クロス・ロード
森を抜けた先に立つ三つの影。
「ソフィア姉ぇぇぇぇぇっ!!」
影のひとつが弾けるように飛び出し、未視へ一直線に飛びついた。
黒と白のフリルが揺れ、ゴスロリのスカートがふわりと舞う。
「みーちゃん……っ!」
「お会いしたかったですわぁ〜っ!!」
七色の贄、ロッテン・みかん。
抱きついた瞬間、2つの三つ編みがキレイな円を描きながら、まるでスローモーションのようにくるりと回転する。
そして少女は、未視の胸に顔を埋めたまま離れようとしない。
その後ろから、二つの影が静かに歩み寄ってくる。
真っ白な出で立ちの男。
腰に差した二本の剣が陽光を跳ね返す。
まるで夜明けを告げる朝日のような揺るぎない存在感。
暁の幻日、インサニティ・サニー。
「息災だったな、ソフィア」
その声は低く、温かく、そして絶対の自信に満ちていた。
続いてもう一人、長身の男だ。
左手には黒塗りの大きな書を携え、右手に持つ大きな杖を地面に突き立てる。
綻びの贖罪、マキナ・クラウベル。
「……心配はしていませんでしたよ、ソフィア」
未視は胸が締めつけられた。
何も言わずに離れた自分を、誰も責めていない。
疑念も、怒りも、悲しみすらない。
ただ——信頼だけがそこにあった。
サニーは未視の肩にそっと手を置き、その視線を透流太へ向ける。
鋭い眼光だが敵意はない。
「どうやら、お守り役……って訳ではなさそうだな」
透流太は思わず背筋を伸ばした。
その時、寧々が一歩前に出る。
「インサニティ隊長……私……」
サニーは途端に"大隊長"としての顔つきに変わる。
「音速の響羽、無事で何よりだ。
……うん?雰囲気が……ソフィアに名をもらったかのか?名は?」
一眼で見抜くサニーに向い、寧々は胸に手を当て誇らしげに答える。
「はい。音之羽寧々、と名付けていただきました」
「寧々……そうか、良い名だ。
……そして、遅くなったが……無事に帰還して安心した」
サニーの言葉に今にも泣き出しそうな顔の寧々。
そしてサニーは透流太へと向き返り、名乗りをあげる。
「オレの名はインサニティ・サニー。オリジン四戒のリーダーを務めている。
そこの……あぁ、まだ名を聞いてなかったな。名は?」
「あ、あの、オレは減田透流太。ニューモートのトラベラーで未視とは……」
透流太の答えを、落ち着いた表情でサニーが制する。
「そうか透流太、説明は不要だ。ソフィアの連れ、それだけで信頼に値する」
その一言に、透流太の胸が熱くなる。
サニーはふと未視の方へと視線を戻す。
「ところでソフィア……未視とは?」
「そうよ、未視とは私の事よ。今は久遠未視と名乗っているの」
「あぁ、やはりそうか。…まぁソフィアの事だ、なにか訳があるのだろう」
深く詮索せずに、ただ結果のみを受け入れるサニー。
それは、二人の間にある“信頼以上の何か”を物語っていた。
サニーは寧々へ向き直り、陰特務自衛大隊の大隊長としての声で告げる。
「では改めて……指令を下す!音之羽寧々、前へ!
今後もソフィア……いや、久遠未視と減田透流太に同行し、チカラになってやってくれ。
実行部隊、中隊長は解任。今後は特隊員として単独行動を許可する」
寧々はピンと背筋を伸ばし、胸に手を置き、声を張る。
「はいっ!命を懸けてお守りいたします!」
そんな寧々の頭を、サニーが軽くポンと叩く。
「いつも言っているだろう。軽々しく命を懸けるな」
その一連のやり取りに未視は思わず笑みをこぼした。
みかんは未視の腕にしがみついたまま、透流太をジロジロと見て告げる。
「ごきげんよう。オマエは透流太とおっしゃられるのですね。
ふふぅ~ん……ソフィア姉を泣かせるような事があったら、このわたくしがブッコロしますわよ」
「え、えぇぇ……?」
その様子を見たサニーは大きく笑い、マキナは小さく微笑む。
——オリジン四戒。
未視の実の兄弟たちであり、現世を統べる黄金機構たち。
その存在感の大きさに圧倒されっぱなしの透流太。
「———あの~、わたくしの事を忘れてはいませんか~?
