十九
王城敷地内にある大きな屋敷群。
ここは、王族のみが居住を許された屋敷となり、レグレス第二王子とアリル王子の目的地だ。
パルシオン王国の第一王子と知己であり、この国――この屋敷にもよく出入りをしているらしく、アリル王子は想像をしていた以上に簡単に屋敷内に入ることができたことに驚いていた。
そして、連れられた先の部屋で待ちうけていたのは、なんとルウ第一王子だった。
「久しぶり」
「何か月ぶりだ? ハハッ、よく覚えていないや」
二人の仲が良いということは本人から聞いていたアリル王子だったが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。
「それで、面白い話がある、という話が早馬できていたが、それは何だ?」
「まぁ、そう焦らないでくれ」
と、早く話を聞きたくてたまらない、と言った様子のルウ王子を抑え、レグレス第二王子はアリル王子を手の平で指した。
「弟のアリルだ。今日の話は、こいつとその仲間が主役だ」
「ほぉ? もうこんなにも大きく」
友好国であるパルシオン王国には、アリル王子が生まれた際に話が伝わっており、パルシオン王からも出産のお祝いが来ている。
ただ、その後の交流はレグレス第二王子に一任されているような状態だったので、アリル王子が何歳でどのくらいの大きさになっているかまでは伝わっていない。
「初めまして」
自己紹介をし、アリル王子はルウ王子と握手を交わした。
快活とした雰囲気は、学者然とした兄のレグレス第二王子とは違った匂いを感じさせるが、瞳に籠る知的好奇心に溢れた光は、レグレス第二王子とよく似ているとアリル王子は思った。
ルウ王子は、ワクワクした様子でアリル王子たちに席を勧め、自分はその対面に深く腰掛けた。
「それで、面白い話とはなんだ?」
焦らすなよ、と瞳と声色が語っている。
「この国で、魔王が誕生する」
「「なっ……!?」」
驚きの声を上げたのは、アリル王子とルウ王子だ。
早く話せ、と口に出さなくとも、そう言っているのが分かる態度だった。しかし、今のは余りにも単刀直入過ぎる。
何を考えて――、と焦るアリル王子だが、レグレス第二王子は涼しい顔だった。
すぐさまルウ王子の顔色を窺うと、その顔は喜色満面になっている。
「それは、面白い。いつだ? わが国で流行っている、魔王信仰とかかわりがあるのか?」
「そこまで詳しく分からんが、誕生するのはこの国で確定だそうだ」
「なぜだ? なぜそう言い切れる?」
「弟は、魔王が誕生して滅んだ世界――つまり、我々が知らない未来から戻って来たそうだ」
その言葉は、はたから聞けば狂った者の言葉だ。
しかし、先ほどの会話といいルウ第一王子の性格といい、たぶんこれが二人の会話風景なんだろう。それが嘘であっても、調べるに値すると考え至れば、それで十分なんだろう。
「どうしてそう思ったんだ?」
「小さなことまでは覚えていないようだが、多少大きな催事の内容やそこで起きる――突然の欠席者などを事前に言い当てている。それに、ここには居ないが今まで関わりあったことがない山奥の村から、昔の仲間という平民の子供も連れてきている」
「その程度では、予言者と言った方が良いんじゃないか?」
「弟の従者にも話を聞いたが、他に戻って来た二人も同じく先のことを知っているそうだ。そいつらは、魔王との戦争が始まってから徴兵されたらしく、国のことに関してはそこまで詳しくなかった。――が、戦闘技術に関しては卓越したものを持っており、半年前に弟に連れてこられてから今まで戦闘訓練をしてきているが、たった半年の訓練では得られない技術を有しているそうだ」
「ふふっ。なるほどな。理由としては少し弱いが、もっと面白い話があるんだろ?」
ルウ第一王子が言うように、それだけで未来から来たというのは弱い。だが、実際に二人を見た騎士は、年齢に見合わないその動きに驚く。
