ドリーミン・ドリーマー
龍夫を一行に加え、森を進んで行く。
だんだんと日が沈んで行くなかで、一行は野営に適した場所を探しながら歩く。
そんな一行の前に突然、赤く揺らぐ炎が見えて来る。
そう、こんな森の奥深くに、明らかに焚き火の炎だ。
「……焚き火!?こんな森の奥で。
いやでも、はぐれた仲間の可能性も…。遠巻きに様子を見ようか」
そう提案する寧々。
「そうですね。こんな森の奥深くで焚き火をしているなんて。
もしかしたら写世の方たちかもしれませんね。……すこし様子を見ましょう」
遠巻きに様子を見ることで意見が一致した二人。
息を潜めながら恐る恐る様子を伺う。
——だが、そんな二人の苦労も知らず、無警戒に近づいていく透流太と龍夫。
「お~い、誰か居るのか~?」
「おやおや、こんな所で焚き火とは。どなたかいらっしゃるんですか~?」
「「———はぁ~~~」」
大きなため息を付く未視と寧々。
ですがその表情からは“呆れ“と言うよりも、笑いが込み上げ、顔を見合わせ笑う二人が居た。
焚き火の前には一人の少年が座っていた。
年の頃は10歳くらいか、その場には似つかわしく無い年齢だった。
少年は地面に垂らした釣り糸をじっと見つめていた。
そう、地面だ。
地面に釣り糸を垂らしている。
「……地面で…釣り……?」
透流太が思わず呟く。
次の瞬間、地面が“水面”のように揺れた。
トプン。
先ほど見た森の魚だ。
その森の魚を地面から釣り上げた。
少年は無表情のまま、それを片手で受け止める。
「……少し小さいかな」
透流太たちが近づくと、少年はようやく顔を上げた。
「……こんばんは……ここは危ないですよ」
少年は無表情で、そう答えた。
そんな少年に向かって透流太が提案を持ちかける。
「俺の名は減田透流太、写世に向かってる途中だ。
でコッチが久遠未視と音之羽寧々、そんでそっちの浮いてるロボットがジョーカーで。
ソイツはさっき知り合った龍夫、龍らしい。
でさ、俺たちも野営をしたいんだけど、一緒に良いかな?」
透流太が少年に尋ねると、黙って首を縦に振る少年。
いそいそと野営の準備をする3人。
夜が森を飲み込んでいき、辺りは瞬く間に闇に包まれる。
そこへ未視が作る料理のにおいが辺りに立ち込める。
「未視の料理は絶品なんだぜ!オマエも食べるだろ?」
そう言って焚火を囲う一行。
未視の作った料理を盛った皿が透流太の手から受け渡される。
「―――あの~、わたくしの分は…?」
龍夫のそのとぼけた声が場の空気を和ませる。
「はい、どうぞ。お口に合うかしら?」
クスっと笑いながら皿を手渡す未視。
目をキラキラさせて喜ぶ龍夫。
少年は黙って食事を口に運んでいた。
透流太は笑いながら言う。
「もっと食えよ。子供はたくさん食べなきゃ大きくなれないぞ!」
少年は透流太へと振り返る。
その顔はまさに子供のそれであった。
「……そう…ですか」
だが、その返事はどこかぎこちない。
未視と寧々は顔を見合わせ、小声ではなす。
(……やっぱり変よね)
(……でも子供だし……)
龍夫は満面の笑みで語り出す。
「いやぁ~、若いっていいですねぇ~。
わたくしも昔は小さかったんですよ~」
「龍夫~、お前が小さい頃って何年前だよ」
少年はそのやり取りを静かに見つめていた。
焚き火から、バチっと弾ける音が響く。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったわね。
キミ、名前は?そして、ここで何をしていたの?」
少年は顔を上げ、未視を見る。
「——ボク…そう、ボクは釣りをしていたんだ。
魚…森の魚?ボクの名前は…」
そこまで言いかけて、少年は俯いた。
名前を言いたくないのか、それとも名前が無いのか。
未視の脳裏に、いくつかの可能性が浮かぶ。
(陰のコードナンバーならシナプス信号で読み取れる。
ニューモート出身なら必ず名前があるはず……じゃあ、この子は……?)
