第17話 軍師が来たら、俺の仕事が減った
張良が加わってから、俺の仕事は減った。
少なくとも、そう見えた。
道は張良が選ぶ。
飯と人は蕭何が数える。
後ろの乱れは曹参が見る。
荷と縄は周苛が整える。
前で面倒が起きたら樊噲が睨む。
俺は何をするのか。
飯を食う。
うなずく。
たまに「よし」と言う。
素晴らしい仕事である。
できれば一生これがいい。
だが、世の中は俺に優しくなかった。
進路上に、小さな城があった。
秦の守備兵が立てこもっている。
無視すれば後ろを突かれる。
攻めれば時間と人を失う。
俺は地図を見たふりをした。
線が多すぎて、ほとんど分からない。
「迂回できるか」
張良が首を振った。
「できます。ただし、三日遅れます」
「三日くらい寝ていればすぐだ」
「その間に秦兵が後ろへ回ります」
「寝ていられないのか」
「はい」
残念である。
樊噲が腕を鳴らした。
「門を壊すか」
「壊すな。直すのが面倒だ」
「またそれか」
張良は城を見た。
「攻めるより、内側から開けさせます」
「簡単に言うな」
「簡単ではありません。だから相手を選びます」
張良は蕭何に向いた。
「この城の名簿はありますか」
「昨日降った書き役から写させました」
「門番の家族関係は」
「あります」
俺は二人を見た。
「お前ら、怖いな」
「秦の仕組みを使うだけです」
蕭何は淡々と言った。
張良は名簿を眺め、すぐに一人の名を指した。
「この男です」
「誰だ」
「南門の副番。兄がこちらへ逃げています。妻子は城内。上には信用されず、下には頼られている」
「なんでそんな奴が分かる」
「名簿の端に、貸した米の記録があります。返せていない。上役に弱みを握られている者は、最初に折れます」
俺は口を開けた。
戦とは、槍で殴るものだと思っていた。
張良は、人の借りた米で門を開けようとしている。
嫌な軍師である。
そして、ものすごく便利だ。
「そいつに何を言う」
張良は俺を見た。
「沛公に言っていただきます」
「俺が?」
「あなたが言うから、相手は迷います」
「何を」
「項羽が来る前に開ければ、妻子は守る。米の借りは見なかったことにする。開けなければ、項羽が来る」
俺は顔をしかめた。
「脅しか」
「選択肢です」
「言い方だけ上品にするな」
夜、南門の近くで、その男に声をかけた。
男は震えていた。
槍を構えているが、目は城の内側を気にしている。
張良の言った通りだった。
俺は言った。
「開けろ。今開ければ、妻子は守る。米の借りも消す」
「本当に守るのか」
男が聞いた。
本当に。
嫌な言葉だ。
俺は一拍置いた。
「守る。俺ができなきゃ、蕭何が俺を殴る」
「殴りはしません」
後ろで蕭何が言った。
「記録します」
男の顔が少し引きつった。
たぶん、殴られるより怖かったのだろう。
門は開いた。
血はほとんど流れなかった。
樊噲は不満そうだったが、荷物を運ばせたら機嫌が直った。
開けた男は、殺さなかった。
妻子も外へ出した。
米の借りも消した。
そして張良は、その男を次の城への使者にした。
「俺たちに降れば、約束は守られる。そう言わせます」
「本人が言う方が早いのか」
「はい。勝者の言葉より、助かった弱者の言葉の方が城門を開けます」
張良はそう言った。
俺は城門を見上げた。
軍師が来ると、俺の仕事は減る。
そう思っていた。
違った。
俺の口から出る言葉の重さが、増えるだけだった。




