二十
「これは……凄まじい思いがこもった呪いね」
献身の魔女は、俺の背に施された不死の呪いを見るなりそんなことを呟いた。
「暴虐の魔女――といったかしら?」
「はい。自らをその名で」
名というか、この献身の魔女と同じ二つ名だが。魔女にとって名――本名とは隠すものでああり捨てるものなので、俺たちも魔女の本名までは分からない。
「カウセス王国と違って、他の国では魔女は暮らしにくい。隠れて過ごしている魔女は多く居るから、私も全ての魔女を把握しているという訳ではないけど、これほどの呪いを施すことができる魔女であれば有名になっていてもおかしくない……」
「つまり、どういうことですか?」
「貴方が言ったことが本当なら、その暴虐の魔女は今後生まれてくる魔女の可能性の方が高いわ」
つまり、この呪いに関して今すぐどうこうすることが出来ないという訳だ。
「献身の魔女の見解で良いのですが、この呪いは生きていく上で問題はないのですか? ここへ来る前に、大教会にて祝福をしてもらおうとしたのですが、この呪いを理由に断られました。この呪いにより、カウセス王国が傾国する可能性。聖光により彼らに被害が及ぶ可能性はありませんか?」
横で話を聞いていたアインが、献身の魔女に問う。自分の出世――アリル王子にもしものことがあれば迷うことなく俺たちを切り捨てる、と言っていたが、普段でれば今まで通り心配をしてくれるようだ。
傾国は俺としても困るところだが、その前に聖光が降り注ぐ可能性があった。
聖光とは、個が対象となる解呪を、教皇クラスの人間が範囲指定で行う強力な解呪のことだ。魔族・魔獣を問わず、その範囲に入っている魔に傾倒した生き物全てを消し去る魔法。
まずできる人間が少なすぎるので仕方がないのだが、俺も一度しか見たことがない。
「この呪いはたいへん強力ですが、個人のみを対象とした呪いなので周囲に影響はありません。また、聖光による魂の浄化ですが、この呪いが強力なので逆に跳ね返すと思われます。この呪いを潰すほどの聖光であれば、他の人間の魂ごと浄化されてしまうでしょう」
献身の魔女の言葉に、俺もフリオも安堵の息を吐いた。魔族を倒すつもりで聖光をつかい、ついでに俺たちまで浄化されて死んでしまっては報われない。
「この呪いがかけられているのは、もうおひと方いらっしゃるということですが、そちらを見ることはできないのですか?」
「現在、別行動中なので無理ですね。何か気になることでも?」
アリル王子は、今ごろレグレス第二王子と共にこの国のルウ王子と面会中だろう。
魔王が誕生する可能性があるこの国で、魔王となるパルシオン王国国民を殺す許可も貰わなければいけない。
さすがに、レグレス第二王子とルウ王子の仲が良いと言っても、他国の兵士が自国で戦闘行動をすることに良い顔をするとは思えない。
「えぇ、そうですね。そちらの――フリオさんですね?」
名前を確かめられ、呼ばれたフリオは小さく頷いた。
「彼の方の呪いは、今もなお生きています」
「それは、死んでもまた元の――最初に戻って来た時と同じ時間、同じ場所に戻って来られるってことですか?」
対魔王戦において最も重要なことのため、フリオが聞き返したことを、俺も身を乗り出すように耳を傾けた。
「この呪いの発動条件は、呪いを施された者の死で間違いありません。しかし、戻ってくる時間と場所――起点となる物が何に由来をしているのか、私には分からないので何とも言えません。そもそも、この呪いの術式は似ている部分もありますが、基本の部分が違います。そのため、どのように稼働しているのか分かりません」
「それは、つまりどういう……」
要領を得ない言葉に理解を追いつかず、申し訳なさそうにする献身の魔女に質問した。
「これは私たちとは体系の違う魔法式で動いています。つまり、天才が自ら編み出した魔法です」
優秀な……いや、超が付いてもおかしくないくらい、献身の魔女は魔法使いとして優秀だと聞いていた。そんな魔女が、天才と呼ぶくらいなのだから、未来出会った暴虐の魔女がどれほど優秀だったのか。
そんな風には見えなかったが……。
「いや、でも、まだ使えるっていうのは嬉しいな」
「あぁ。また同じ日時に戻って来られるか――そもそも、今回は戻って来た日時が3人とも近かったのは偶然かもしれないけど、やり直しが利くのはありがたいな」
前回は他に方法がなく、退路が断たれた状態だったのでがむしゃらに行動した。あの時も、その一回で終わらせるつもりだったが、失敗した。
そう何度もやり直すつもりはないが、できることであれば今回で終わらせたい。しかし、それが叶わなかった時の、再び挑戦できるカードがあるのはたいへんありがたい。
「残念ですが、貴方――ユウトさん……でしたよね? ユウトさんの不死の呪いは、残念ながらその力を失っています」
「へっ……?」
献身の魔女の言葉の意味が分からなかった。言葉としての意味は理解していても、頭がそれを拒否している。
なんと言った?
