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処刑令嬢シレーヌ・ロラン  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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11/13

薬品無用(6)

 夕方になり、教室で帰り支度を始めていたシレーヌ。周りには誰もおらず、残っているのは彼女だけだ。ジャックのバカ話に付き合っていたら、すっかり遅くなってしまったのである。

 その時、突然ジャックが教室に入ってきた。


「お嬢様! ヤバい気配がするのん! 気をつけて!」


「どうしたの!?」


 シレーヌは聞き返した。ジャックは、普段はバカばかり言っている。しかし、危機を察知する能力には長けているのだ。

 今のジャックの表情は、真剣そのものである。


「わかんないのん! 僕、見てくるっチャ!」


 言うが早いか、ジャックは窓から飛び出していった。

 途端に、校庭から凄まじい咆哮が聞こえてきた。シレーヌは、咄嗟に窓から飛び降りる。教室は二階だが、この際そんなことに構ってはいられない。

 

 校庭に飛び降りると、シレーヌはさっと受け身を取り着地した。が、その表情が歪む。

 校庭には、恐ろしい怪物がいた。ボルトと同じくらいの大きさであり、皮膚は緑色だ。長い髪は金色で、剥き出しの体は筋骨隆々としている。下半身に腰巻きのようなものを付けており、肩には人間を担いでいる。

 その肩に担いでいる者は、セーラだった。気絶しているのか死んでいるのか、ピクリとも動こうとしない。

 シレーヌの顔は、怒りで真っ赤になった──


「貴様! その子を離しなさい!」


 怒鳴った時、彼女の肩をつかんだ者がいる。ジャックだ。直後、耳元で囁く。


「お嬢様、落ち着くのん。ここで暴れたらマズいのんな」


 そう、ここでは人目がある。万一、ここで化け物相手に勇敢に戦う姿など見せてしまったら……学園の者たちの、シレーヌに対する評価が変わる。

 それは、闇の処刑人としては大きなマイナスだ。


 シレーヌの動きが止まった時、化け物ことハイドは動いた。野獣のごとき咆哮の直後、セーラを担いだまま走り出す。そのスピードは速く、馬でも追いつけないくらいだ。


「くっ!」


 拳を握りしめるシレーヌ。何の罪もないセーラが、目の前でさらわれた。にもかかわらず、何もできなかった……。

 そこで、ジャックがまたしても囁く。


「お嬢様、グズグズしてる時間はないのんな。化け物狩りの時間だっチャ」




 その頃、非人街では大変な騒ぎになっていた。診療所付近の住民たちを、モンドら憲兵が避難させようとしていたのだ。


「おら、お前たち。さっさと行け。でないと逮捕しちまうぞ」


 そんなことを言いながら、連れて行こうとするモンド。しかし、ここの住民たちは素直に言うことを聞いてくれない。


「はあ? 何で行かなきゃなんねえんだよ。この木っ端役人が」


 言い返したのは、八十は過ぎているであろう老人だ。ボロボロの布をまとい、顔は皺だらけだが体は元気そうだ。憲兵らに対し、怯む気配がない。


「だからぁ、ここは危険だって……」


 モンドが言いかけた時だった。突然、獣の声が響き渡る。

 続いて、飛び込んできた者がいた。緑色の巨体が、恐ろしい勢いで着地する。そう、ハイドた。肩にはセーラを担いでいる。

 さすがの住民たちも、これを見ては逃げるしかなかった。蜘蛛の子を散らすように、四方八方に逃げていく。

 入れ替わるように現れたのは、インジャン・ジョーだ。トマホークを構え、ハイドを睨みつける。


「てめえ何考えてやがる! その娘を離せ!」


 吠えたジョーを、ハイドはジロリと睨みつける。


「このリンゴ野郎……お前さえいなけりゃ、こんなことにはならなかったんだ」


 はっきりと、そう言ったのだ。


「ジョー、こいつお前の知り合いかよ!?」


 震えながら聞いてきたモンドに、ジョーが答えようとした時だった。突然、ハイドの拳が飛んでくる。

 ジョーは、すんでのところで飛び退いて躱した。だが、ハイドの攻撃は終わらない。立て続けに、岩のような拳が振り下ろされる。その攻撃を一発でももらえば、ジョーといえどひとたまりもない。ひき肉のように潰されてしまうだろう。

