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第16話 張良、加入

 その男は、最初からこちらを信用していなかった。


 細い顔をしていた。

 身なりは乱れていない。

 逃亡者のような汚れ方ではなく、わざと目立たないようにしている男の汚れ方だった。


 名を、張良(ちょうりょう)と言った。


 秦に国を滅ぼされた一族の出だという。

 復讐のために生きているような男だ、と曹参が小声で言った。


 復讐。

 重い言葉だ。

 俺の人生にはあまり縁がない。

 俺はだいたい、昨日の酒代と今日の飯で頭がいっぱいである。


 張良は、俺を見て少し黙った。


 その沈黙で、だいたい分かった。


 こいつ、俺を軽く見ている。


 まあ当然だ。

 俺はその時、道端の石に腰掛け、干し飯を噛んでいた。

 片手には椀。もう片方の手では、靴の中の小石を取っていた。


 天下を争う男の姿ではない。

 旅の途中で足が痛いおっさんの姿である。


「あなたが沛公ですか」


 張良が言った。


「たぶん」

「たぶん?」

「俺が違うと言っても、周りがそう呼ぶ」


 張良の眉が少し動いた。


「秦を倒すつもりで兵を進めていると聞きました」

「そんな立派なつもりはない」


 張良の目が冷たくなった。


 まずい。

 復讐で生きている男に、立派なつもりはないと言うのは、飯時に鍋をひっくり返すくらいまずい。


 俺は慌てて言い直した。


「秦に殺されたくない。秦に縛られたくない。ついでに、秦が倒れてくれたらありがたい。順番はそのくらいだ」


 樊噲が横で笑った。


「正直だな」

「今のは少し飾った」


 張良は笑わなかった。


「では、なぜ人が集まるのです」

「俺が聞きたい」

「あなたは、何を与えたのですか」

「飯は少し。嘘は多め。仕事はかなり」


 張良は、そこで初めて俺の後ろを見た。


 蕭何が記録を抱えている。

 曹参が道の後方を見ている。

 周苛が荷を整えている。

 樊噲が腕を組んで立っている。


 張良の視線が、少しだけ変わった。


「なるほど」

「何がだ」

「あなたは、強い場所ではなく、弱い場所を探す人だ」

「褒めてるのか」

「まだ判断中です」


 冷たい男だ。


 張良は地面に枝で線を引いた。


「項羽は強い。正面から秦の主力を砕くでしょう」

「会いたくないな」

「会えば負けます」

「そこは少し嘘を混ぜろ」

「嘘はあなたの役目でしょう」


 こいつ、初対面で失礼だ。


 だが、張良の線は分かりやすかった。


 項羽が秦の硬いところを壊す。

 秦の兵はそちらへ集まる。

 すると、脇道や小城に隙ができる。

 劉邦軍はそこを通る。


 俺は枝の線を見た。


「つまり、項羽が壁を壊している間に、俺たちは横の穴から入る」

「乱暴に言えば」

「乱暴なら分かる」


 張良は俺を見た。


「私は、あなたに賭けるわけではありません」

「いきなりひどいな」

「あなたの周りに賭けます」


 俺は後ろを振り返った。


 蕭何は無表情。

 樊噲はにやにやしている。

 曹参は張良を観察している。

 周苛は荷縄を結び直している。


 確かに、俺よりは賭ける価値がありそうだ。


「なら、俺は何をすればいい」


 張良は少し考えた。


「嘘をついてください」

「得意だ」

「ただし、皆が信じたくなる嘘を」


 面倒な注文である。


 こうして張良は加わった。


 復讐に燃える天才軍師。

 俺を信用していない男。

 だが、俺の周りに賭けると言った男。


 正直、かなり嫌な奴だと思った。


 そして、たぶん必要な奴だとも思った。



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