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ピンク・ボム

谷底の町——イスカ・ヤーマ。


禁足地のはずの場所に、整然とした建物が並んでいた。

写世よりも新しく、どこか懐かしい近代の匂いがする。

未視は思わず足を止めた。


「……ここ、本当に禁足地なの?」


「ここはイスカ・ヤーマ。禁足地ってのは、僕がそう登録したんだよ」


彼の名はパン・クラビット。

子どものような外見にウサギの着ぐるみのような出で立ち。

彼は淡々とした声で答えた。

その表情には誇らしさも罪悪感もない。ただ事実を述べただけの顔。


「登録って…データベースを改ざんしたってこと?」

寧々が眉をひそめる。


「そうだよ。そうしないと、君たち(シェード)が来ちゃうでしょ?

 ここイスカ・ヤーマは、僕たちの住処だからさ。荒らされたくないじゃん」


パンは軽く肩をすくめた。

その仕草は子供のように無邪気で、しかし内容はあまりにも大胆だった。


「ところで、パン・クラビット。あなた……何者なの?」

未視が問いかける。


パンは一瞬だけ空を見上げ、そして淡々と告げた。

「ボクはサルモネラ計画のロストナンバー。

つまり廃棄されるはずだった“出来損ない”。

でも廃棄寸前に逃げて来て、いまココに居るって理由」


「えっ…じゃあ、あの時の騒ぎって…アナタの事なの……?」


研究所が爆破され、実験体が脱走した―――

千年以上前の記憶が、未視の脳裏に蘇る。


オリジン四戒が産みだされた後に、母なるミテラケフィが望んだ“旧人類復活”。

そのために実行れたサルモネラ計画。


「なぜ今になってオリジンの助けが必要なのですか?

このままイスカ・ヤーマで大人しくしていれば、害はないはず」


その未視の問いにパン・クラビットはあっさりと答えた。

「サルモネラ博士…あのヤローをぶっ殺すためだよ」

あまりにも軽い口調に、透流太が思わずむせた。

「ぶっ……!? お前……?」


「うん。そもそも顔が気に入らない。

 それに、あいつ……もう本人じゃない。

 誰かに乗っ取られてるし」

パンの声は淡々としているのに、言葉だけが異様に重い。


未視は息を呑んだ。

自分が追っている“異変”と、パンの言葉が一致している。

「……目的は同じ、ってことね」


「そういうこと。だから一緒に来てほしいんだ。

 オリジンのチカラが必要になるから」

パンはそう言うと、町の奥へと歩き出す。


「写世へ入る抜け道がある。僕専用のね」

そう言ってパンが案内したのはイスカ・ヤーマの格納庫。


「着いた。じゃ、行こうか。妹が待ってるはずだ」

パン・クラビットは慣れた様子で巨大な乗り物に向かって歩き出す。

その足取りは軽い。まるで散歩にでも行くように。


「お、おい、パン。本当にコレで入れるんか?」

透流太が眉をひそめる。

「うん、裏口だし。コレは資材搬用の乗り物だし」


その乗り物の名は“方舟”。

写世へと資材を搬入するための乗り物である。

一行を乗せ、箱舟は動き出す。決められたルートを決められた速度で、ゆっくりと進んで行く。


しばらくすると巨大な壁面が見えてくる。

不意にパンが壁面の一部を指差した。

そこには巨大なシャッターがあり、周囲には監視装置らしきものが並んでいる。

「あれは…資材搬入口……?」

寧々が首をかしげる。

「掘削場の土壁を“立体掘削圧縮格納装置”で切り取って運ぶ場所だよ。

一回で百平方メートルくらい切り出せるんだってね、見たことないけど。

ストレージ内で素材ごとに自動仕分けされる仕組みらしいよ」


パンは軽く説明するが、内容はとんでもない技術だ。

「そんな場所、普通は入れないだろ……」

透流太が呟く。

「大丈夫。ぼく、サルモネラ博士と同じ生態コードだから」

パンが先頭に立つと、シャッター横の認証装置が反応した。

光が走り、巨大な扉がゆっくりと開いていく。

「……本当に素通りですね……」

寧々が驚く。

「でしょ?」

終始無表情なパンの広角が少し上がったような気がした。


寧々はその異常さに背筋を震わせた。

透流太はただついていくのに必死だった。


——そして。

写世の境界を越えた瞬間だった。

「来ると思ってたわ」

澄んだ声が、静かに響いた。


そこに立っていたのはウサギのフードの隙間からピンクの髪を揺らす少女。

——No.666、15と1の音・《コープライム・ノイズ》。

パン・クラビットの妹であり、パンと同じくロストナンバーでもある彼女。

だが兄妹とは思えないほどに、その外見は異なっていた。


寧々が息を呑む。

「……コ、コープライム・ノイズ!?

