第十二幕 障子の壁
刺客が目の前で自害した。
私はあの時の光景が頭から離れないのだ。食事も喉を通らない。
覚悟はできていたはずなのに……。
懐にあるお守りを取り出して眺める。
初めて銀次様と神田明神に行ったときのことを思い出す。自分でも笑ってしまうほど舞い上がっていた。一瞬でも、一人の人間として生きていた。こんな姿……父上がいなくてよかった。
全て終わった。あの袴も捨てたし、駒も全員死んだ。穴も塞いだ。ただあれだけは始末できなかった。恐らく……。
ふと人の気配を感じて息を潜める。障子越しに誰かが座った。
「椿殿。瀬田です」
私は潜めていた息をゆっくり吐きだして声を出した。
「……銀次様……いかがされましたか?」
自分でも驚くほど小さな声だった。
「少し外の空気に当たりにいきませんか? 某が護衛します」
私はお守りを握った。
「申し訳ございません」
返事はなく、立ち去るかと思ったらまだそこに気配を感じる。
私はゆっくり立ち上がり、障子の側に座った。薄い障子一枚隔てた向こう側にいるのに、私はそれを越えることができない。
「銀次様……」
「はい」
いつもの凛々しい声。
「事件の調査はいかがですか?」
「小針の毒は希少なものでした。入手経路はわかりません」
分かり切っていることなのに、取り留めもない言葉で引き留めてしまう。
「あの浪人は……見つかりましたか?」
「いいえ」
もう一人の私が探るように聞く。
それを押し殺そうと胸の前でお守りを握る。
「椿殿。あなたは……松永家と関わりがありますか?」
私はきっとその言葉を待っていたんだ。
「……はい。松永の娘です」
私は歪んでいく視界の中、お守りを眺めながら答えた。
「そうですか……。大和にはいつお戻りに?」
答えたくない。どうかこのまま……。
「三日後には」
その言葉と同時に私はお守りを懐にしまった。
「お気をつけて」
銀次様はそのまま行ってしまった。私は障子に手をかけて……やめた。
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