ムーン・ドライブ
3人の前に姿を表したカラミティ級の龍。
大地を覆い隠す巨体からは、現世の生物とは一種かけ離れた異様さを漂わせる。
錆色の鱗が呼吸のたびに蠢き、その下には両生類のような褐色の肌が覗く。
そして虫を思わせる6本の脚が、巨体に見合わぬ俊敏さを見せる。
捕食の為に獲物を追うのでは無く、本能で人のみを襲う人類の天敵である。
「それでは参ります。ジョーカー、凛冽機構を展開!人機融合!」
久遠未視、いやオリジン四戒、慈悲なる知恵ソフィア・OP・スレイがそのチカラを解放します。
サポートロボットのジョーカーがみるみる形を変えていき、未視に装着されていく。
脊椎に沿って装甲が展開、両腕には特大の腕が装着され、頭部インターフェイスが顔を覆う。
ジョーカーがその全機能を解放した時、ソフィアの真の姿が降臨する。
「頭部インターフェイス装着完了。
思考核接続——因果制御領域、開放。
ライトバウアー、レフトバウアー装着。
因果律修正…1000%!」
サポートロボット・ジョーカーとは、因果修正装置である。
そして月夜でのみ解放される真の姿。
そこに有るのは"勝利という結果"の確定状態。
終わりの宣言。
「勝利確定!ベストバウアァァァァァ!!」
月を背負いて 降り立つ戦姫
迷いを寄せぬ 刹那のきらめき
眼光一閃 流転の流星
因果を放つ 衝天のひらめき
「リミッターオフ、セイフティデバイス解除、システムオールグリーン!!
バウアァァァァァコネクトッ!
———枝葉末節…千打!
オォォォォォォラァァァァァァーーーーー!」
ズドドドドドドッ!!
打つ!打つ!打つ!
千の拳が龍を打つ。
衝撃波が地響きを上げ、砂塵が舞い上がる。
未視の拳が龍の巨体を無慈悲に打ち付けていく。
龍の鱗は砕け散り、まるで桜の花びらのように錆色の破片が夜空に舞い散る。
その中心に立つ少女は、静かに目を閉じる。
月の明かりを反射して、両腕に装着されたバウアーが淡い光を放つ。
脊椎に沿って走るインターフェイスが脈動し、頭部ユニットの緑色の光へと収束する。
龍が声なき咆哮を上げ、その巨体は重力に従い崩れ落ちる。
未視はクルリと振り返り歩を進める。
その足音は軽く、しかし現世を背負う覚悟の重みを乗せていた。
「……終わりました」
月光が月戦姫を静かに照らし出す。
「…これが…オリジン四戒のチカラ」
未視はその場にいるすべての仲間を守りたい、その一心が形になる。
それこそがオリジン四戒なのだと知る透流太であった。
もはや見る影もない龍を置き去りにして、夜は静かに更けていく。
「ふぁ~、よく寝た。ジョーカー、見張りありがとうな!」
どうやらジョーカーは夜通し見張りをしてくれていたようですね。
「さぁ準備を終えたら、出発しましょう。先はまだ長いですよ」
未視が皆を急かします。
そう、目的地である写世はまだまだ先。それに同じ場所に留まっていては、また龍に襲われる危険性もあります。
「そうですね、先を急ぎましょう。幸い荷物はジョーカーが運んでくれますし。我々は龍への警戒に集中しましょう」
やはり優等生な寧々。
一個中隊の隊長を任されるだけはあります。
鬱蒼とした森を慎重に進んでいく一行。
龍が窒素を吸い上げるせいで、森の循環は歪み、植物たちは過剰に育ち、異常な密度で森を覆う。
風は吹かない、いや吹き抜けないほどの植物の密度。
そこは人の立ち入るべきでは無い自然の楼閣。
人は龍に喰われる——
いや、喰われるのではない。
“排除される”のだ。
この森は、人の侵入を許さない厄災の寝ぐら。
一行はただ黙々と森を進んでいく。
「行けども行けども、森、森、森。いったい何時になったらこの森を抜けられるんだよ…」
弱音を吐く透流太に寧々が答えます。
「そうね。だいぶ進んでは居るが、写世はまだまだ先。
この森を警戒しつつ移動しているのだから仕方はないわね」
寧々の言う通り、写世はまだまだ先です。
透流太は足を止め、空を見上げつぶやいた。
「———まだ、先なんかよ……」
思わず漏れたその声は、心の底からの本音であった。
寧々は透流太を励ますように囁いた。
「ほら、元気出して。写世に着けば、見たことのない世界が広がって居るわよ」
寧々の甘い言葉に、ほんの少しだけヤル気を取り戻す透流太。
「……かわい子ちゃん、居るかな……」
未視の館を出て二日。
どこまで歩いても、同じ景色が続く。
「……写世って、こんなにも遠いんだな」
その呟きに、未視が答える。
「直線距離では、それ程でも有りませんが。この視界と足場の悪さが、どうしても足枷となりますね」
そんな一行の前に突然、実に奇妙で、それでいて幻想的な生物が横ぎります。
音ひとつ立てずに空中を滑るように泳ぐそれは、まさに"森の魚"であった。
次の瞬間、それは地面へ向かってスッと沈み込む
——トプン。
その地面には“波紋”だけが静かに広がった。
「……魚!? いや、魚だよな、今の……?」
「えっ……何この生物…と言うか、生物なの?」
「なに今の……魚?」
???「う〜ん、魚みたいですね~」
「「「!!!」」」
3人が一斉に振り返る。