少年は小さく呟いた。
「ボクの名前は……少年。そう呼ばれてる」
それは“名前”ではなく、ただの“分類”だった。
未視はさらに踏み込む。
「誰にそう呼ばれているの?ほかにも大人は居るの?」
矢継ぎ早の質問。
だが少年は答えない。
代わりに透流太が口を挟む。
「ほら、誰だって言いたくないことがあるんだからさ。そんくらいにしてやれよ」
未視は言葉を飲み込む。
寧々も、少年の表情を読み取れずに眉を寄せた。
少年はただ、焚き火を見つめていた。
その瞳は何を映し出していたのか。
焚き火の灯りに照らし出された、移ろう陰だけが現実を映し出す。
——夜がゆっくりと更けていく。
透流太はまぶたの重さに逆らえず、そのまま眠りについた。
落ちていく感覚の中、ふと気が付くと、どこまでも続く真っ白い空間が広がっている。
寝ぼけて居るのか、夢の中なのか、それすらハッキリしない。
真っ白な空間の中、少し先に影が立っている。
輪郭はボヤけて曖昧だったが、確かに誰かが立って居る。
その輪郭が徐々に人の形を成して行く。
森で釣り糸を垂らしていたあの少年だ。
少年が透流太に向って口を開く。
「……さっきは……ありがと」
ぎこちない。
言葉を使い慣れていない者の、たどたどしい感謝の言葉だ。
少年は胸元から、小さな光の球のようなものを取り出した。
それは形を持たず、ただ“贈り物”という概念だけが透流太に伝わってくる。
「これ……あげる。キミに必要だと思うから」
そう伝えると少年は影となりカゲロウのように揺らぐ。
けれどその影はすぐに形を変えた。
背丈は伸び、体格は大きくなり、そして服の形を変えていく。
影が形を成す——そこには行商人のデステ兄さんが、あの時の調子でにこやかに立っていた。
「どうもどうも、先日はありがとうございました♪」
夢の中なのに、妙に現実味のある声。
しかしその瞳の奥には現実では見せなかった本性が潜む。
「……して、例の剣。まだお使いになっておられないご様子で」
透流太は思わず目を丸くした。
どうして分かったのか、その理由がすぐには掴めない。
デステ兄さんは愛嬌のある笑顔を見せながら続けた。
「まぁ、一度お使いになってから……でございますかねぇ。アレはその時を待っておりますよ」
「あっ……まった……」
透流太の声にならない問いも虚しく、デステ兄さんの影は揺らいで消える。
そしてまた、別の姿を形作って行く。
最後に現れたのは、見たことのない男だ。
落ち着いた目つきで、初対面のはずなのに何故か不安は感じられない。
「はじまして、透流太。突然だが、キミはこれからとある人物に出会う」
男の声はとても穏やかで、そしてどこか現実離れをしていた。
「その人物とは、見た目は子供のようだが……。まぁ、実際に会ったほうが早いかな」
クスッと笑いながら男は話を続ける。
「その人物の助けになってほしいんだ。いや、無理にとは言わない。
それでもキミなら……きっと手を伸ばしてしまうのだろう?」
その言葉を聞いた途端、透流太の胸の奥でカチッと音が鳴る気がした。
それが何だったのかは分からない。
それだけ言い終えると、男の輪郭は光の中へと溶けて消えた。
———透流太はハッと目を開けた。
テントの外に目をやると、焚き火はまだ小さく灯っている。
見張りをしていたジョーカーが透流太に気付くが、スグに見張りに戻って行った。
「……まぁ、いいか」
さっき見たのは夢か現実か、何も分からない。
ただ、眠気が思考を鈍らせて居るのは確かだった。
*****
夜が明けた。
透流太が目をこすりながら起き上がると、少年は消えていた。
既に旅立った後なのか、それとも初めから居なかったのか。
そこには焚き火の後だけが残っていた。
未視が痕跡を探す。
寧々が周囲を見回す。
ジョーカーがセンサーを最大出力にする。
だが——
「痕跡は……何も無いわね」
「足跡も、何も……」
「センサー…周囲に熱源反応なし。ですが……昨夜の見張り中には、何も動きは有りませんでした……」
生体反応には敏感なはずの龍夫も首を傾げます。
「ふ~む、わたくしも気づきませんでしたね〜」
透流太は頭をかく。
「え、帰ったんじゃねぇの?」
未視と寧々は同時に振り返る。
(帰ったって……どこへ?)
