二十二
「イーベルスラ様のご加護がありますように」
「イーベルスラ様のご加護がありますように」
目の前を歩いて行く魔王信仰の信者たちに、箒で床を掃きながら挨拶をする。
魔王を信仰しているのだから、どんな地下組織かと思っていたが、祭祀場を見る限り不穏な空気はない。それどころか、余りにも公に建てられているもんだから、自分が今何をやっているのか分からなくなっている。
「魔王信仰の信者となって、早三週間か。今じゃ、信心深過ぎて一階級上がりそうな勢いだ」
「これも仕事だ。割り切ろう」
愚痴を垂れるフリオを慰めるように、考えとは裏腹な言葉を吐く。
レグレス第二王子とルウ王子の願いを聞き遂げ、かつ魔王誕生の察知を速くするためには、中に侵入するしかなかった。
ただし、中に入るだけでは魔王の核となる人間に会うことなどできる訳もないので、信心深い人間を演じるために、今は魔王信仰者たちの下っ端として生活している。
アリル王子は王族のため、さすがにこんな危険な任務に就かせる訳にはいなかい。しかし、こんな危険なことを俺たちだけでできるはずもなく。
そんなことを考えていたら、ルウ王子から朗報――というか、アリル王子が持って来た。
それは、ルウ王子が事前に魔王信仰会に自分の部下を潜入させている、という話だった。お陰で何も躓くことなくこうして信者の一人として問題なく生活できている。
それどころか、両親が居らずスラム育ちのフリオは、他の奉仕児たちと仲良く過ごしており、俺よりも一歩先へ行っている感じだった。
そして、俺たちの脇を通り抜けて行く時、信者たちが口々に呟いていた、『イーベルスラ』とは前魔王の名だ。今は魔王を誕生させるための下準備をしているので、彼らの信仰対象は前魔王となる。
「精が出ますね。無理はしていませんか?」
真剣に掃除をしている俺たちに声をかけて来たのは、俺たちと同じ奉仕児――と言っても20歳を過ぎた青年だが――として勤めている男性だ。
名は、オリオ。ここへ来たのは4年前で、それまでは教会にて奉仕児として過ごしていたらしい。しかし、どういった奇縁の巡り合わせか、今は魔王なんぞ信仰している。
俺から見ても、よくできた人間で、よくできた魔王信者だ。
「はい。オリオ様のお陰で、問題なく過ごせています」
「イーベルスラ様が我々を見守って下さるお陰で、このように健やかに過ごせています」
笑顔で答えると、オリオはつられるように笑顔になった。
どんな経歴か分からないが、オリオは表情を作るのが下手だ。何かあったんだろうけど、俺たちはおろか他の仲間にも話していないそうだ。
そもそも、オリオは中枢に位置する人間なので、その辺りの人間じゃないと中身の話はしないのかもしれない。
「もうすぐお昼ごはんですからね。あと少し、頑張りましょう」
「「はい」」
室内なので、煩くならない程度に元気よく返事をした。
★
「本日の収穫は、何も無し」
二段ベットの上に転がり、誰に言うでもなしに呟いた。
「何もないことこそが、至上の喜びと知れ」
「されど、人は喜びなき世界に意義を持たぬ」
「我は願う。世界の浄化の楽園を」
「……いきなり、世界を壊すなよ」
フリオが初めに言った文句は、教会でよく言われている言葉だ。次の俺の言葉は、カウセス王国で有名な大道芸人の言葉。最後にフリオが言ったのは、この魔王信仰会で唱えられている言葉だ。
内容を説明せずとも、真面な組織とは思えない言葉だ。
「そういや、お前、今日は何で呼び出されたんだ?」
「奉仕児から格上げで、祭祀場内部清掃員だそうだ」
「あっ、なるほど」
祭祀場外部の清掃が終わった後に、珍しく幹部連中から声をかけられた。それは、祭祀場の外部清掃員から祭祀場の内部清掃員への異動だった。
初めは、祭祀場の中の掃除ということで、なぜ俺の様な入信して間もない人間が……と思ったが、掃除だけであれば入信直後から祭祀場に入れるらしい。
なので、特に格上げということもない。ただし、これで動きやすくなるのは間違いない。
「でも、分かれるのはちょっと怖いな」
「だな。俺はそれほど目端が利くわけじゃないから、当分、外の掃除だ」
二人一緒に入信したことから、フリオと俺はいつも同じところを掃除していた。しかし、次回から分かれることになった。
それと、さきほどフリオが言った「目端が利く」とは、俺が侵入者――侵入しようとしていた奴を見つけたことが始まりだ。
祭祀場外部と、外から入ってくる人たちを一番に見ることが出来る場所を清掃していたお陰で、怪しい動きをしている人間を見つけるにはとっておきの場所だった。
