第18話 秦兵がなぜか降伏してくる
城を一つ、血をあまり流さずに受け取った。
それ自体は良いことだ。
良いことのはずだ。
だが、降る者が増えると、問題も増える。
飯がいる。
寝る場所がいる。
武器をどうするか決める必要がある。
昨日まで秦の兵だった奴を、今日から味方の近くに置いていいのかという話も出る。
つまり、俺の仕事が増える。
「降伏は受け入れるべきです」
張良が言った。
「理由は」
「秦の兵を減らせます。こちらの評判も広がります。無理に戦うより早い」
「飯は」
「問題です」
「そこを先に言え」
蕭何が横から言った。
「飯は問題ですが、戦って兵を失うよりは安い」
「人間を飯の値段で考えるな」
「あなたが言うのですか」
確かに、俺はよく飯で考える。
だが言われると腹が立つ。
その日、また秦兵が降ってきた。
小さな砦にいた連中だ。
こちらが近づく前に、白い布を掲げて門を開けた。
樊噲は不満そうだった。
「最近、殴る前に降る奴が多い」
「いいことだろ」
「腕が鈍る」
「荷物を持て」
「そればっかりだな」
降ってきた兵の中に、若い男がいた。
まだ髭も薄い。
槍を持つ手が震えている。
「本当に、殺さないのですか」
男は聞いた。
俺は即答しようとして、少し止まった。
本当に殺さないのか。
状況による。
裏切れば殺すかもしれない。
逃げて敵に戻れば追うかもしれない。
だが、そんな正直なことを言えば、次の城は降らない。
「今、殺す理由はない」
俺は言った。
若い秦兵は、少しだけ息を吐いた。
その瞬間、こちらの兵の一人が秦兵に殴りかかった。
「ふざけるな!」
殴ったのは、沛県からついてきた男だった。
弟を秦の労役で失っている。
その話は聞いていた。
若い秦兵は倒れた。
口から血が出た。
歯が一本、土の上に転がった。
周囲がざわつく。
秦兵たちが身を固め、こちらの兵も武器に手をかける。
火は、こういうところからつく。
俺は殴った男の前に立った。
「気は済んだか」
「済むわけがない!」
「なら、もう一発殴るか」
男は歯を食いしばった。
周りが息を呑む。
俺は続けた。
「殴れば、お前は少しすっきりする。だが、次に降る秦兵は俺たちに降らずに矢を撃つ。お前の弟みたいな奴が、次はこっちに増える」
男の顔が歪んだ。
正しいことを言ったつもりはない。
ただ、ここで血が広がるのが嫌だった。
俺は樊噲に言った。
「薪を持ってこい」
「薪?」
「そいつに割らせる。怒りが余ってるなら、木に向けろ」
樊噲は少し黙ってから、笑った。
「いいな。それなら俺もやる」
「お前がやると全部なくなる。少しにしろ」
殴った男は、しばらく俺を睨んでいた。
やがて、斧を受け取った。
その日、砦の裏には薪が山のように積まれた。
だが、歯は戻らない。
殴った男の弟も戻らない。
若い秦兵は、口の血を拭いながらそれを見ていた。
薪を割っても、怒りが消えるわけではなかった。
ただ、次の一発を打つ手を、少しだけ疲れさせただけだ。
「なぜ、助けたのです」
俺は答えに困った。
助けたかったからではない。
立派な理由でもない。
ただ、ここで殺せば、次がもっと面倒になる。
でもそれをそのまま言うのも何だったので、別のことを言った。
「お前らには、まだ飯を運ばせる」
若い秦兵は、少し変な顔をした。
安心したのか、呆れたのか、よく分からない顔だった。
降伏兵が増える。
味方の怒りも増える。
飯の問題も増える。
俺たちは、勝つたびに強くなっている。
同時に、面倒も増えている。
天下を取るというのは、もしかすると、面倒を一番多く抱えることなのかもしれなかった。