「残念ながら、ユウトさんに施されている不死の呪いは、その力を失っています。残りの方の呪いも調べたかったので『こうだ』という理由は言えませんが、少なくとも生きている呪いが隣に居る状態で、見比べることができるので間違いありません」
「おかしいでしょ……? 俺とフリオは、ここに戻って来てから少しの――ひと月くらいしか離れていなかったんですよ? それなのに、俺の方の呪いだけ力を失っているだなんて。それに、力をうしなっているんなら大教会でなぜ祝福の拒否をされたんですか?」
「そのひと月の間に、フリオさんと違う行動をとられたか、そもそも不死の呪いが失敗していた可能性があります。大教会から祝福を拒否されたのは、背中の魔法式のせいです。なので、残りの一人の方を見たかったのですが……」
身を乗り出すように聞いていたが、体から力が抜けてしまったため、滑るように椅子へ深く座り込んだ。
「同じ魔女から同じ呪いをかけられて、同じ時と近い場所に戻って来たとしても、たった1ヶ月程度別行動しただけで呪いが解けることはあるんですか?」
別行動をしているアリル王子を案じてか、アインが献身の魔女に問う。
「無きにしも非ず、といったところですね。それに、これは呪いが解けたわけではなく、力を失っているだけです。その証拠に、まだ彼の背中には魔法式が残っていますから」
「どう違うんですか?」
「呪いが解ければ、刻まれた呪いは綺麗に消えるか、多少の痣となって残るだけです。しかし、ユウトさんのほうは魔法式が綺麗に残っているのに、フリオさんと違い稼働していません。可能性としては、発動条件が変わったかもしれません」
「死ぬだけで発動しなくなったということですか?」
「その可能性はあります。その場に居合わせていなかったので詳しくは語れませんが、フリオさんの不死の呪いは常に起動状態なので、今この瞬間にも首が跳ね飛ばされたとしても本人の意思とは関係なく生き返る――時間を巻き戻ることになります。しかし、ユウトさんの場合は発動条件が分かっていませんので、このままでは死んでしまった場合、そのまま落命します」
不死の呪いを施されたのは、3人とも同じだ。一人一人に行われたため多少の時間差はあっても、皆同じ部屋に居たので重く考えるほどではない。
そこまで考えて、祝福を受けに行ったとき大教会の司祭から言われた言葉を思い出した。
――魔女に誑かされましたか……――
変則的ではあるが、魔女から受けた呪いは不死といえなくはない。それに、好意的に見れば魔王に挑み死に続け、来るかも分からないチャンスを狙い続けるよりも、時間を遡り魔王の誕生を阻止するやり方の方が賢い。
だが、魔女はなぜそれを説明しなかった?
魔法は万能のように思われているが、その実様々な制約がかかっている。
不死という魔法があることは知っていたが、それをできる魔女は居ないと思っていた。そのため、それをできる暴虐の魔女の話に乗った。もう後がなかったからだ。
その時も、時間を遡るといった話は無かった。つまり、意図的に隠されていたとしか思えない。
なぜか。それは、司祭の言葉から暗に言われたと思った言葉。
『魔女の実験道具にされた』
何の確証もない、俺が導き出した答えになってしまうが、この可能性が高い。魔女は全て、目の前に居る献身の魔女のように善良な人間だけではない。
世界が滅ぶ間際にあっても、自身の命が脅かされていても、自らの欲望を優先させる魔女だっている。それが、暴虐の魔女の可能性もある。
「ユウト。これから、魔王と――まぁ、生まれる前の奴と殺り合うことになるんだけど、できそうか?」
フリオが心配そうに声をかけてきた。
そんなの、決まっている。
「問題ない。相手は魔王じゃない。いや、魔王になっている可能性があっても全盛期ではない。今まで後がない状態で戦い続けてきた。これからも関係ない」
とはいえ、祝福も受けられず不死の呪いも、無くなってはいなくても稼働していないとなると、この一戦で失敗できないということになる。
まぁ、言ってしまえば今まで通りという訳だ。
「アリル王子が来るまで、ここに待機でいいんですか?」
「そうですね。レグレス第二王子のいう通りであれば、二人が来ると共に行動開始となります」
「分かりました。ちょっと外の空気を吸いに行ってきます」
そういい、俺は部屋を出た。
3月18日 誤字修正しました。




