ハイ・ファイブ
次元の狭間から出た一行の前に現れた、見るからに怪しい人物。
陽気な音楽を奏でるそれは、飛行機のような宇宙船のような、まるで見たこともない乗り物に乗って近づいてきます。
とっさに剣に手をかける音之羽寧々(おとのはねね)。
身構える久遠未視と、未視を庇うように前に出るサポートロボットのジョーカー。
そして何が起きているのか全く理解できない様子の減田透流太。
「ちょちょちょ、お待ち下さい~。決して怪しい者ではございません。わたくし行商人でございまして。町から町へと移動をしながら商いを行って居るんですよ~。」
男の必死の弁明に構えを解く寧々。疑念の目を向けつつも話を聞く体制の未視。
そして興味津々の透流太。
「なぁなぁ、行商人って何だよ?何か売ってるのか?オレ、ニューモートのポイントなら有るけど、コレって使えるんか?」
キラキラした目で話しかける透流太に向かって、その男は答えます。
「はい~、モチロン。ニューモートのポイントでのお支払いでございますね。それではまずは自己紹介から。」
「———わたくしは旅の行商人デステと申します。どうぞお気軽に“デステ兄さん”とお呼び下さいませ~♪ささ、お取り扱いの品はコチラに。」
「おう♪んじゃデステ兄さん、何売ってんのか見せてくれよ。」
今だに疑念の目を向ける未視、構えは解いたが警戒を怠らない寧々。
警戒する二人をよそに、透流太はさっそく売り物を覗き込んだ。
「どれどれ~、ん?おぉ、ふむふむ。…なぁデステ兄さん、オレ達これから写世ってトコまで行かなきゃなんだけどさ。その途中で龍に襲われたら戦うことになると思うんだ。そんでさ…オレが戦うとこんな風になっちゃうんだよね。」
そう言って自分の剣を見せる透流太。それを見たデステ兄さんが何やら取り出します。
「それでしたら…、なるべく頑丈な剣となりますとコチラ。ダイヤよりも硬いロンズデーライト製でございます。わたくしが扱う商品の中で間違いなく一番頑丈な作りでございます。」
それは光を吸い込むような鈍い輝きを帯びた、無骨で大振りな剣だった。飾り気はないが、切れ味よりも芯の強さを誇る造りが一目で分かる。
「おおおぉっ、すっげー!それっ!それに決めた!デステ兄さん、それ何ポイント?」
「ですが、コチラの剣、実のところ売り物では無いのですよ。なにぶん扱いの難しい剣でございまして、肝心な時に使い物にならないようでは、命を預けるなんてとてもとても…。」
そこまで言って透流太の顔をチラッと見るデステ兄さん。そして、そんな忠告など意に介さず透流太が言い返します。
「大丈夫、大丈夫♪扱いったって、こんなの振り回してりゃ良いだけだろ?なぁ~、頼むよ~、デステ兄さん。この剣を売ってくれよ。何ポイント?コレで足りる?」
そう言って左手のグラフィック・ギドラーを突き出す透流太。
「そこまで申されるのでしたら、その剣はお売りさせて頂きます。…おや?アナタ随分ポイントをお持ちでらっしゃる♪せれでしたら他にも色々ございますので、もっと見ていって下さいませ。…して、そちらのお連れの方の剣など、随分とくたびれてらっしゃるようですね。ではでは…。」
寧々の腰に刺した剣を一目で“使い物にならない”と見抜く目は、やはり商売人のそれであった。そして寧々の身丈に見合った剣を物色するデステ兄さん。
「あったあった、コチラなど如何でしょうか。先程の剣と遜色ない拵えでございますよ♪」
そう言って取り出したのは、寧々の身の丈と変わらない程の、長い細身の曲剣。それはまるで空気すら裂く一本の線のような刃だった。
「———コレは…。お願いだ透流太、その剣を買ってもらえないか?必ず役に立って見せると約束する。」
そう、寧々は荷物を全て失ってしまい、金銭に変わるものを持ち合わせては居なかったのです。そこで透流太のポイントを頼りにしようとしたその時、デステ兄さんが提案を持ちかけます。
「それでしたら…。今お持ちのそちらの剣と物々交換させて頂きます。いえいえ、追加料金など必要ございません。この剣はアナタのような素晴らしい剣士に握って頂いたほうが宜しいかと♪」
そう言うと、その長曲剣を手渡し、寧々のボロボロの曲剣を受け取るデステ兄さん。
そして久遠未視の方に視線を移してこう切り出します。
