表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/14

第4話 なぜか山賊の親分みたいになった

 山は、人間に優しくない。


 まず飯がない。

 次に寝床がない。

 そのうえ、虫が多い。


 逃亡者には向いているが、暮らす場所ではない。


 それでも俺たちは山に入った。

 道を歩けば捕まる。沛県に戻れば役所に縛られる。なら、木の陰に隠れるしかない。


 問題は、隠れているだけでは腹が減るということだった。


「昨日の豆は?」


 俺が聞くと、周苛が袋を持ち上げた。


「もうありません」

「早くないか」

「人数が増えています」

「増えるなと言ってこい」

「誰にですか」

「噂に」


 周苛は真顔で黙った。

 そういう顔をされると、俺が悪いみたいになる。


 実際、人数は増えていた。


 最初に残った者だけではない。

 山に入って三日もしないうちに、別の逃亡者が混じり始めた。


 税を払えず逃げた男。

 役所に追われた若者。

 家族を連れた老人。

 何をしたのか話さない女。


 誰かが噂を流したらしい。


 沛県の亭長が、囚人を逃がして山にこもった。

 秦に逆らった男がいる。

 行く場所のない者を追い返さないらしい。


 最後のは少し違う。


 追い返すと、場所を役所に言われそうで怖かっただけだ。


 山の暮らしは汚かった。

 雨が降れば服が乾かない。

 乾かない服は臭う。

 足を切った者は、傷が白くふやける。

 子どもは腹が減ると泣く。泣けば居場所がばれる。だから母親が手で口を押さえる。


 俺はその光景を見るたび、胸の奥がざらついた。


 うるさいから泣くな、とは言えなかった。

 泣きたい時に泣けない子どもの顔は、見ていて飯がまずくなる。


「劉邦殿」


 曹参が来た。

 足はまだ少し引きずっているが、目はよく動く。


「南の斜面に水場があります。ただ、道が細い。夜は危ない」

「誰が見つけた」

「あの女です」


 曹参が示した先に、黙って座っている女がいた。

 逃げてきた女の一人だ。


「山を知ってるのか」


 俺が聞くと、女は短く答えた。


「木の実なら」

「毒も分かるか」

「少しは」

「じゃあ、食えるものを選べ。周苛、お前は数を数えろ。曹参は歩ける者をつけろ」


 女が俺を見た。


「私に任せるのですか」

「俺は木の実の見分けがつかん。食えるものと毒の違いが分かる奴がやれ。俺が選んだら、たぶん全員腹を壊す」


 女はしばらく黙っていた。

 それから立ち上がった。


 こんなことが増えた。


 俺は何かを知っているわけではない。

 ただ、俺より知っている奴がいるなら、そいつに聞く。

 俺よりできる奴がいるなら、そいつにやらせる。


 楽をするための方法だった。

 ただ、その方が人が死なないこともあった。


 その日の夕方、食料をめぐって騒ぎが起きた。


 周苛が、子どもと病人に先に粥を回した。

 俺がそう言ったからだ。


 すると、薪を運んでいた若い男が声を荒らげた。


「働いているのは俺たちだ。なんで歩けない奴の方が先なんだ」


 言い方は悪い。

 だが、言っていることが全部間違っているわけでもない。


 働く者が倒れれば、全員が困る。

 病人が倒れても、やっぱり全員が困る。

 子どもが泣けば居場所がばれる。

 そして俺は、全部の顔を見たくなかった。


 飯の配分ほど面倒なものはない。

 多くもらった奴は黙る。

 少なくもらった奴だけが怒る。

 つまり、どんな分け方をしても俺が恨まれる。


「劉邦殿、決めてください」


 周苛が言った。


 やめろ。

 俺を見るな。


 俺は粥の鍋を見た。

 細い腕の子どもを見た。

 薪を運んで肩で息をしている若い男を見た。


「先に子どもと病人だ」


 若い男の顔がゆがんだ。


「ただし、明日から水と薪を運ぶ奴には一杯足す」


「一杯?」


「薄い一杯だ。濃いのは無理だ。文句があるなら、山から飯を生やしてこい」


 誰かが小さく笑った。

 若い男はまだ不満そうだったが、拳は下ろした。


「働ける奴には仕事をつけろ。働けない奴には、食えるだけ食わせろ。何もせずに一番多く食おうとする奴は、俺の横で一日中話し相手をさせる」


「それは罰ですか」


 曹参が聞いた。


「重い罰だ」


 少し笑いが広がった。


 その時、母親の一人が聞いた。


「明日も、食べられますか」


 みんながこちらを見た。


 やめろ。

 そんな目で見るな。

 俺は豆がどこから生えるのかも知らない男だ。


「食える」


 口が先に動いた。


 言ってから、しまったと思った。

 明日の飯など、どこにもない。

 だが、母親は子どもの口から手を離した。子どもは小さく息を吸った。


 周苛が俺を見た。


「食えますか」

「今から探せば食える」

「つまり、まだないのですね」

「探せばある。ほら、食える」


 周苛は深くため息をついた。

 曹参はもう歩ける者を見分け始めていた。


 俺の嘘は、すぐに他人の仕事になった。


 正しい分け方だったかは分からない。

 ただ、鍋はひっくり返らなかった。

 殴り合いにもならなかった。


 夜、薪を運んでいた若い男が、子どもに自分の粥を少し分けていた。

 俺は見ないふりをした。


 見ないふりは、俺の得意技だ。

 ただし、全部を見ないふりにすると、あとで必ずもっと大きな面倒になる。


 その夜、山の下から新しい噂が上がってきた。


 沛県で、秦の役人たちが俺たちを討つ相談を始めたらしい。


 隠れているだけでは、もう済まなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