 しかし、ジョーとて並の戦士ではない。大柄な体に似合わぬ素早い動きで、右に左にと躱していく。今のハイドは、セーラを抱えていて片手しか使えない状態だ。そうなると、攻撃の軌道も見切りやすい。

 ハイドは苛立ち、セーラを脇に下ろした。直後、獣のごとき吠え声をあげる。


「遊びは終わりだ! 本気で行くぞ!」


 その時、駆けつけてきた者たちがいた。黒い仮面をつけ、黒いシャツとズボン姿の者が三人……シレーヌとモリアーティ、そしてジャックだ。

 

「ジョー! 大丈夫!?」


 シレーヌの言葉に、ジョーは頷いた。


「ああ。けどよ、こいつシャレにならねえぞ!」


「あなたは、セーラを連れてこの場を離れなさい! 後はわたくし達が引き受けます!」


「おい! それは──」


 言いかけたジョーに、シレーヌは囁く。


「今のあなたは素顔なのよ! わたくし達に任せなさい!」


 その時、ハイドが飛び上がった。ジョーめがけ、上空から拳を振り下ろす。どうやら、彼の狙いはジョーらしい。

 ジョーは地面を転がり、その攻撃を避けた。素早く起き上がると、セーラを担ぎ上げて走り出す。

 

「お前! セーラを奪う気か!」


 ハイドは吠え、彼の後を追おうとする。その時、銃声が響き渡る。モリアーティのピストルが火を吹いたのだ。

 高速の鉛弾は、ハイドの体内を貫く。さしもの怪物も、動きを止めた。殺ったか……と、皆が思った時だった。

 次の瞬間、ハイドの傷口から鉛弾が飛び出る。次いで、みるみるうちに傷がふさがっていった──


「バ、バカな……」


 普段、どんな状況であろうとクールに分析するはずのモリアーティだったが、今は呆然となっている。

 一方、ハイドは高らかに笑った。


「ギャハハハ! 初めて見る武器だぜ! だがな、そんなの効かねえんだよゴミクズが!」


 喚いた直後、拳を振り上げ突進していく。次の狙いはモリアーティか……と思いきや、シレーヌが突っ込んでいく。モリアーティに体当たりをして吹っ飛ばした。

 そこに、ハイドの拳が飛んでくる。シレーヌは、咄嗟に飛びあがった。ハイドの拳を、飛び蹴りの形で受ける。

 次の瞬間、シレーヌは吹っ飛んでいった。だが、着地と同時に、素早く受け身を取った。ダメージは最小限に押さえている。

 彼女は、確かにハイドのパンチを食らった。だが、食らうと同時にハイドの拳を起点にし、後方に思いきりジャンプしたのだ。彼女の卓越した格闘の技術あってこその芸当である。


「こしゃくな真似を……てめえら、全員殺す!」


 ハイドが怒りの叫び声をあげた時、モリアーティがピストルをブッ放す。弾丸は、ハイドの巨体に炸裂した。

 しかし、またしても弾丸が押し出される。直後、傷はふさがっていった──


「こ奴、不死身か!?」


 モリアーティの絶望的な叫びと対照的に、ハイドは勝ち誇ったような雄叫びをあげる。


「無駄無駄無駄ぁ! そんなもの効かねえ! いつまで繰り返すんだ! 学習能力がねえなぁ!」


 その時、背後からハイドの巨体に飛び乗った者がいる。ジャックだ。

 彼は細い刃物を取り出す。突き刺すことに特化した短剣であり、ジャックの愛用品である。

 その短剣を、ハイドの首筋に突き刺した。すると、一旦は傷口ができて血が流れる。

 しかし、傷はすぐにふさがった。


「このチビが! チョロチョロすんな!」


 声と同時に、ハイドは体をゆする。だが、ジャックはお構いなしだ。凄まじい速さで、何度も何度も突き刺していく──


「うわぁ! すっごいのんな! 何度刺してもすぐ治るっチャ! これ刺し放題なのんな!」


 ジャックの表情は恍惚としており、ハイドの再生能力に怯む素振りがない。それどころか、かえって喜んでいるようだ。







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