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30

 死者を皆夢の中に閉じ込めたら、空が赤くなった。

 血の色だ。皆が流した血の色だ。

 私は一番にツァラを探した。私の息子。私の弟。

 可哀想に、廃墟でニコと一緒に、頭を撃たれて死んだ私の家族。

 しかしツァラは見つからなかった。私は嘆く。ツァラ。ツァラ。

 やがて砂漠から、ストローフェの民人が目覚め始めた。彼らは極めて脆弱だった。すぐに外形が崩壊し、黒煙が内側から滲み出した。私は丹念に彼らの体を洗った。

 この黒煙こそがトラウマ。私の胸から溢れ出す、私の悪夢。私の絶望。

 やがて彼らアニミストが、トラウマでできていることを知った。何より、私自身も。

 私は彼らに、トラウマそのものでもある私の血を与え、彼らの形と自我を保った。

 これは私の夢。私の悪夢(トラウマ)。皆、私の被造物なのだと知った。

 やがて私は、私の被造物ではない存在を知った。

 海は私の意識である。砂漠は私の意識の此岸、海の彼方は彼岸、私には知り得ないところ。その彼岸からやって来る魚人たち。彼らは外界からの侵入者、私の夢の領域を侵す存在だ。私は警戒し、排除の方法を考えた。

 そして、グレーテに出会った。

 彼女は、その身を空に透かせて宙を飛んでいた。

 この世界に閉じ込めるということは、その者の死を認めるということだ。

 私は、彼女が死んだことだけは、許せなかった。どうしても。

 そうしたら、半ば死人のような、半ば生者のような、中途半端な存在になってこの世界に閉じ込められてしまったのだ。

 私の意思がそうしたわけではない。私なら、彼女をあんなふうにはしない。しかし、私の無意識がそうした。

 私は後悔をする。しかし、しても仕方がない。私とてすでに、この狭い狭い箱庭の住人なのだから。

 私はいつの間にか、ツァラの姿をしていることに気付く。求めて止まない者の姿。私の内心を深く察して、父子の契りを解こうとしていた、私の家族。そんな小さなことを気にしなくてもよいのに。

 何日も、何年も私は夢を見る。

 そして私は、ツァラと出会う。

 僕は僕の姿をしていた。僕は戸惑う。

 最後の一人、カー。可哀想に、キャンプの皆が殺されるところを、残らず見てしまった一人。

 カーは絶望していた。世界に、たった一人であることに。

 カーは恐怖していた。世界に、たった一人取り残されることに。

 だから夢を見た。一人にならない夢を。


 僕はカーの頬に手を添え、そっと撫でた。

 その手を、カーが囓ろうとする。僕は手を引いた。カーは喉で笑った。あぶくの音がする。

「冗談だ。お前も、恐らく再生できない。グレーテの危惧は正しかった。お前をトラウマに帰していたら、取り返しがつかないところだった」

「あの二人だって、取り返しがつかない。せっかく、思い合う気持ちが芽生え始めていたのに」

「そうだったのか」

「そうだよ」

「知らなかった。私の知らないところで、ちゃんとアニミストたちも変化をしていたのだな……」

 僕はもう一度カーの頬に触れた。今度はカーも、その頬を預けて来る。

「これは私の見る夢だ」

 カーが繰り返す。けれど、僕は首を振る。

「そうじゃない。この世界は少なくとも、あなたの夢だけでできているのじゃない。もし、この世界がただあなたの夢でしかないのなら、あなたの知るはずのない僕の末期の瞬間を、この僕が知っているはずがないんだ。そうだろう?」

 カーは閉じかけた目を見開く。

「それに、この僕は現実の僕が知っているはずのない、あなたの最期も知っている。何せ、現実でなら、僕はあなたより先に死んでいるのだからね。あなただって、見ていないはずの僕の最期を知っているじゃないか。僕らの記憶は、混じり合っているんだ」

「これは私の見る夢。私はこの世界の主」

 カーが手を伸ばして、僕の手を取る。

「では、ないのか」

「そうだったけど、そうでなくなったのかもしれないね。今やここは、僕の見る夢でもあるんだ」

 ああ、とカーが呻吟する。

「死んでゆく。私の体が。何百も夢を見た体が」

 僕と同じ顔をしたカーの胸から、濃いトラウマの黒霧が噴き出す。

「私は一人になるのか」

「一人に?」

 僕はカーの手を握り返した。その手はぬくもりを失い、冷たくなっていく。

「グレーテが、あなたの元に行ったじゃないか。一人になんてならないよ」

 僕の言葉をかき消すかのように、トラウマが増殖しては噴き上がる。

 だが、カーは笑った。

 声を上げて笑った。ああ、そうか、と言って笑った。

 そして、一粒の涙をこぼした。



 黒煙が噴き上がる。

 カーのあの重かった体は大量のトラウマに変じ、そのトラウマは洞穴を駆け抜け、その途中で少しずつ暗闇に溶けて消えていった。

 僕は、泉のほとりに伏している、カーの元の肉体、現実の肉体を抱きかかえる。

 それは至極当たり前の重さをしていて、そして、冷たかった。薄く呼吸をして、胸は微かに上下していたが、生白くなってしまった顔は、死にゆく者のそれである。

 カーは、死と生の狭間で、夢を見ていたのだ。何百日も。

 カーはすっと一つ、大きく息をした。それで、カーの呼吸は止まった。

 さらり、と手から砂がこぼれ落ちた。カーの肉体は、結晶のような透き通った砂の粒になり、抱きかかえていた僕の手から腕から、さらさらさらと流れ落ちた。カーの肉体は足もとからその輪郭を失い、腹、穿たれた胸、肩、と形を崩し、最期に頭が砂に変わって地に落ちた。

 カーの夢は終わったのだ。


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