第五話 スキュラ
魔界に行くには海を渡る必要がある。幸い、そんなに離れた距離ではない。
しかしこのご時世、魔物が出没するらしく、危険なので航海していなかった。
──
「イカダを作るしかなさそうですねぇ」
「道化師、魔法とかで船くらい作れないのか?」
「魔法とは精霊の力を一時的に借りる物ですよ。船の精霊はさすがに聞いた事ありませんねぇ」
嫌味っぽく言い放つ。
「ご自分で作ってはいかがですか?」
挙げ句の果てには丸投げ。
(王子とあろう物がしょぼいイカダで……そもそもちゃんと作れるのか?)
取り敢えず、イカダの材料を手に入れるために近くの木を切り倒す事にした。
「とうッ!」
大きく振り被って木の幹に剣を叩き付ける。……そこには、3cmの傷が付いているだけであった。
道化師が大きなため息をつき、腹の立つ顔で首を横に振る。
「王子……包丁でまな板が切れますか?近くの伐採場から木を分けて貰いましょう」
「あっ……そ、そうか」
(頭が回るのが妙に腹立たしい……)
──
イカダが完成した!
借りた木とロープで簡単に作った物だが、帆も付いており、船を漕ぐためのパドルも付いている。
「風向きは追い風。……渡るなら今の内ですね」
「さあ、出発だ!」
重いイカダを海へ移動させる。水面を滑るようにして動いた瞬間は、感動物である。
「凄い、ちゃんと浮いてるぞ!」
「王子もしっかり漕いでくださいね」
チャプチャプとパドルで漕ぐ音が心地良い。風も清々しく、気分はゲームの冒険者だ。
──
しかし、喜んだのも束の間、空が曇ってきた。波も荒れ、雨も降る。
(こ、これはまずいぞ……)
イカダの下に巨大な黒い影が現れる。
「わわっ!な、何だこれは……ッ!?」
「これは、まさか……」
その黒い影は段々と水面に近付いて行き、正体を露にする。
──イカダの何十倍も大きい、スキュラが出現した。
航海していない理由がこれだったのだ。
スキュラは上半身が美しい女性で、下半身がタコのようになっている魔物だ。髪が全て紫の触手になっており、ぬらぬらと妖しくてかっていた。
「うふふふ……さあ、楽しみましょ……?」
スキュラは下半身の触手をにゅるりと動かし、ニッタリと笑った。
雨はより一層激しい物となって、スキュラの動きも活発な物となる。
「うわーッ!」
太い触手を振り上げたかと思えば、イカダに向かって力強く振り下ろされる。イカダはいとも簡単にバラバラになった。
「道化師、道化師ー!」
「おやおやおやおや」
「クスクス、焦っちゃダメよ?」
二人は呆気なくスキュラの触手に捕まり、絡まれた。ぎゅうぎゅうに巻かれて身動き一つ取れない。
そしてそのまま、海に叩き付けられる。息を大きく吸い込む暇さえ与えられない。
(ぐっ……、息が……!)
段々と息が続かなくなり、もがきたくなるような苦しさに見舞われる。が、触手でぎゅうぎゅうに巻かれているのでもがく事も出来ず。
「そぉれ」
スキュラは海の中の岩に二人を叩き付けた。王子は苦しくて口から空気と血を吐いてしまう。
(しまった!)
吸っても吐いても水、水、水。
(苦しい、苦 ゛しい、ぐるじい!)
何をどうしても逃れられない苦しみの連鎖。どうやら、血の匂いでサメも寄って来たようだった。
(もう、ダメ……だ……)
──王子、死亡。
スキル“不死”発動。蘇生。
スキル“不死”で死ぬ事は許されず、ひたすら苦しみが続く。
道化師も水中では魔法の詠唱はできないだろう。
絶対絶命──
その時。暗雲から一筋の光が海に落ちた。
そう、雷である。
「キャアアー!」
スキュラやサメは感電し、瞬く間に去って行った。
追い討ちをかけるように体中に電気が走り、感電する王子。ピクピクと痙攣して海に浮かぶ事しかできなかった。
「王子!」
同じくボロボロの道化師が王子を担ぎ、冷える体と薄れゆく意識の中、イカダの破片だった丸太に掴まり、波に揺られる。
──
「……王子、王子」
気が付くと、浜辺に打ち上げられていた。
地平線の向こうに見えるのは、ナーロッパ王国。という事は、ここは魔界の入り口。
どうやら向こう岸に流れ着く事が出来たようだった。
「ああ、良かった……目が覚めたのですね。この道化師が付いていながら、王子の身に何かあれば鞭打ちの刑ですからね」
何か無い時の方が珍しくないか……? とツッコミを入れる王子。
「何はともあれ、一件落着。魔界の入り口に着いたという事で、次に目指すは……魔界の洞窟、ですねぇ」
「ちなみに、今のボクのレベルは?」
「リョナ経験値がたっぷり貯まって、レベル4になったみたいです」
(しょぼい……)
二人は魔界の洞窟を目指す。