誰か~、わたくしの事も紹介してくれませんか……」
龍夫の間の抜けた声が、静かに響き渡る。
その声に、サニーがようやく龍夫へ視線を向けた。
「ところで〜……気にはなって居たんだが…ソイツは何者だ?」
「いゃ~、やっと気づいていただきましたか~。わたくし龍夫と申しまして〜。
——どこにでも居る普通の龍でございます」
——その言葉に、3人の表情が急変した。
オリジンの三人が一斉に身構える。
サニーを中心にマキナが左手の書を開き杖を前方へ構え、みかんが巨大な2本の扇子を開く。
———その場の温度が一気に跳ね上がった。
「ソフィアの連れだからと警戒を解いていたが……まさか龍だとはな」
サニーが腰に刺した2本の剣に手をかける。
「各自戦闘に備えい!
マキナは防御壁展開用意!
みかんは攻撃準備態勢を維持!
まずは……オレが出る!」
その言葉と同時にサニーの周囲の温度が上昇し始める。
彼が本気を出せば周囲は焦土と化す。
175000TJという壊滅的な熱量。
今その片鱗が現れていた。
「ま、まってサニー、龍夫は違うの!
その……なんて言うか、確かに素性は良く分からないのだけど……」
未視が必死に龍夫をかばう。
「インサニティ隊長、待ってください!龍夫なら大丈夫です!敵意はありません!」
寧々も必死に龍夫の前へ立つ。
みかんが戦闘態勢を維持したままサニーに問いかける。
「サー兄。その龍、少し様子がおかしくありませんこと?」
みかんの声にマキナが淡々と答える。
「……これか。公式記録ではないが、喋る龍の目撃例が一件。
“仲良くしたい……と言っていた”との証言がある」
マキナはデバイスを操作しながら続ける。
「突拍子もなさすぎて、見間違いとして処理されていますが」
「———それがこの龍……と言う事か。
ちょっと信じがたいが、ソフィアと寧々の信を得ている事実を尊重するか」
サニーがフッと息を吐いた瞬間、熱が引いて行く。
歪んでいた景色が元に戻り、透流太は思わず腰をついた。
「あっ、そうそう。ご飯でも食べながらお話ししませんか?」
龍夫の脱力した声に、寧々と未視が同時にガクッと肩を落とし、大きなため息をついた。
透流太はただ呆然と、その一連のやり取りを見ていた。
オリジン四戒との再会は、あまりにも濃密で、あまりにも短かった。
「……じゃあオレ達は行くぜ、先に片付けなきゃならん仕事がある。
そしてソフィア……アヴァロンの現状をその目で見てきてくれ。
寧々、透流太……ソフィアを頼んだぞ」
サニーがそう告げると、3人は去って行った。
未視が呼び止めるよりも早く、その場を後にした。
残された静寂の中、透流太は思いがけず声が出る。
「……すげぇな、あの人たち」
「えぇ。あれが、オリジン四戒。私の兄妹たちです」
未視の声には、誇りと、少しの寂しさが混じっていた。
寧々は胸に手を当て呼吸を整える。
「行きましょう。写世はすぐそこです」
*****
三人は橋へ向かって歩き出す。
人工の水路の脇道をひたすらに進んでいく。
時間にして半日は歩いただろうか、目的の橋が眼前に現れた。
その橋を渡った瞬間、透流太の洸杜が何かに反応し点滅を繰り返す。
「……なんだ、この反応?」
橋の先、写世への門の前に一人の男が立っていた。
真っ黒い金属質の鎧が唯ならぬ異様な雰囲気を醸し出す。
そして、その両手には星の名を冠した二丁の銀色をした剣銃——ポラリスとカノープス。
「……ヤツは!」
寧々が小さく呟き、咄嗟に剣に手を添える。
そこに立って居たのは銀河銃闘術の使い手。
——果ての狂星・《ジ・エンド》グノーシス・アグノジア。
全ての元凶であり、真実を知る者、サルモネラ博士の近衛であった。
「……」
仮面で覆われたその顔からは、感情の欠片すら感じ取れない。
まるで心を無くした機械のように、ただそこに立っていた。
「グノーシス!サルモネラ博士の近衛がなぜここに!」
未視が一歩前に出た瞬間、銃口が静かに向けられた。
「……」
透流太も咄嗟に構えを取る。
「透流太、下がって!彼は危険よ!」
未視が叫ぶと、それに反応するかのようにグノーシスの身体が視界から消える。
次の瞬間。
—— ガンッ!
