第十三幕 早朝密会
私は朝早く筆頭同心の中村と共にお奉行の部屋に来た。早朝に呼び出されたのだ。
部屋に入ると、お奉行と瀬田がいた。私は何事かと思いながらも中村と共に座った。
「すまんな小西、中村。お主らに相談があってな」
お奉行はいつも通りの口調だが、顔色はよくない。瀬田も黙ったままだ。
「いえ。構いませぬ」
中村の返答に私も続いた。
「お奉行。相談というのは……?」
するとお奉行は難しい顔をしながら話し始めた。
「実はな……椿殿の事だ」
椿殿?
「昨夜椿殿が俺のところに来てな……『ご迷惑をお掛けしました。刺客は排除することができたので大和へ帰ろうと思います』と言ってきた」
私は思ったことをそのまま伝えた。
「お奉行。刺客はまだおるやもしれません。それに体調も優れないまま大和へ帰すのは早計かと」
中村も同意見だったのか隣で頷いている。
「あぁ。俺もそう言った。だが椿殿の決意は固く言いくるめられなかった。今日の昼にでも出立すると言って聞かんのだ」
私はどうも胸騒ぎがして口を開こうとしたら、瀬田が先に声を発した。
「昨日、南町奉行所の者から聞いたのですが、例の辻斬りが品川宿の外れで見つかったそうです。何者かに胸を一突きに刺されて息絶えていたと」
私は首を傾げた。
代わりに疑問を口にしたのは中村だ。
「瀬田。お前急に何を」
「そしてこれが……恐らくその犯人のものかと」
中村の言葉を遮るように言葉を続けた瀬田は、懐から折りたたまれた紙と例の小針を出した。
私も中村も訳が分からずにいるのを見て、お奉行がため息をついた。
「順を追って話そう。小西、中村。これから話すことは、ただの憶測にすぎない。真実は犯人に問うしかないのだ。良いな?」
私と中村は静かに頷いた。
「まず、南町奉行所が辻斬りを追っていた。その辻斬りは、商人二人と飛脚一人を殺した罪に問われており、身を隠すために、とある高利貸し屋のところに転がり込んでいた。だが突然姿を消した」
「はい。その通りにございます。しかも飛脚が運んでいた文が紛失しているとの事」
私がお奉行の説明につけ足すと、お奉行は「そうだったな」と言った。
そして今度は瀬田が口を開いた。
「その辻斬りは、ある目上の者に会うために、綾部屋という反物屋で着物を見繕っています。急に身なりが変わったので取り逃がしたと思われます。綾部屋で手に入れた布の切れ端と、昨日見つけた辻斬りの着物が一致しているのは確認済みです」
「ではその辻斬り事件は解決……ということ……」
中村の問いに瀬田は「いいえ」と短く答えた。
私も中村も顔を見合せてしまった。
「その辻斬りは恐らく、会いにいった目上の者に殺されたと思われます」
その言葉を聞いて、私は整理が追いつかなくなった。
辻斬りは商人と飛脚を殺して逃げ回っていた。そしてその目上の者に会いに行って殺された。なぜ身なりを変え、監視の目をくぐり抜けてまでその者に会いに行ったのか……。
私は疑問を瀬田にぶつけた。
「その辻斬りはなぜ殺された?」
瀬田とお奉行が視線を交わした。そしてお奉行が頷くと瀬田が再び口を開いた。
「辻斬りの本来の目的は、飛脚が運んでいた文。商人は巻き添えを食らったと思われます。そしてその文を渡しに行き、始末された」
「なぜわかった?」
中村が問いただすように瀬田に聞いた。
瀬田は深く息を吸い、しばしの沈黙の後、言葉を発した。
「辻斬りの転がり込んでいた高利貸し屋、そしてその取り巻きは、全員毒殺されました。この小針で」
私は、小針のことを知らないであろう中村にあの時のことを説明した。
その説明に納得した中村を見て、瀬田は続けた。
「しかし辻斬りは心の臓を細長い物で一突き。毒殺事件と無関係であると見せたかったのでしょう。行方不明であった辻斬りが昨日見つかったのも、時期を見計らっていたからです」
「毒殺事件と辻斬り事件は繋がっていたのか!」
中村が興奮した様子で言うと、瀬田は静かに頷いた。
「その小針の毒の出どころは? 辻斬り殺しの犯人は何者だ?」
私の問いに、瀬田は一瞬顔を曇らせた。
「あの毒は希少なもので、知り合いの医者によると京の宮廷で使われたものと同じだそうです」
「宮廷……?」
私の言葉に瀬田は頷いた。
「表沙汰にはなっていませんが、裏では松永が関係していると」
私も中村も、その名を聞いて、息を止めてしまった。
「つまり……松永の手の者がその高利貸し屋を始末した。あの辻斬りもそうか?」
「恐らく」
私の問いに顔色一つ変えずに瀬田は答えた。
私の嫌な予感は当たってしまったようだ。
俯いて、この嫌な感覚と向き合う。障子の外から入ってくる明かりが白みを帯びていく。遠くで朝採れのあさり売りの声が聞こえる。
中村が首を傾げながらポツリと言った。
「結局この紙切れはなんだ……?」
すると、今まで黙っていたお奉行が紙を手に取り、横に広げて見せてきた。紙には落書きのような線が書かれている。
「これは南蛮の文字だ。内容はわからないが、ある一部の裏組織で使われている暗号だ。これがうちの記録部屋の壁穴から出てきた」
「奉行所の壁からですか?!」
中村が驚くのも無理はない。私は冷たいものが背中を伝ったのを感じた。
「奉行所の内部に松永の手の者が……。辻斬り、毒殺事件を繋げる犯人がいる……そういうことですね?」
お奉行が頷くのを見て、中村が息を呑んだのがわかった。
ここまでの話で、すべての出来事がある人物に結びついている。認めたくはない。だがこれが真実なのだろう。
「小西も中村も、もう察しはついているだろうが……俺がさっき言った犯人というのは椿殿だ。どうやってこの役宅から抜け出したのかはわからない。若侍の格好をした姿を一度だけ瀬田が目にしただけだ」
「若侍?」
中村の問いに瀬田が答えた。
「はい。似ていると思い、追いかけている途中で毒殺現場に行きつきました。そしてこの小針を」
私の頭の中では点と点が結びついていく。だが一つまだ繋がらない物がある。
「椿殿を狙っていた刺客については?」
お奉行は腕を組み、悩ましげな顔で黙った。そしてゆっくり話し始めた。
「こればかりは証拠がない。だが、刺客の動きを常に椿殿の側で見ていた瀬田が言うのだ。間違いないだろう」
私は視線を瀬田に向けた。
「あの刺客は恐らく、椿殿自身が用意した目くらまし。自分が狙われていると見せかけて、奉行所の捜査の様子を窺っていたのかと」
私はそこで初めて気づいた。瀬田が拳を強く握っていることを。
理解できない箇所あれば教えてください。
この場面は一番時間かけました。種明かしが難しい……。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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