 なぜ、ここに……!」


コープライム・ノイズは寧々を一瞥いちべつし、淡々と微笑んだ。

「お久しぶりね、ソニック・ウイング」

その声には懐かしさも喜びもない。ただ“知っている”という事実だけが乗っていた。


パンが軽く手を挙げる。

「やぁ、ピン。お客さんを連れてきたよ」


「そぉ。じゃあ行きましょうか、パン」

兄妹の再会なのに、温度は驚くほど低い。

まるで昨日も会っていたかのような自然さ。


未視は状況を理解できず、声を上げた。

「えっ……ちょ、ちょっと待って!

 あなた、マキナの従者…八輝星よね!?

 妹って、どういうことなの……?」


コープライム・ノイズは未視を見つめ、首をかしげた。

「あら?月戦姫ムーン・ドライブ、お久しぶりね。

私はサルモネラ計画のロストナンバーであり、そこのパン・クラビットの妹、ピン・クラビットよ、中身はね。

まぁ詳しくは後で説明するわ。

まずは——アヴァロン・アーカルケルへ行きましょうか」

その声音は淡々としているのに、どこか“急がなければならない理由”を含んでいた。


パンが未視たちを振り返る。

「行こう。ここからが本番だよ」


運命を待ち続けた兄妹と、

運命の扉を開く三人。

二つの世界が、静かに交わり始めた。


「ピンさん、状況は?」

透流太が尋ねる。

「サルモネラ博士はココには居ないわ。

そして侵入者検知システムが作動しているわね。

ソフィアの生態コードが引っかかったようね」


「えっ、私……?」

未視が肩をすくめる。


「昼間の未視は戦闘力が低い。

だから下がってて」

寧々が即答した。

「そうそう。未視はオレの後ろに付いてなよ」

透流太が胸を張る。どうやら格好付けたいのだろう。

「……わかったわ」

未視は少し悔しそうに頷いた。


その瞬間だった。

違和感が空間に溶け込む。

誰も気づかないほどの微細な殺気。

ただ一人、龍夫だけが反応した。

「……んぁ?」

龍夫は振り返りもせず、ノールックで裏拳を放った。

“何か”が吹き飛び、壁に叩きつけられる鈍い音だけが響く。


「ん? 今なんかあったか?」

「さぁ、なんですかね?」

龍夫は鼻をほじりながらすっとぼけた。

ジョーカーだけがそれを認知している。

「龍夫さん、アナタは……」


「それよりも未視しゃま、ココは少し危険な場所のようですね〜。

ささっ、わたくしの傍から離れないようにして居て下さいね~」

龍夫が鼻息を荒くする。

「未視様の護衛はワタクシの役目でございますから」

だがそこへジョーカーが割って入る。

「マスターの護衛は私が——」

「いやいやワタクシが」

「いやいやいや、そこはオレだろ!」

未視の護衛役を巡って、龍夫とジョーカーは小声で揉め始めた。

そして、そこに何故か透流太も混ざっている。


「……ここだよ」

パンが指差した先には、巨大なエレベーターがあった。

アヴァロン・アーカルケルへと続く唯一のルート。

「私の権限でも動くけど、それだとログが残ってしまうわね…」


ピンがニヤリと笑いながら言う。

「もうバレてるからどうでも良くない〜?」

パンがニヤリと笑う。

「まぁ、どうせもうバレるんだし。気にしない気にしない」


未視が手の平を認証装置にかざした。

エレベーターが起動し、重い音を立てて扉が開く。


「じゃ、あとはヨロシク」

「え?」

パンはそのままツカツカと別の通路へ歩いていった。

「パン!?」

「ピン、任せたー」

軽い声だけが響く。

「……行ったわね」

扉が開き、エレベーターに乗り込もうとしたその時だった。


エレベーターの奥、暗闇の向こうから足音が響いた。

コツ……コツ……コツ……

銀色の髪が光を反射する。

無表情の少女が一歩、また一歩と姿を現した。


「……No.8、静寂の偏差・《サイレント・デヴィエーション》」

ピンが呟く。

その背後から、金髪の少女が飛び出した。

「やーーーっと来たじゃん、侵入者ぁぁぁ!!