「———アナタには…必要ないようですね。既に良いのを従えて…おっとコレは失礼しました。」
未視には武器は必要ない。それは彼女が武器を手にするような人ではない。もしくは、既に十分な武器を所持している。それを一目で見透かすデステ兄さん。
どこか気まずい雰囲気の中を、上手く会話を切り替えて空気を変えるデステ兄さん。
「…それと、これから写世に旅立たれるとの事。でしたら寝泊まりする為の野営具が必要ですね。それと食料などはどうされるおつもりで?」
旅立つ為の準備にしては、妙に荷物が少ないのを見透かされている3人。
誰も荷袋を持っていないのが、その確たる証拠である。
「たしかに、食料は有りますが心もとないのは事実です。それと野営具はないですね。何か良い道具はございますか?」
やっと未視が反応します。
どうやら、ここまでのやり取りを見ていて、デステ兄さんは害を与えるような人物ではないことを確証したようです。
「それはそれは、旅をするのに野営具がないのでは、寝床の確保も難しいですよね。それでしたらコチラなど如何でしょうか。それと携帯食料もご一緒に。」
そう言って取り出したのは、テントなどの野営具と、様々な携帯食料や缶詰、そして調理器具でした。
「じゃあそれ全部、このポイントで買えるだけ買っちゃおうか。デステ兄さん、ヨロシク~♪」
そう言って会計を済ませる透流太。どうやら透流太の所持するポイントは、かなりの額らしく、これだけ買ってもまだまだ余裕がある様子。
「いや~、良い商いをさせて頂きました~♪まさかこんな所で商売が出来るとは、世の中わかりませんね~。———それでは、わたくしめは失礼させていただいて。…また何処かでお会いする日をお待ちしております。」
そう言って、どこかぎこちない一礼をすると、乗り物の音色を高く響かせながら、その場を離れていった。
「では、参りましょうか。」
そう言って手首に付けた装置を見る未視。どうやらそれは写世までの方角を知るための道具のようです。
写世に向けて歩き出した一行。
そこは森の奥深く、いつ龍が襲ってきてもおかしくない状況です。
警戒しながら険しい森を進むそのスピードは、とても早いとは形容しがたい速度で進んでいきます。
「それにしてもさっきのデステ兄さん。やっぱ森の中って危険なんだよな?あんな乗り物に乗って、音楽まで流して、大丈夫なんか?」
透流太が素朴な疑問を投げかけます。いくら透流太が外の事を何も知らないとは言え、森がどれだけ危険な場所なのかは、すでに経験済み。そんな問いに寧々が静かに答えます。
「大丈夫な訳が無いな。我々ニュー・オーダーがどれだけの犠牲を払って龍と戦っているか…。確かに私なら何とでもなる。だがそれは後先を考えなければの話し。一介の商人が龍と戦えるのかと問われたら、それはムリな話だな。」
「そうですね~、普通の人間が龍に襲われたら。逃げられればラッキー、くらいの感覚じゃないですかね~。」
未視の答えも最もである。龍とは、この現世における最大の厄災なのです。たとえそれが小型の龍だとしても、単体で太刀打ちできるのは一部の訓練された兵士のみです。
「そーかー、じゃあデステ兄さん、そうとう危険な商売をしてるんだな~。町から町へ渡り歩いて商売してんだもんな~。」
「そこです!そこがオカシイのです!この現世に商売が出来る町なんて、写世くらいしか有りません。透流太の済んでいたニューモートに行商人なんて来たことは有りましたか?」
未視が抱いていた疑問をぶつけます。そう未視の言った通り、この現世には町と呼べるような集落はニューモートと写世のみ。ですがデステ兄さんは確かに商売をしていました。
「もう既に明かして居ますので隠しませんが、私はこの現世を統べるオリジン四戒の一人、慈悲の知恵ソフィア・OP・スレイです。ですので現世の事情は皆さんよりも詳しいのは間違い有りません。」
そう、久遠未視は仮の名前。本当の名は慈悲の知恵ソフィア・OP・スレイ、現世の全てを知る存在です。その未視が疑念を抱くのは当然の事なのです。
「でもさ、オレまだ外の世界の事は良く分かって無いんだけど。なんでニューモートと写世にしか人間は居ないんだ?他に町って無いのか?」
透流太の言う事も最もです。なぜニューモートと写世しか町は無いと言い切れるのか?
