第2話 囚人が逃げたら、俺も死刑らしい
囚人たちは、想像していたより多かった。
しかも、全員が逃げそうだった。
目つきの悪い男。
足を引きずる男。
黙って地面だけを見ている男。
こちらを見て笑っている男。
それぞれ事情はあるのだろう。
だが今の俺に必要なのは事情ではない。
この人数を、一人も逃がさず、咸陽まで連れていくことだ。
無理だろ。
俺は心の中でそう思った。
口には出さなかった。
口に出すと、誰かが「では責任を持ってやれ」と言い出しそうだったからだ。
「亭長殿」
見張り役の若い男が小声で言った。
「縄、足りますかね」
「足りるように結べ」
「どう結べば」
「逃げにくそうにだ」
若い男は困った顔をした。
駄目だ。
こいつに任せると、初日の夜に半分逃げる。
しかも逃げた後で、俺に泣きついてくる顔をしている。
責任を取るのは嫌だ。
だが、責任を取れない奴に任せると、もっと大きな責任が来る。
最悪である。
俺は囚人たちを見た。
その中に、手元ばかり見ている痩せた男がいた。
縄の結び目を見ている。
逃げ道を探す目ではない。結び方の悪さに、いらいらしている目だ。
「おい。お前」
俺が呼ぶと、男は肩をびくりとさせた。
「名前は」
「……周苛です」
「縄を結べるか」
「昔、荷運びをしていました」
「じゃあ結べ。逃げにくく、歩きやすく」
周囲がざわついた。
「亭長殿、囚人に縄を任せるのですか」
「下手な役人より、荷運びの方が縄を知ってる」
「ですが」
「俺が結ぶと全員転ぶ。俺の責任が増える。それは困る」
周苛は俺をじっと見た。
「逃げるかもしれませんよ」
「その時は、お前を見る目がなかった俺が悪い。いや、悪いのは逃げたお前だが、罰を受けるのはたぶん俺だ。だから逃げるな」
言ってから、かなりひどいことを言ったと思った。
周苛は少しだけ変な顔をした。
怒ったような、笑いそうな、困ったような顔だ。
それから黙って縄を結び直し始めた。
歩き出しは少しましになった。
少しだけだ。
道は悪い。
山道はぬかるみ、囚人は文句を言い、役人は役人で疲れてくる。
足を引きずっていた男が倒れた。
「置いていきますか」
若い見張りが言った。
「置いていったら人数が減る」
「ですが、遅れます」
「遅れても罰、減っても罰。どうせ罰なら、生きている奴を担いだ方がまだ寝覚めがいい」
「寝覚めの問題ですか」
「俺の寝覚めは俺にとって大事だ」
俺は倒れた男の前にしゃがんだ。
「歩けるか」
「……足が」
「名前は」
「曹参」
「荷を軽くしろ。水は少し多めにやる。その代わり、列の後ろを見る。誰が遅れそうか、俺に言え」
曹参は目を上げた。
「囚人に見張りをさせるのですか」
「お前は逃げる足じゃない。だったら、逃げる奴を見る目に使う」
雑な言い方だった。
だが曹参は、不思議そうに俺を見ただけだった。
「俺が逃げないと、なぜ分かるのです」
「足が痛い奴は、先に逃げるより先に、うまく逃げる奴を見る。たぶんだが」
「たぶんですか」
「俺は役人だぞ。だいたい、たぶんで動いている」
曹参はほんの少し笑った。
それから、列の後ろに下がった。
俺は、誰かを信じたつもりなどなかった。
単に、俺一人では見きれなかっただけだ。
責任の半分を、できそうな奴に押しつけただけだ。
ただ、押しつけられた二人は、妙に真面目な顔をしていた。
やめろ。
そんな顔をされると、俺がいいことをしたみたいになる。
夕方、雨が降った。
火はつきにくい。
飯はまずい。
縄は泥を吸って重くなる。
囚人も、見張りも、俺も、同じように臭くなっていった。
臭い集団は、だいたい不機嫌になる。
そして夜。
最初の囚人が逃げた。
縄は切られていなかった。
結び目が、器用にほどかれていた。
俺はそれを見て、周苛を見た。
周苛は青ざめていた。
「俺じゃない」
「分かってる」
なぜか、そう言えた。
周苛が逃げるなら、自分が一番先に消えている。
残っている時点で、少なくとも今夜の犯人ではない。
「何人だ」
俺が聞くと、曹参が後ろから答えた。
「三人です」
「三人?」
「昼から目を合わせていました。あの三人は組んでいた」
若い見張りが慌てて松明を持った。
「追いますか」
俺は暗い山道を見た。
雨でぬれた道。足跡は崩れ、闇は濃い。
追えば、こっちも迷う。
追わなければ、人数が合わない。
どちらにしても終わりだ。
秦の法は、逃げた囚人だけを罰してはくれない。
責任者も罰する。
つまり、俺も死ぬ。




