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第十五幕 お守りと絵馬

 あれからひと月後。

 俺は南町奉行所の前で待っている。


「おう! 銀次! 待たせたな」


 ようやく姿を現した保科はいつも通りのお気楽顔だ。


「お前本当に仕事してるのか? まともに働いていたらもう少し疲れが顔に出るだろう」

 そう言うと保科は笑って俺の顔を指さして言った。


「お前は真面目すぎるんだ! 今だって非番だというのに眉間にしわが寄ってるぞ? 怖い顔してたら子どもに泣かれるぞ。あっ……いつも泣かれてるか。あはははは!」


 こいつの無礼には慣れている。


 俺はまともに相手をするのをやめて歩き出した。保科はそんな俺の隣に来て話し出した。

「それにしても珍しいな。先生に会いに行くのに俺も連れてくなんて。免許皆伝のお前が道場に行くのはいつも一人だろう。少なくとも俺は連れていこうとしない。どういう風の吹き回しだ?」

「特に理由はない。ただお前を道場で思う存分叩きのめしたいだけだ」


 俺がそう言うと保科は顔をひくつかせて一歩離れた。

「お前……俺をなんだと思ってるんだよ。いつもそうだ。嫌なことがあると俺を叩きのめそうとする。しかも容赦ない。あれ毎回死にかけるんだぞ? 暫く木刀の痕が消えなくて大変なんだぞ?」


 俺は前を向いたまま素っ気なく言った。

「お前の為だ。いつまでも上達しないから」


 保科はため息をついてぶつぶつ言いながらも着いてくる。俺はそんな保科を見て久しぶりに頬が緩んだ。


 あれから椿殿のことを忘れたことは一度もない。市中を護衛しながら歩いた時の記憶。共に調査をしていた時の記憶。そして刃を交えた時の記憶。己の甘さゆえに斬れなかった時の記憶。どんな時もあの人は俺に真っ直ぐな目を向けていた。


『私の心を利用したのですか?』


 あの言葉が今も俺を蝕んでいる。そんなつもりはなかった。きっと再び顔を合わせても、あの問いの答えは出ない。


 俺は懐にある神田明神のお守りを取り出して見つめた。


「ん? 銀次。お前そんなお守り持ってたのか?」


 保科に言われて俺はすぐに懐にしまった。

「まぁな。お前には関係ないことだ。」


 しつこく聞いてくる保科を適当にあしらっていると、ふと思い出した。

 そういえば、神田明神の絵馬にあの人は何か書いていた。なんと書いたのだろう。





 道場で久しぶりに先生の顔を見て、保科を思う存分叩きのめした後、伸びている保科を置いて一人神田明神へと足を運んだ。日が暮れてきているから境内にはほとんど人がいない。茜色の空を眺めつつ絵馬のところに来た。


 多くの絵馬が飾られていてどれだったか全く記憶がない。

 片っ端から探すのも馬鹿馬鹿しいと思い、諦めて去ろうとすると一枚の絵馬が目に入った。それは真新しく飾られたばかりの物だった。手に取り、書いてある文字を追う。


 カラスがどこかで鳴いている。

 

 俺はそれを元に戻して新しい絵馬を買い、筆を走らせた。そしてそれをさっきの絵馬の隣に飾って帰路に着いた。

 茜色だった空がじわじわと藍色に溶けていった。





『道はたがえど心は常にそこにある 再びまじわることのない貴方へ』



『再び道がまじわることを願う 愛する貴女へ』



最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


瀬田銀次と椿の物語を書き上げることができたのは、読んでくださる方々がいるからです。この長さの連載を完走できたのもこの作品が初めてです。感無量です。


実はこの物語、外伝の短編が先に生まれ、そこから本編へと広がっていきました。


もし楽しんでいただけましたら、評価やレビュー、感想を贈っていただけると励みになります。

この後の外伝も合わせてお楽しみいただければ幸いです。

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