この現世には、まだ透流太の知らない事実が隠されているような、そんな現実を裏付けるような未視の発言は、今はまだ透流太の耳には届きそうにありません。
「まぁ、考えたって分かんねーもんは分かんねーや。それよりも、そろそろ暗くなってきたけど、どーする?そろそろ休憩するか?」
透流太が言うように、森の光はゆっくりと色を失い、昼の気配がすっと引いていった。
夜が、静かに降りてくる。
「そうですね、暗くなる前に野営の準備をしましょう。透流太はテントの設営をお願いできますか?私と寧々で夕食の準備をしますね。」
そう言って未視は手際よく夕食の準備を進めます。
「では私も手伝おう。料理はあまり得意ではないが、未視から教わりながらチャレンジしてみる事にする。」
寧々はややぎこちない手つきで料理の下ごしらえを始めます。
実のところ未視も寧々も、現代の美的感覚から言っても、かなりの美形。
おっとりタイプの優しいお姉さん風の未視、キリッとした目つきにスッと鼻筋が通った寧々。
その美女二人の手料理が食べられる事に、鼻の下を伸ばす透流太。
「えへへへ、楽しみだな~♪あっ、オレ好き嫌いとかは無いから。何だって食べれちゃうから~♪」
そう言って2つのテントを組み立てていく透流太。
その横で、少女たちの鍋から立ちのぼる香りが、夕闇の森にそっと広がっていった。
「透流太、テントの設営ごくろうさまでした。それでは夕食の支度もできましたので、皆で頂きましょうか。」
満月が照らす夜の森に、静かに燃える焚き火。その焚き火を囲み、夕食を取る3人。
「ふ~、食った食った。こんなべっぴんさんの手料理が食べれるなんて、ミューモ—トを追い出されて正解だったよ~。」
などと呑気な事を言っている透流太。そんな和やかな空気をかき消すように、その時は突然やってきます。
———キィィィィーン
突然、透流太のグラフィック・ギドラーが鳴り、モニターは赤に変わります。
「なんだなんだ!?コレは…何かの警告音か?遠くから何か…大きい何かが来るぞ!」
———ズズズッ…バキバキバキ
先に反応した透流太に続き、その音はまっすぐコッチに向かって来る様子。そして徐々に二人の耳にも聞こえてきます。
「この音は…龍か!しかも、かなり大きいな。まずいな、どうする未視。」
「匂いに釣られたか、それとも焚き火の明かりに誘われたか。まずは相手の情報が欲しいですね。ジョーカー、出せますか?」
未視がそう言うと、ジョーカーは頭からアンテナのような物を出し、空中にモニターを展開します。
「敵性反応を確認。対象:龍。脅威等級カラミティ級。現存戦力による殲滅達成率、40%」
ジョーカーのモニターが解析結果を表示します。
「カラミティ級!?この3人の戦力では無茶だ!ニュー・オーダーの一個中隊をぶつけても倒しきれるかどうか…」
寧々がそう言うのも最もです。
龍とは現世における災害そのものなのです。
「———カラミティと言うことは上から2番目。確かに、お二人にはまだ荷が重いですね。…ココは私が出ます。ジョーカー行きますよ、準備して下さい。」
未視が出るその意味、ニュー・オーダーである音之羽寧々にはスグに理解できましたが、何も知らない透流太は止めに入ります。
「オイオイオイ、ちょっと待てよ。ダメだって、キミみたいな華奢な女の子には行かせられないって。ムリでも何でもオレが行くから。」
未視の事を心配する透流太の言葉には一切の淀みもなく、ただただ彼の本心から出る本音だったのです。
「いいえ、カラミティとなると、まだ戦闘経験の浅い透流太が相手をするのは難しいでしょう。ご安心下さい、ちょうど今日は満月ですから。」
そう言って開けた場所に身を移す3人。ここで龍を迎え撃つようです。
ガガガガガーーーッ
龍が姿を表します。その身の丈は周りの木と同じくらい。現代の基準で表すと体長約40m。人の身丈からしたら、とんでもない大きさです。その禍々しい風貌は、およそ自然界の生物とはかけ離れた構造。顔と思わしき部位は確認できるが、その手足は見えているだけでも6本はあります。
「大きい…これがカラミティ級の龍…こんなのどうやって…」
透流太が怯むのも無理は有りません。以前倒した龍は等級で言えば最低ランクのディザスター級。そこから2つ上のカラミティ級がこんなにも巨大だとは思いもしなかったからです。
「それでは参ります。ジョーカー展開!人機融合!」
サポートロボットであるジョーカーが、変形して未視に装着されて行きます。
そしてその姿こそ慈悲なる知恵ソフィア・OP・スレイの真の姿なのです。
―to the Next World-




