ」
聞いているジョーは、渋い表情になった。極悪姫と、殺しの技に特化した七人のコンビクトとは……シャレにもならない。
「そのコンビクト族だが、当然腕は立つんだよな?」
「ああ。いろんな国の武術や戦闘術を取り入れて、子供のうちから修得させてるからな。あと、ヤバい薬を飲ませたり、強い催眠術で体を強化してる奴もいるって話だぜ」
「わかった。また明日来るから、何かわかったら教えてくれ」
そう言うと、ジョーは男に金貨を一枚手渡した。直後にスッと立ち上がり、音もなくその場を離れていく。
そんなジョーの後ろ姿を、じっと見つめている者がいた。
◆◆◆
やがて、ミンチン学園の授業が終わった。生徒たちは、自宅へと帰っていく。
クリムヒルドも、いつものように馬車に乗ろうとした時だった。スケードが、そっと囁く。
「お嬢様、薄汚い鼠が我々のことを探っているようです」
「そう。ならば、さっさと片付けなさい」




