二十三
アリル王子たちが用意した牛や豚の世話をしていると、魔王信仰会の幹部たちから声をかけられた。
「そいつらも、祭祀場に連れて行く。今日は人手が足りないから、お前たちが連れてこい」
「分かりました」
ここのところ、最後の追い込みといった感じで末端の信者たちはいつも通りだが、上の連中は忙しく歩き回っていた。
俺とフリオは、その間に信者として色々と成果を積み重ねていくことで、上級信者の地位を手に入れた。
本当は、お布施といった金銭を上納しなければ上がれない階級だったが、幹部連中が嫌う人払いを確実に行ってきたので、俺たちはこの階級にいる。
少なくない命が散っていったが、それは未来の為と目を瞑った。それに、死んでも特に構わない奴らだったしな。
「魔王様の誕生は、いつごろ行われるのですか?」
前を歩く、魔王信仰会幹部の男に聞く。
俺たちの後輩が綺麗に磨いた石畳を、牛を連れて歩くのはこの祭祀場では見慣れた光景になっている。
それでも、いつもと違う人間が引いていれば多少は話の種になる。
ある者は羨望の眼差しで。ある者は嫉妬に満ちた眼差しで。
魔王が誕生したらどうなるか理解していない連中が、身勝手な想像で全てを語り合っている。
このまま行けば、皆死ぬというのに。
「――次の満月だ。すでに魂の器は満たされた」
静かに歩いていた幹部は、俺の質問に珍しく答えてくれた。その声には、何か満たされたような色に満ちている。
「今、私たちが曳いているのは、最後の仕上げ、といったところでしょうか?」
「そうだ。魂の器は満たされていればいるほど、その完成度が増す」
「その器というのは、どのような物でしょうか?」
「見たいというのか……?」
「ッ!?」
踏み込み過ぎたのか、幹部の声色は一気に険しくなった。
魔王信仰会に入信して半年。この短い期間で、お布施をすることなく上級信者へと上がって来た。それでも、まだ中のことを知るには早かったか。
「すっ、すみません。魔王様が誕生する瞬間を一目でも見ることが出来れば、子々孫々へ語り継げると思い……。大変、失礼しました」
申し訳ない、など微塵も思っていないが、牛を引きながらできる限り意気消沈させながら謝った。この謝り方は、信者連中がよく行っているもので、嫌な物を見に付けてしまったと、やってから後悔する。
「フン」
幹部は面白くなさそうに鼻息を荒くする。
「お前たちの仕事っぷりは、色々な者たちが評価している。出自を考えると、違和感を覚えるほどに色々なことに精通している」
「それは、ここを思えばこそ、です」
俺が答えるよりも早く、俺の後ろを牛を曳いてついて来ているフリオが答えた。
「我々は、ここに拾われていなければ、兵士になるか盗賊になるかの二択でした。体は昔から丈夫だったので、工房で職人の真似事から、自警団で兵士の真似事まで色々とやってきました。しかし、それでも生きることは辛かった。そこで手を差し伸べてくれたのが、この魔王信仰会です。我々は、ここに恩返しをしたい」
嘘偽りないような、俺ですら心配になる演技でフリオはつらつらと答える。
元スラム出身ということもあり、苦しい生活を辛い言葉で吐くのはお手の物のようだ。
フリオの言葉を聞いた幹部は、再び鼻を強くならすと「ついてこい」と重い声色で俺たちに言った。
★
普段であれば立ち入ることが禁止されている通路を歩き地下へ向かう。ひんやりとした空気が頬を撫でると同時に、咽るような血の臭いが鼻孔を刺す。
「うっ!?」
予想していなかった突然の臭気に、この程度であれば慣れているはずなのに呻いてしまった。
幹部も辛いのか、袖で口元を抑えて臭いを極力嗅がないようにしている。
「そいつらを中央まで連れていけ」
「はい」
どうやら、幹部はこれ以上中へ入ることは無いらしい。軽く返事をして、俺とフリオだけが牛を曳いて中へ入っていく。
俺たちが今まで祭祀場と思っていたところから、さらに地下にあるここは部屋――いや、部屋というかホール全体が青白く照らされている。
中央には、鎖で手足を拘束された人間が居た。その前には、叩き潰され肉塊になってしまった牛や豚が転がっている。
この濃厚な血の臭いは、これが原因だったようだ。
「まともじゃねぇな」
「あぁ。俺たちの時も、こんな風に生まれたんだろうな」
牛を曳いて中央へと向かう。さすがに、この空間が異常だと察知したのか、牛の歩みが遅くなる。
明らかに怯えて後ずさり逃げようとするが、それでは俺たちが困ってしまう。羽織っていた服を牛に被せてやり、視覚を遮断して強く曳いていく。
「珍しいな」
仮面をつけて誰か分からないようにしているが、こいつも上級信者だったはずだ。血の付いた、切れ味の鈍っている斧を肩に担ぎ、俺たちを見ている。
「はい。皆様、お忙しいらしく我々が担当させていただくことになりました」
「お前たちは、ここでも優秀な子供だからな。上の人間も目をかけてくださっている。これからもがんばれよ」
「ありがとうございます」
何者か知られないようにするための仮面だと思っていたが、声をかけて来たということは違うということだろうか?
何が呪術的な理由があるのだろうか?
「誕生の時は、お前たちも見学するんだろう?」
「まだ分かりませんが、上へ掛け合ってくれると聞きました」
俺がそういうと、男は仮面の下で笑った。
「俺からも掛け合ってやろう。その方がこいつも喜ぶ」
なるべく見ないようにしていたが、さすがに生贄になる奴くらい見ておかなければ、と思い仮面の男が斧で指す先――鎖で縛りつけられた男を見た。
鎖で縛られた男は、前に立った俺たちへ腐ったような濁り目を向けて来た。
俺たちが魔王信仰会に入信してから、何かと世話をしてくれたり気をかけてくれていたオリオだった。
虚空を見つめるその目はきのうしていないのか、俺たちを写していない。そもそも、写っていたとしても、俺たちが誰なのか理解しないだろう。
「ご苦労様です」
何を話していいのか分からなかったので、とりあえず労いの言葉をかけた。それが仮面の男のツボにはまったのか、声色に似合わず吹いていた。
「あとは、俺たちに任せておけ」
「はい。よろしくお願いします」
連れて来た牛を近くにあった金具に縛りつけ、外へ出て行った。
出入り口で待っていた幹部に連れられ、いつもの祭祀場へと戻って来た。
「ここで見たことは、他言せぬよう」
「分かりました」
俺たちが頷くと、幹部の男は去っていった。
★
夕方。ほぼ夜となった時間に外を見る。
寮付近には人影もなく、目視の範囲になるが人がいる気配もない。
「大丈夫そうか?」
「あぁ、問題ない」
目の良いフリオにも確認してもらい、俺は鳩を空に放つ。
伝書バト。行先は、あの教会だ。
魔王誕生の日取りは決まったので、それを伝えるために。