銃口から火花が散った。
それは警告も怒号もなく、殺気すらも感じられない。
「っ……!」
未視は反射的に身を引いたが、足が止まる。
撃ってきたのは威嚇の為の射撃だったのは明白。
サルモネラ博士の近衛——その事実が、判断を鈍らせる。
(博士の命令……? じゃあ目的は私? でも……)
思考が絡まり、身体が動かない。
寧々も同じだった。
「……グノーシス…!?なぜここに……」
不確定な憶測が彼女の足を縫い止めていた。
グノーシスは無言のまま、構えも取らない。
だが気付いた時には既に射撃の態勢を取り、弾丸が発射される。
——ガンッ!
「未視! 寧々! 伏せろッ!」
透流太が二人を引き倒した瞬間、弾道が頭上をかすめた。
その時だった。
胸の奥が、熱く脈打つ。
(……来る)
洸杜が反応する。
透流太の全身に電流が伝わるような感覚が走る。
そして腰に差した剣を無意識のうちに抜く。
その剣が、まるで“目覚める”ように存在感をあらわにする。
グノーシスが銃口を向けるが速いか、高速で接近する。
左手に持つ銃で透流太の剣を弾き、右手に持つ銃が眼前に突きつけられる。
その一連の動作は、まるで流れる水のように滑らかであった。
——ガンッ!
次の瞬間、銃弾が放たれる。
透流太は反射的に上体を反らした——いや、反らさせられた。
「っ……!」
弾道が空を裂く。
(なんだ……これ……!)
洸杜が身体を支配する。
景色がスローモーションのように流れていく。
太陽の光だけが妙に現実味を帯び眩しく感じた。
「透流太、前を見て!」
火薬に匂いが立ち込める中、寧々の声が高く響く。
透流太は理解できないまま、次の弾丸を弾いた。
身体が勝手に動く。 視界だけが妙にリアルに映し出される。
足が、腕が、視線が、すべての行動が洸杜のサポートで動かされている。
「反応出来てる……いや、動かされてる」
グノーシスは無言のまま距離を詰めてくる。
殺気は感じられない。だが逃がす気もない。
銃と格闘技を合わせた戦闘術、全身を武器と化し標的を制圧する。
それが銀河銃闘術の戦い方であった。
透流太の剣を軽くいなし、銃口が向けられる。
——ガンッ!
間一髪のところで銃口を反らし、弾丸が地面を撃ち抜く。
「二人とも走れッ!」
透流太が二人を押し出すように走り出す。
グノーシスが低い体制で追いかける。
「速い……!」
透流太よりも速く走るグノーシスに焦りを隠せない。
「行け!そのまま!くそっ…追いつかれる!」
懸命に逃げる3人に残酷な結末が待っていた。
逃れた先は……崖だった。
「行き止まり……!?」
振り返ると、グノーシスが静かに立っている。
その仮面で隠した顔に、眼光だけが怪しく光る。
「くそ……!」
「……」
ガンッ!ガンッ!