(誰にも気付かれずに痕跡を消すなんて……)
少年は最初から存在しなかったかのように、忽然と"消えた"としか言い表せなかった。
「コレで良しっと。じゃあ先を急ごうぜ!写世まであと少しなんだろ?」
難しい顔をする二人に向かって、透流太が行動を促します。
「———そうね、考えたって分からないものに時間を費やすのは非効率ですからね」
寧々は気持ちを無理に切り替えて透流太に賛同します。
「…寧々の言う通りね。気持ちを切り替えて行きましょう」
未視も賛同します。
そして、そのやり取りを側で見ていた龍夫が重い口を開く。
それはまるで、何かを察した第一発見者のような口ぶりでした。
「意気投合している所、大変申し上げづらいのですが……」
3人が一斉に振り返る。
それは皆の動きを止めるのには十分すぎる程のタイミング。
何か重大な見落としでもあったのか?
それとも、また別の新たな問題でも発生したのか?
「な、何だよ龍夫…。なにか問題でも有ったか!?」
透流太の問に、一拍おいて龍夫が返します。
「———あの~、朝ごはんはまだでしょうか?」
ぽかんと口を開ける透流太。
がっくりと肩を落とし、ため息を付く寧々。
必死に笑いをこらえ下を向く未視。
「あ、あぁ、そうだな。うん、そうだ、そうだ。朝ごはんだよな」
「そうね、あの少年の事で頭がいっぱいで忘れてましたわね」
「えぇ、こう言う時はブドウ糖を摂取するのが一番だな」
そう言って朝食の支度をする3人。
透流太は火を起こし、未視が調理し、寧々が食器類をテキパキと用意。
そして、上機嫌でその様子を眺める龍夫。
「あっ、わたくし肉多めでお願いします♪」
*****
支度を整え、一行は改めて森の奥へと歩き出した。
やがて木々の間から明かりが漏れ視界が開ける。
森を抜けた先に広がっていたのは、川……と呼ぶにはあまりにも整いすぎた水路だった。
直線的でかなりの川幅、深さも均一な整った造り。
明らかに自然の造形ではない。
それは写世を守るために造られた、人工の最終防衛ライン。
「泳げば渡れそうだけど……」
透流太が呟くと寧々が首を振る。
「少し行けば橋があります。そちらの方が安全に渡れるわね」
その提案に従い、一行は水路沿いを先に進む。
ほどなくして大きな橋が姿を現した。
だが——
橋の前には三つの影が立っている。
遠くからでも分かるハッキリとしたシルエット。
「……っ!」
寧々が誰よりも早く気づき、無意識に駆け出す。
そして震えた声で叫んだ。
「インサニティ隊長!」
未視の表情がふっと緩む。
喜びと安堵が入り混じり、いまにも泣き出しそうな顔。
「サニー……それに…マキナ、みーちゃん……」
そこには久遠未視の実の兄弟達。
オリジン四戒の姿があった。
―to the Next World―




