第六話 アラクネ
気味の悪い静けさ。足音だけがこだまする。二人はランタン一つで真っ暗な洞窟へと入って行った。
──
「うわ、何だこれは……」
王子が見た物は、自分の身長より大きい蜘蛛の巣。蜘蛛の巣が無い道を探して壁をランタンで照らしたが、一面蜘蛛の巣だらけだった。
「おやおや、厄介ですねぇ。でも、ここを進まないと魔王のいる城へは行けませんよ?」
魔界へ着き、この洞窟を抜けると魔王の城へ続く。
(嫌だな……)
王子は仕方なく剣で蜘蛛の巣を切って進んで行く。剣身が糸まみれでネバネバだ。
(こんな大きな蜘蛛の巣だ。そうとう大きい蜘蛛が住んでるぞ……)
洞窟の先には光一つ見えず、入り口の光も随分遠くなった。
それでも蜘蛛の巣は続き、王子達の足を絡め取っていく。
「……これ、まずいんじゃないか。道化師?」
「ええ……剣で完全に切る事は出来ませんからねぇ」
何度も切り進んでいるが、出口が見える気配は無く、剣は蜘蛛の糸で完全にぐるぐる巻きになっていた。
「……足が、動かなくなってきた……」
同じく足も蜘蛛の糸でぐるぐる巻きになっており、足を前に出すのがやっとだった。
「ワタシは王子の後をついて行ってるので、平気ですけれどね」
「ふ、普通、こういうのはお付きが先に行くんじゃないのか!」
「まあまあまあ」
「何が“まあまあまあ”だ!」
「あっ──」
二人が漫才をしているその時、王子は足元のバランスを崩して倒れ込んでしまった。
──大きな蜘蛛の巣の上に。
(しまった!)
「うう、気持ち悪い……」
足、腕、腰、頭と蜘蛛の糸が絡み付き、完全に身動きが取れなくなった。
「道化師、道化師、何とかして!」
「おやおや、王子ともあろうお方が糸まみれになって、歩けもしないなんて……みっともない姿ですねぇ」
道化師はいつもの通り、助けずにニヤニヤしてるだけだった。
「いいから助けろッ!」
「ああ、王子いけませんよ」
怒りからついもがいてしまうが、もがけばもがく程ネバネバと糸が絡み付いてしまう。身体中がネバネバだ。
「ほぉら、言ったこっちゃない」
道化師は満面の笑み。
王子が悔し涙を浮かべたその時。
「うふふ……かわい子ちゃん見っけ」
真っ暗な洞窟の奥から現れる影。それは上半身が女性、下半身が蜘蛛のアラクネだった。蜘蛛のお腹の裏、足の機能美はそのままである。
「か、かわい子ちゃんじゃない。男だ!」
「あら、これからあなたは男じゃなくなるのよ」
(何を言っているんだ……?)
アラクネはゆっくりと近付いていき、王子の耳の横で吐息混じりに囁いた。
「──ママになるの」
そう言うとアラクネは王子の体の上にのし掛かり、産卵管を顔に近付けた。
「なっ、何をするつもりだ!?」
頭は蜘蛛の糸でしっかり固定されており、顔を背ける事が出来ない。段々と近付いて来るグロテスクな管は王子の小さな口に無理矢理入った。
「ん ゛ん! ん ゛んん!」
「入った♡」
それは口の中でうねうねと動き、喉を突いた。反射で引き抜こうともがくが、どんどん蜘蛛の糸に絡まっていく。
(苦 ゛しい、ぐるじい!)
ごりごりと喉の奥を突かれ、苦しさで涙と涎をだらし無く垂らす事しか出来なかった。
「さあ、受け止めてね……」
アラクネはそう言うと、ぐっと王子の頭を掴み、管を一気に喉の奥まで突いた。
「お ゛ごぉ!」
「出る──ッ!」
ごぷっ、ごぷっ、と音を鳴らし、王子の喉の奥に次々と卵を生み付けた。
管を一気に引き抜かれ、喉に激痛が走る。
「おぐ……ごッ、げほ……!」
(嘘……だろ、これ、くるしい……ッ)
ごそり。
お腹の中で何かが蠢く感触があった。その瞬間その意味を理解し、吐き気が込み上げてくる。
(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!)
「おごッ、ぐぷ……ごぇぇッ!」
激しい水音と共に現れたのは、胃液と……大量の小蜘蛛。
「おめでとう、あなたはママよ!」
「あ……、あ……」
子蜘蛛達はママー! ママー!と鳴いた。
王子は青ざめ、呆然とそれを見る事しか出来なかった。
「その顔、ゾクゾクするわぁ」
「同感ですねぇ。……と、そろそろ良いですかね」
「あら?何かしら?」
道化師はアラクネに手を突き出し、次の言葉を言った。
「──火炎!」
「ギャアアア!」
アラクネと子蜘蛛、蜘蛛の巣は放たれた炎で焼き尽くされた。……もちろん、王子も。
──王子、死亡。
スキル“不死”発動。蘇生。
「……と、雨雫」
辺りの炎は消え去った。
王子は気力を無くし、ぐったりとうなだれる。
「大丈夫ですかねぇ?」
(うっかり殺しちゃいましたけど、リョナ経験値も良い具合に貯まり、レベルも5になりましたね……)
「……えぐっ、げぼっ!」
水音を立て、再び嘔吐する。子蜘蛛が数匹出てきた。道化師はそれを踏み潰す。
「──かはっ、はぁ、はぁ……」
「よしよしよし」
道化師は、王子が落ち着くまで背中をさすった。
洞窟を抜けるのはまだまだ先になりそうだった。