透流太が剣を構え直すよりも早く、足元に二発の弾丸が打ち込まれる。
——次の瞬間、足元の岩が砕けた。
「——っ!」
三人の身体が宙へ投げ出される。
落ちる。
落ちる。
風が頬を切り、視界がグルグルと回転する。
「どこか…足場!」
寧々が跳躍の為の足場を探すが、無常にも見つからない。
「ジョーカー!」
未視が叫ぶが、ジョーカーは追いつかない。
「———洸杜!クソ、こんな時は役に立たないってのか!」
透流太も藻掻くが、手足は空を切るのみ。
終わった———そう思った瞬間。
3人の身体ふわりと浮いた。
そしてそのまま音もなく地面に着地する。
そう、見事なまでの着地を決めたのは龍夫でした。
「むふ~、どうですか~。わたくし、お役に立ちましてございますよ~」
三人の身体を抱えながら、龍夫が誇らしげに声を上げる。
「お、お前……龍夫!?」
「もう!もっと早く助けてよ!」
「そうよ!そうしてくれたら落ちずに済んだかもしれないのに!」
「え、ええっ!……い、いやだってホラ。あの人、物騒なモノを持っていましたし……」
どうやら怖くて隠れていたのか、それとも別の理由が有ったのか、本当の所は誰にもわかりません。
だが、そんな龍夫の腕に未視がそっと触れてこう言った。
「でも……あなたが居てくれて助かりました。ありがとう、龍夫」
「(ポッ)ウホ!……う~ん、何でしょう。この感情♡」
龍夫に助けられた三人は、しばらくその場に座り込んで息を整えた。
「ここは…禁足地!?……急いで上に戻れる道を探さないと」
ここは禁足地と呼ばれる放棄された谷。
写世では近づくことを禁じられている場所であった。
未視が周囲を見渡すが、登れそうところは見当たらない。
「こっち……少し開けてるわ」
寧々が指差した先には、岩の裂け目のような通路が続いていた。
一行は慎重に進む。
その時——
(サッ……)
「今、そこで何か……人影!?」
寧々が素早く身構える。
透流太も剣を構え、声を張った。
「誰だ! 隠れてないで出てこい!」
しばしの沈黙。
やがて、岩陰から一人の男が姿を現した。
「ま、待ってくれ。敵意はない。
ただ……上から落ちてきたのが見えたので」
長い外套をまとった黒髪の男だった。
寧々が驚愕の声を上げる。
「こんな場所に……人!? ここは放棄された禁足地のはず……!」
その声に未視も続く。
「この辺りは禁足地として、立ち入ることを禁じられているはずでは……」
男はゆっくりと手を挙げ名乗った。
「俺はライチャス・ブリガンド。……君たちは?」
未視は一瞬迷ったが、正直に答えることを選んだ。
「私は久遠未視。
以前はソフィア・OP・スレイの名で呼ばれていたオリジン四戒の一人です」
「音之羽寧々。
陰の実行部隊所属です」
「減田透流太。
オレはニューモートのトラベラーだ」
その瞬間、ライチャスの表情が変わった。
「……ニューモート? 本当に……?」
透流太をまじまじと見つめ、その左手のグラフィック・ギドラーを見て納得する。
そして未視の存在を聞き、さらに目を見開いた。
「オリジン……本当に!?
なら、来てくれ。うちの代表者が……ずっと探していた」
「代表者?」
透流太が首をかしげる。
「案内するから来て欲しい。
ここからそう遠くはない所に集落がある」
ライチャスに導かれ、谷を抜けると——
そこには谷底には似つかわしくない町並みが広がっていた。
人工的な建造物と何らかの装置。
そしてそこには多数の人の気配があった。
その中心に、ひときわ小柄な影が立っていた。
「……来たね」
子供のような見た目にウサギの着ぐるみのような姿。
パン・クラビットが、三人を待っていた。
—to be next world—
皆さん、コンニチワ。
作者のポーランド埼玉です。
ついに登場しました、オリジン四戒。
何を隠そう、この物語の"裏の主人公"です。
次に彼らが登場する時。
この物語り最大の山場になりますよ〜。