そこでおかしな動きをしている人間を、上の人間に報告したらそれがパルシオン王国の兵士だった、という訳だ。
やっちまった、と初めは思ったが、魔王信仰会の内通者にそのことをいうと、逃げられるように手配をしてくれるといっていた。だが、そのお陰で俺は幹部連中の目に留まったって訳だが……。
「まぁ、その内、一緒になるだろう。それより、とっとと魔王が生まれやすいようにお膳立てしないとな」
「あぁ、そうだな」
★
俺たちは孤児という体で魔王信仰会に入信したので、寝泊まりはそこで管理されている寮だ。
外へ出られるのは、何かを買いに行く時だけだ。だが、数人で買い出しに行くというのに、なぜかフリオとは別々の行動になっている。
最近分かったことだが、買い出しで一緒になっている人たちは、同室の人間が一緒にならないように組まれているようだ。
だから、俺は絶対にフリオと共に外へ出かけられるわけではない。ただし、月に一度か二度だけ、一人で外へ出られることができる日がある。
それが、墓参りだ。俺は、孤児ではあるが病気で両親を亡くしたみなしごという設定になっている。
教会に縋ることができず魔王信仰会にすがったのだが、墓は教会が管理する墓地にあるので、仕方なしに行くしかない、ということになっている。
初めの二ヶ月は監視のような人間が付いていたが、一日中墓の前で祈りを捧げていたら、いつの間にかそういった人間は見えなくなっていた。
遠くから見ているのかもしれないが、墓地に向かい祈りを捧げ続ける俺に心打たれた神父――に見せかけた、ルウ王子の息がかかった兵士に教会の中に誘われるようになってからは、完全に外との視線が切れた状態になっている。
もちろん、全ては作戦の内だ。こうでもしないと、俺が怪しまれてしまう。
「――というわけで、まだそれらしい動きはないな」
報告をすると、アリル王子が頷いた。その姿は豪奢な格好ではなく、平民と同じややみすぼらしい恰好になっている。アインも同じく、だ。
「贈り物は、まだ怪しまれていないか?」
「信心深い伯爵からの贈り物であれば、幹部連中は喜んで使っているよ」
贈り物とは、生きた牛や豚のことだ。魔王誕生には、何かしらの命が必要となってくる。
魔王は人が元となっているので、本来であれば人の命が一番いいとされる。しかし、戦争も行っていない国で人さらいが起きれば、それこそ問題だ。
市民の安寧を守るために、国が動かなければいけなくなる。それは、魔王信仰会としてもさけたいところだ。
そこで魔王誕生に興味がある伯爵の登場だ。これは、俺たちの方ででっちあげた伯爵だが、裏を取られても大丈夫なように本物の伯爵を使っている。
よく伯爵が引き受けたな、と思ったが、この伯爵は行きつく先は没落で、そのさらに奥に別の貴族が存在しており、そこから牛や豚が供給されているという寸法だ。
その奥の貴族というのが、ルウ王子だ。没落予定の伯爵は少なくない金を得るため、ルウ王子から貰う牛や豚をせっせと魔王信仰会に送り込んでいる。
ロンダリングというやつだ。
「フリオは上手くやっているか?」
「もちろん。愚直な兵士を演じているよ」
俺が祭祀場内部の清掃に異動したように、その後フリオも異動となった。それが、祭祀場を守る兵士だ。
兵士とは名前だけで、実際は警備が主だ。信者間で起きたイザコザを、それ以上飛び火しないようにするための。
潜入を始めてから四カ月という、短いようで長い時間で結構内部まで入り込めたと思う。
「分かった。あとは二人の時間だ」
そういい、アリル王子は教会を出て行った。代わりに、ヨウリがやって来た。
「お疲れ様。元気だった?」
「もちろん。初めは面倒くさい仕事ばかりだったけど、最近は自由時間も増えて来たよ」
そういうと、ヨウリは少しだけ、ムスッ、とした顔になった。
「間違っても、そのまま入信しないでよね」
「分かっているさ。帰る場所は決まっている。フリオも一緒にもどってくるさ」
いつもこんな会話から始まる。魔王信仰会に入信してから寮住まいとなり、ヨウリにもなかなか会うことができない。
月に一度か二度くらいしか会う機会がないのが辛いが、これはこれで絆が深められていいような気がしないでもない。
俺の仕事のせいで、慣れない土地で慣れないことをさせてしまい申し訳ないと思う。
しかし、それをいうたびヨウリは笑って答える。「大丈夫」と。
この笑顔のお陰で、魔王信仰会とかいう反吐が出るような組織でも頑張れる。もう少し。もう少しで、こんなクソ仕事が終わる。