そうはいっても、今ここに二人は居らず、ルウ第一王子がどれほどの技量を有しているか分からないが、レグレス第二王子に至っては教育係から手ほどきを受けた程度なので、「凄い、凄い」といったところで、能力を証明するには少々弱い。
「魔王の誕生は、今から4年後だ。その時、この国が亡びると共にルウ――お前も死ぬ」
もう何も言うまい、とアリル王子は天井を見上げた。
同じ王子といえ、他国の王子に「死ぬ」というなど言語道断。しかし、二人の仲ではそのようなことは些末なことなんだろう、と諦めるしかない。
「それを伝えて、どうしたい? どうすればいいんだ?」
ルウ王子は、レグレス第二王子にニヤリと笑った。
「魔王が誕生するところが見たい」
「――ッ!? 何を馬鹿なことを!」
レグレス第二王子の言葉に、アリル王子は今度こそ我慢ならず怒鳴った。
「魔王が――魔王軍が侵攻した世界がどうなったか、何度も話した! なぜそんなことが言える!!」
立ち上がり息を荒くし、アリル王子はレグレス第二王子を怒鳴りつける。だが、レグレス第二王子は特に気にしたふうもなく、なだめながら座るように言う。
「今まで残されている文献では、魔王は誕生してからすぐに暴れ始めるというわけではなく、時間をおいて力を手に入れるらしいじゃないか」
これは、アリル王子も知っている。魔王軍が侵攻を始めてから、まだ無事だったカウセス王国で保存されている魔王に関する文献を、城の人間総出で漁った。
それに、今回もレグレス第二王子の手伝いで同じ資料を漁ったので、記憶に新しい。
「別に、暴れさせたいわけじゃない。誕生する瞬間を見られればいい」
そうは言っても、誕生するのは4年後だ。それを未然に防ぐつもりなのだから、誕生する瞬間など見られるはずもない。
4年も、魔王が誕生するという危険を孕んだまま過ごすことなどできるはずがなく、また、魔王によって滅んだ国や死んでいった仲間たちに申し訳が立たない。
だが、アリル王子が耳にした言葉は、今までの思いを全て破壊するような言葉だった。
「どうだろうか?」
ふいに、レグレス第二王子が呟いたその言葉。
アリル王子は意味が分からなかったが、言われたルウ王子は理解できたのか、少しだけ眉をあげた。
「――まぁ、確かに。やろうと思えば、早めることもできるな」
「ッ!?」
何を考えているんだ! と、兄のレグレス第二王子の時と同じように怒鳴りそうになったが、相手は他国の王子だ。勢いよりも、理性がまだ勝っていた。
ルウ王子の言葉に、レグレス第二王子はまるで知っていたかのように頷いた。
「世界が滅んだ未来からやって来たアリル第四王子には申し訳ないが、魔王信仰者たちが魔王を誕生させるために活動しているのは、こちらも把握している。そして、たぶんアリル第四王子じゃ魔王誕生まで4年待たなければいけない、と思っているかもしれないが、その心配は無用だ」
アリル王子は、この会話に違和感を覚えた。なぜ二人とも笑っているのか。
分からない――いや、分かりたくない。
この二人にとって国が滅亡することよりも、目の前にある研究対象を調べる方が優先順位が上になっているんだ。
「どうやってか、はちょっと言えないが、魔王誕生を早くすることはできる」
「それは面白い! さっそくやろう」
そう言い、レグレス第二王子は笑った。
「生まれたところを見れば、後は始末すればいい。こっちには、魔王を倒すために未来から戻って来た、魔女から不死の呪いを受けた人間が3人居るんだ。あぁ、そうそう。うちの兵士が動いても問題ないように、父王に約束を取り付けてもらえないだろうか?」
「良いとも。名目は、レグレス王子の護衛。戦闘は、私を襲おうとした魔王信仰者たちのせいとでも言っておこう」
あれよあれよ、という間に魔王誕生を早める方向で話が決まってしまった。
アリル王子は内心、どうすればいいか分からなかった。
どうあの二人に説明すればいいのか、と。
3月5日 誤字修正しました。