姉さん、解析お願いっ!」

「……えぇ」

No.9、騒乱の収束・《ライオット・コンバージョン》。


そしてもう一体。

影の中から、第三のナンバーズが姿を現す。

「ナンバーズ!サルモネラ博士の直属!」

寧々が身構える。

「ピンさん、あれ……」

透流太が言いかける。

「問題ない。あれは私がやる」


ピンの目が細くなる。

どこからともなく拡声器を取り出すと、空間に計算式が浮かび上がる。

———不可説不可説転グーゴル・プレックス、その拡声器からは何か特別な気配が漂う。

「透流太、寧々。双子はアナタ達にお願いできるかしら」

「かしこまり!」

「任せて」


未視は息を呑んだ。

昼間の自分では満足に戦えない。

でも、仲間が前に出る。


エレベーター前の空間に、緊張が走る。

ナンバーズ3体。

ピンの覚醒。

透流太と寧々の初タッグ。

そして——戦闘の幕が上がる。



ピンが不可説不可説転グーゴル・プレックスを片手に歩み寄る。

「アナタ…№5、酔狂な踊子・《エクスタシー・ピエロ》、疑似凛冽機構りんれつきこう実験体の失敗作。惨めなものね、感情が壊れちゃってるじゃないの」


それは常識と非常識が交差するような、異質なノイズを巻き散らす。

だが確かな殺気だけは放っていた。

「ヒャハッ……ヒャハハハ!

 踊るよぉ? 壊すよぉ? ねぇ見てよぉ!

———オマエがオレの相手かぁ…。あぁん、オマエ…何者だぁ?

オマエには二つの影が見えるぞぉ~」

それは狂った道化師、疑似凛冽機構搭載実験ぎじりんれつきこうとうさいじっけんの被害者。

まるで無軌道に回り続けるオモチャのようにクルクルと回って見せる。


ピンは不可説不可説転グーゴル・プレックスを軽く掲げた。

「同情なんてしないわよ」


その声はいつも通り淡々としている。

だが次の瞬間……声が振動となり空間に響き渡る。

「プラズマエンジン始動、回転率安定、出力レベルを100に固定」

「右手に出力値+100、左手に出力値+100、右足に出力値+100、左足に出力値+100」

「出力レベル同調、四肢駆動領域……安定」


見た目は何も変わらない。

細い腕も、白いコートも、ウサギのフードもそのまま。

ただ——内側だけが“覚醒”していた。


「ヒャハァァァ!!オマエ、気持ち悪いヤツだなぁぁ!

そんなヤツはぶっ壊すよぉ? ぶっ壊すよぉ?イヒィィィ!」

喚き散らしながらが二本のクラブを取り出すと、そのクラブから無数の刃が飛び出し、グルグルと回りながら襲い来る。

「ヒャッ……ヒャハハ……ヒャハハハハ!! 」


攻撃が当たったかに見えたその瞬間……ピンの身体が消えた。

いや消えたのではない、一瞬でエクスタシー・ピエロの死角に入った。

「消えた!どこだ!?」

標的を見失い、焦りの色を隠せない様子のエクスタシー・ピエロ。


———次の瞬間。

ピンは後ろから掴み、そのまま飛び上がった。

空高く舞い上がり、そして空中で一瞬だけ静止した次の瞬間、回転しながら真っ逆さまに落ちてくる。

「プラズマエンジン回転数、レッドゾーン!四肢出力×100!落下速度×100!回転力×100!」

「合計出力40万——絶対領域オーバー・リミット!」

その時ピンは、限界を超える。

「ダイナモメーター……666万ps!」

「グゥゥゥゥーゴルゥゥゥゥー!スープレックスゥゥゥゥーーー!」


真っ赤な火球となりて回転しながら落下するその様は、まさに地球に激突する巨大な隕石を彷彿とさせた。

エクスタシー・ピエロは地面に叩きつけられ、その落下の衝撃で地面は深く陥没する。

「ガ…ガ…、なん…だって…、オレは…ナンバーズだぞ……」

エクスタシー・ピエロが立ち上がる。

だがその姿と言動からは、先ほどまでの威勢は見る影もない。

ピンの攻撃の凄まじさがそれを物語っていた。


「さすが一桁ナンバーね。あれを耐えて起き上がるなんて。

 ……でも、これで終わり」

そう言って右腕を高く掲げるピン・クラビット。

右手が幾つにも分裂したかに見え、それが一つに集約されていく。


「見えっこねえ!

 グゥゥゥゥゴル!ナックルゥゥゥゥ!シャフォォォォォーーーー!」

引き絞られた矢の如く飛び出したピンの拳が、エクスタシー・ピエロの顔面を直撃する。

それは抗うことの出来ない暴力を現しているかのようであった。


拳が沈んだ瞬間、静寂が辺りを包む。

それは、誰のために捧げられた祈りだったのか。

「3カウントは必要ないわね」


―to the Next World-

皆さん、コンニチワ。

ポーランド埼玉です。


ここで新たな敵”ナンバーズ”の登場です。

合計10人のナンバーズのうちの3人が早くも登場。

展開が早い?

いやいや、これくらい急がないと追い付かないくらいのプロットなんですよ~。

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