???「ふ~む、実に興味深い。森を泳ぐ魚、一体何なんでしょうかねぇ……」
透流太が反応します。
「——いや待て。オマエこそ何者だよ」
???「ん? わたくし? イヤだな~、何をおっしゃいますか。ずーっと一緒だったじゃないですか~」
未視がジョーカーを通し解析します。
「敵性反応なし……と言うことは敵意は有りません。どうやら敵…ではないみたいですが」
ですが寧々が警戒を解く事は有りません。
腰に刺した長剣に手をかけ問いただします。
「オマエは何者だと聞いている!」
そしてとても信じがたい、驚きの答えが返ってきます。
???「いやですね~、見ての通り、わたくしは龍でございますが。それが何か?」
その生物は、身丈こそ透流太より少し大きい程度。
だが、顔の造りも、露出した皮膚の質感も、明らかに“人”ではなかった。
鱗とも皮膜ともつかない光沢を持った体表。
長いヒゲに飛び出した口、そして枝分かれしたツノ。
——それは古の龍そのものだった。
3人の時間がそこで止まった。
状況を飲み込めない透流太。
「………は?」
剣を握る寧々の指先がわずかに震える。
「なっ……んだと……」
未視は咄嗟にジョーカーに指示を出す。
「……ジョーカー、準備なさい」
辺りが凍りついたような錯覚を覚える。
誰も動けない。
いや、どちらが先に動くかを見極めて居る。
そんな中、龍の時間だけが何事もなく時を刻む。
「どうしました? 何をそんなに驚いてるんですか?」
透流太はしばらく口を開けたまま固まっていたが、ふと我に返ったように眉をひそめた。
「……お前、本当に龍なのか?……なんで襲って来ない!?あと名前は?」
「襲う?いえいえ、龍と言えど、そんな血の気の多い連中ばかりでは有りませんし。あと名前は有りませんし、龍ですし」
「そっか。まぁ敵意はなさそうだし……大丈夫なんじゃねーか?」
未視と寧々は警戒こそ解かないが、話を聞く事にする。
「そう言やオマエ、名前無いんか?だったらオレが付けてやるよ。……よし、じゃあコイツの名前は、龍夫な」
突然、透流太が名前を付ける。
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと透流太!?」
「えっ、だって名前がなきゃ呼びづらいだろ?なっ、龍夫」
龍はぱちぱちと瞬きをし、やがて満面の笑みを浮かべた。
「…龍夫。う~ん、ベリ~グッド!気に入りましたよ~!」
「あっ、いや龍夫……ってまぁ良いか、気に入ってるようだし」
未視と寧々は同時に頭を抱えた。
「……本当にそれで良いんですか?」
「で、龍夫。オマエ本当に龍なのか?龍ってみんなデッカくて、凶暴なんじゃないのか?」
「そうだ!龍が人語を解して、しかも喋るなんて……そんなの目の前にいても尚、信じられない……」
透流太と寧々の問も最もである。
龍とは現世における厄災そのもの。
とうてい相容れる相手ではなく、しかもそれが人間の言葉を話すなど、今の今まで記録には有りません。
「いえ、もしかして龍夫。あなた特殊個体なのでは?公式では有りませんが、目撃例がいくつかあります。
人の言葉を話す龍の存在。
ですが、あまりに突飛で信じがたい報告だったため、見間違い、聞き間違いとして処理された事例が過去にあります」
一行が息を呑む中、龍夫はぽりぽりと頬をかきながら笑った。
「いやぁ~、人の言葉を話す龍は私のほかは知りませんが。
わたくしは人間とお喋りがしたいだけなのに……
なのに皆んな逃げていくんですよ~。
ひどい話ですね~、ちゃんと挨拶してるのに」
「……いや、まぁ普通は逃げるだろ……」
「と言うか……本当に特殊個体なの……?だとしたら龍玉持ち……」
「龍玉?何ですかそれ?
も、もしかして、あの玉の事ですか……!?
きゃっ!恥ずかしっ!」
「……何と勘違いしてるんだオマエは……」
驚きと呆れで、もはや一周回って冷静になる三人。
ですがこの龍、どうやら他の龍とは一線を画すのは間違いない様子。
「———あの、一番肝心な事なんですけど…」
未視がその重い口を開きます。
その表情からも見て取れる、とても聞きづらい内容のようです。
「龍夫さん……このまま一緒に着いて来るおつもりでしょうか…?」
その問いに間髪入れず返事をする龍夫。
「なにをおっしゃいますか!わたくしも皆さんの一員では有りませんか!
あの死闘を共にくぐり抜け、背中を預けたもの同士。
この絆、もはや他人のソレでは有りません。
えぇ、そりゃもう、一生離れたりはしませんよ~」
「いや待て、どの“死闘”だよ!?オマエ、さっき出てきたばっかだろ!」
「背中預けた覚えなんて1ミリも無いんだけど!?て言うか、いつそんな場面あったのよ!」
「……もしかして龍夫さん、別の誰かとの記憶を混同していませんか?」
「いやだな~。皆さんの方こそ、もう忘れちゃったんですか?
……まっ、細かいこと置いといて、張り切って行きましょう!
……で、これからどちらに行かれるんですか?」
透流太たちは顔を見合わせた。
どう考えても厄介事の匂いしかしない。
だが——この瞬間、龍夫は正式に一行の仲間となった。
―to the Next World―




